第23話 鎖4
ファイアの質問にミラは微笑みで返す。そして、広場をぐるっと見渡した。
「…この駐屯所が何で空っぽなのか分かりますか?」
ファイアは自分の問い掛けに対し唐突な話を始めたミラに戸惑い返答に困った。仕方なくファイアはミラと同様に広場を眺める。
「タギ地区駐屯所の兵の多くがアイス隊長について遠征軍に参加したんです。…だから今、この駐屯所には兵が不在なんです。今の王国軍にハークグランの小さな駐屯所に兵を置く余裕はないですから。」
ミラの視線は遠く空を見つめていた。その瞳が潤んできている。
「シェンさんとパジェさんも勿論、遠征軍に参加していました。」
2人の名前が出てきた時、ファイアの心が激しく動いた。盟友であった2人がどうなったのか分かっていた。それでも罪悪感から決して口に出さなかったシェンとパジェの名前。
「私が2人と最後に話したのはハークシーの陣の中でした。シェンさんはいつも通り軽口を叩いては大きな声で笑っていて、パジェさんは無口で、でも優しい目をしていて。」
ファイアの中に燃えゆくハークシーの光景が甦ってくる。動悸が激しくなってくる。
「…本当にこの場所で訓練に励んでいたあの頃と変わらない2人で。…でも私だけ生きて帰ってきてしまった。なんて表現していいのか分からないけど…、けど…。」
ミラの瞳から涙が耐えきれずにこぼれた。
「…辛いんです。辛かったんです。生きていることが。生き残っていることが。」
そこまで言うとミラは顔を手で覆った。
「俺が悪かったんだ。戦うということがどんなものか分かっていなくて、青くて、温くて。ただただ足りていなくて…。」
ファイアは消えそうな声で呟くようにそう話すと、地面を優しくなぞった。
「…ごめんな。ごめんな。」
土を握った手。その指先からこぼれていくのは土だけでは無かった。いくら悔いても謝罪の念を抱いても消えることのなかった気持ちがこぼれていく。
広場には2人の嗚咽だけが虚しく消えていった。
「私もう戦争は嫌です。全てを奪う戦争なんて嫌です…。」
しばらくして、ミラは涙でかすれた声でこう言った。
「でも、負けたらそれ以上の悲しみが待っている。戦わないとこれ以上の悲しみが待つ選択肢しか選ぶことが出来ない。」
ファイアの言葉にミラは弱々しい声で反論する。
「…大事な人が死ぬ。この気持ちはもう味わいたくないです。ファイアさん…死ぬのなんて嫌です。」
「悲しみの無い争いなんてない。…それでも戦わなくちゃならない。ハーク王国を守らなくてはいけない。」
そして、ファイアは顔を伏せた。
「いや違うな。皆の笑顔やこの土地を守るために戦わなくちゃならない。その為にはハーク王国を守らなくてはいけない。それに…、それにこのまま全てを失ってしまったら、これまで必死に戦ってきたやつらに顔向けできない。」
ミラは小さく頷く。
「私も…本当は分かっているんです。戦わなくちゃいけないことを。勝つしか道が無いことは。」
ファイアは空を見上げた。2人の気持ちのようにどんよりとした雲が空を覆っていた。
「…戦争って虚しいな。」
「…本当に虚しいです。」
2人が見上げる薄黒く厚い雲からは今にも雨がこぼれそうだった。




