第24話 雨の緑2
3日3晩降り続けた雨のせいで静かな王都の中で騒がしくなっていたのが中央だった。その発端は国王ハーク・ジー3世の一言である。
「エムダ。俺は決めたぞ。俺は俺自身で獣人族を打ち破る。」
血走った目で笑いながら言い放った国王の言葉にエムダは慌てた。
「お言葉ですが国王様、最前線であるザジロ盆地にはアクオ将軍が出向いています。ですから…、」
「そのアクオがハークグランを発ってから何日経っている。時間が掛かり過ぎだと思わんか。」
ハーク・ジー3世はエムダの言葉を遮り、そう言い放つと座っていた椅子から勢いよく立ちあがった。
「ともかく、すぐに出陣の準備を整えろ。分かったか。」
怒鳴るようにそう言うと、戦いに気がはやる国王はふと思い出したようにこう付け加える。
「それと、都を発つ際には俺の側に遊撃隊をつけろ。」
ハーク・ジー3世は飾ってあった槍を手に持ち、鋭い槍先を見つめてククッと笑った。
「獣人どもを滅ぼして王国の歴史に栄光の1ページを刻み込んでやる。実に楽しみだ。」
そして、高笑いをする国王を見てエムダは心の中で大きく溜息をついた。
(こうなってしまっては国王様を止められん。このような事態になることを防ごうと慎重に動いてきたが、…ついに痺れを切らしてしまわれたか。)
エムダは苦虫を噛み潰したような顔をぐっと心の中に押し込める。
「…承知いたしました。」
感情を押し殺し、あえて落ち着いた渋い声でそう返事をすると国王の部屋を出た。
「…国王様が戦場に立つということはここで勝負を決めてしまわねばならぬということだ。…負けは許されない。」
エムダは自分に言い聞かせるように小さく独り言を呟くと、長い回廊を早足で進んでいった。
*****
国王自らがザジロ盆地へ出陣するという知らせは遊撃隊の耳にもすぐに届いた。この話に燃えたのはファイアである。
「やっと戦える。…戦える。」
ファイアは剣をぐっと握りしめる。フーガンに自分の気持ちを語った翌日であった。気持ちが高ぶる。
そんなファイアの様子をミニカが心配そうな目で見つめていた。彼女もフーガンからファイアの話は聞いていた。その話を聞いたときミニカはファイアの精神状態をひどく心配した。
(ファイアの気持ちは普通の兵士なら十分過ぎるくらい理解できる。でもファイアの場合、獣人の女の子…ケイちゃんと長く行動を共にし、死線をくぐり抜けながら、お互い心を許し、そして最近まで離れている彼女のことをひどく気にかけていた。)
(だけど今のファイアはあそこまで執着していたケイちゃんのことなど無かったかのような振る舞い。)
(“赤い悪魔”がケイちゃんの可能性が高い、ということを考えてもここまで人の気持ちって一瞬でがらっと変わるものなの。)
ファイアはミニカの視線など全く気付かず、黒く突き抜けた瞳で剣を見つめている。
後戻りが決して出来ない戦いはもう目の前まで迫っていた。




