第23話 鎖2
カイブの言葉を聞き、ファイアは額から汗が噴き出す感覚に襲われた。いや、実際に汗が止まらない。
「それで…その獣人はどうなったのですか?」
カイブは恐る恐る質問をしたファイアのほうを向いた。2人の視線が交わる。
「結局逃げられてしまったみたいだ。…兵士の返り血を全身に浴びたその獣人は赤い悪魔のようだったとの噂だよ。」
ファイアは絶句してしまった。部屋には再び重たい空気が流れる。
「いやいや、今日は重たい話をしに来た訳ではないんだ。ハークグランに戻ってから外に出れていないだろう。今日1日限りだが、外出の許可がおりたんだ。それを伝えに来た。」
カイブが重たい空気を察してあえて明るい口調でそう言う。これに最初に返事をしたのは不機嫌そうなフーガンだった。
「俺はいいです。とてもじゃないが変に嬉々としている街を歩く気分じゃねえ。」
ミニカも小さな声で答える。
「せっかくの配慮ありがたいですが、私も遠慮しておきます。…気分がすぐれないので。」
2人の返事にカイブは少し困った顔を見せ、髭を撫でた。
「そうかい。まあ、いいよ。どうするかを選ぶのは君たちの自由だからね。」
「あの…、外出を希望します。」
ファイアは絞り出したような声で、そうカイブに伝えた。
*****
ファイアは建物の裏口から通りに出た。180センチの身長は頭1つ抜けており目立つ。しかし、ファイアは通りに出ると変に隠れようともせずにフラフラと歩き始めた。その顔に覇気は無く、通り過ぎる人々はファイアを“英雄”の1人に似ていると思いながらも、その全身に纏った暗い雰囲気からか誰も寄ってきたりはしなかった。
遊撃隊に入隊する前まで、毎日のように巡回をしていた道を辿る。しかし、活気ある街を誇らしく歩いていたあの時とは違い、虚ろな目で街を見ていた。僅か半年余りで見える世界がこうも変わるのかと驚きたくなる。
しばらくして、ファイアの足が止まった。
「石壁の門に木造の建物…。」
タギ地区の王国軍駐屯所だった。かつてファイアが居た場所である。その駐屯所を見上げていたファイアは、自分の少し前に金髪の女が立っていることに気が付いた。
その金髪の女もファイアと同様に駐屯所を見上げている。
「金髪にその後ろ姿。…ミラか?ミラ・モアか?」
それまで虚ろだったファイアの目が少し開く。金髪の女はファイアの声に気付き、振り返ってきた。
「黙って私たちの前から消えて、ずっと心配していたのに。気がつけば王国の英雄になって、それでも連絡の1つも寄越さないような、そんな先輩なんて私は知りませんよ。…ファイアさん。」
ミラの声は少し震えていた。




