第24話 雨の緑3
降り続いた雨で静かだった王都に歓声が響いていた。空は昨日まで重たい雨を降らせていたとは思えないほど澄み切った青色をしている。
今日という日に相応しい空だ、と国王ハーク・ジー3世が笑い、槍を高々と空に突き上げる。道を埋め尽くした民たちはその姿を見て再び大きな歓声を上げた。
国王自らが獣人族討伐と失った領土の回復のために、そして王国の象徴である孤高の山の奪還のために戦場に向かうという事実はハークグランの住民たちを熱くさせた。その熱狂が出陣のこの日、ハークグランを最高潮に揺らしていた。
意気揚々と進む国王の後ろにつき馬を進めるのは遊撃隊だ。しかし、国王の表情とは対照的に遊撃隊の3人の表情は険しくかたいものだった。
フーガンは細く鋭い目線を前から一度も動かさず、心の中で小さく舌打ちをする。
(こいつら…、戦争はよその国のよそのヤツが行っているわけじゃねえんだ。他人事みたいな雰囲気が本当に気に食わねえ。)
フーガンは荒ぶりかけた自分の心を落ち着けようと自分に言い聞かす。
(…いや、こうなってしまったらやるしかねえ。やるしか道は残ってない。)
この言葉に答えるように腰にぶら下げた竹筒が小さく揺れた。
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国王自らが率いる国王隊がザジロ盆地へ到着したのは、ハークグランを発ってから4日後のことだった。王国軍の本隊が既に最前線に出ておりハークグランに兵力が残っていない中で、エムダが苦心しながら編成した国王隊の兵士数は僅か500。しかし、いくら少数の兵力とはいえ移動には時間がかかる。そんな中、通常なら1週間程度かかる道中を4日で進めたのはハーク・ジー3世がグイグイと隊を引っ張っていったからだろう。
久しぶりの場所となったザジロで先が見えない長柵と砦が遊撃隊を出迎える。開戦前までこの地に流れていた草木が風に揺れる緩やかな雰囲気は完全に消え、今は切り詰めるような空気で満たされた前線地になっていた。
フーガンは何とも言えない表情を浮かべながらこの景色を見つめる。
(“赤い悪魔”。それが獣のお嬢ちゃんだとすると、そうなった引き金は完全に俺だ。…どんなことをしても悪魔から解放してやらなければいけない責任が俺にはある。)
フーガンは腰の竹筒に手を伸ばした。
(よく見れば草木が少し濡れている。こっちでは雨が上がったのが遅かったのか。)
そして、竹筒に入れていた酒を口に含むとフーガンは虚しい笑みを浮かべる。
(雨に降られてお腹いっぱいじゃないだろうな。これからたくさんの血と涙を舐めることになるんだ。覚悟…、そう、覚悟しておけよ。)
フーガンは力の無い笑みを浮かべたままザジロ盆地とその先に連なるフセ山脈をゆっくりと見回した。




