第26話 地の竜2
(さっきのやつは塔と言っていたが、やはりアレか。)
ケイは走りながら先に見える1つの建物を睨んだ。先程の兵士が塔と呼んだその建物は周囲の建物の高さからみると明らかに浮いていた。ケイも当然、目をつけてはいたが余りにも目立つ建物であったので罠ではないかと少し疑っていた。
(あの様子じゃ嘘を言っていたようには思えん。…いや、人間は戯言を吐き、嘘をつく生き物か。)
ケイは黒い瞳のまま小さく笑う。
(あそこに本当に王がいるんじゃとすれば、そろそろ…か?)
ケイの耳が動く。一般の獣人の耳の形はハーク王国の人間と大きな違いはなかった。しかし、山で暮らしていた者として人間よりも耳が良いという絶対的な自負がケイにはあった。
曲がり角に差し掛かったところでケイの足が止まる。建物の陰からその先を見ると槍を構えた兵士たちが隊列をなしていた。
(まだ塔までは距離がある。…あれが王を守る隊の第一陣といったところか。)
ケイは大きく息を吐いた。
周りを見渡しても獣人は誰1人としていない。
(…私には今2通りの選択肢がある。このまま私だけで突っ込んでいくのか。皆を待つのか。)
再びケイの耳が動いた。
そして、地を蹴り上げ空に舞った。
「獣人が隠れているぞおおお。」
建物の屋根の上から必死の形相で叫ぶ兵士にケイの鋭い獣の爪が刺さる。
兵士が持っていた槍には王国軍のシンボルである竜のエンブレムがかたどられた旗が揺れていた。その竜に兵士の血が飛び散る。
「獣…め…。」
見開いた目でケイを見た兵士の背中に再びケイの左腕が飛んだ。
体勢を崩し兵士は大きな衝撃音とともに屋根から落ちた。地に落ち、血のついた竜を見下すケイの口角が少しあがった。
「どうやら選択肢さえも選ばしてはもらえんみたいじゃな。」
ケイがゆっくり塔のほうを振り向くと揺れる何本もの槍先が自身のほうへ向かってきているのが見えた。
黒く濁った瞳は瞬きもせず、迫りくる槍先をみつめていた。
(恐くない。この状況も、…これから私がどうなるのかも。この先にいつか待っているじゃろう死さえも。)
ケイはマントをひるがえし、兵士たちと対峙する形をとった。
(大嘘つきの王を、地に堕ちた奴らの血を見るまではこの戦いに終わりはうてんのんじゃ。)




