第22話 虚崩4
「誰もこの道を通る気配が無いな。」
ジプが目の前にある細い山道を見ながら思わず呟いた。間髪入れずライが言葉を被せる。
「そういうことは思っても口に出すな。」
「じゃが、しかし…。」
それでもジプはまだ何か言いたそうに口を尖らせた。
ジプがこのようになってしまうのも分かる。3人がカヤの街を見下ろせるこの場所に着いてから、はや1週間である。フーガンが指定した“1カ月後”という日は既に経過した。この1週間は再会の場所として指示されたカヤの街から西ハークに抜ける山道を見続けているが誰1人通らない。これではしびれを切らしてしまうのも無理はない。
それでもケイはじっとカヤの街を見つめ続けていた。
ライはそんな姉の様子を見ながら心配になる。
(ケイ姉…、ここに来てから殆ど口を開いておらん。ずっと何か思いつめとる雰囲気じゃし。)
ライもケイと同じようにカヤを見る。カヤの街はいつもと変わらずのんびりとした雰囲気に包まれていて、とてもではないが遊撃隊がこちらに来る気配は感じられない。
(ファイアという男、憎いやつじゃけど、じゃけど…早くこいよ。何をしとるんじゃ。ケイ姉がこんな状態になっとるというのに。)
やがて太陽は真上を超え、傾きかけてきた。この日も誰も現れなかったかとジプとライが肩を落としていたその時、カヤの街から馬の鳴き声が聞こえた。
3人の視線が一斉にそちらに向く。
「何かくるぞ…。」
ジプは密かに爪を鳴らす。
「…馬の数が多いな。」
そして、街を抜けてこちらに向かってくる騎馬隊が姿を現した。
「あの旗は人間の軍の旗じゃ。」
ライが思わず叫ぶ。
騎馬隊はハーク王国のシンボルである竜をあしらった旗を幾多もはためかせている。
(あれか…、あれなのか。)
ライは騎馬隊を凝視する。そして、顔を引きつらせながらジプとケイに向かって再び叫ぶ。
「…違う。いくら何でも数が多すぎる。森の中へ一旦引こう。」
ジプは眉を吊り上げながら騎馬隊を睨みつける。
「人間め。裏切ったということか。地に堕ちた奴等め。あいつ等でもいい。皆殺しにしてやる。」
牙を出し唸るジプの腕をライが掴んだ。
「落ち着けジプ。ざっと見ても数百の数がおるぞ。いくら力に勝ろうともやられるのが関の山じゃ。」
ジプは大きな鼻息を立てると、森の奥の方へぐるっと身体を向けた。
「ケイ姉、いつまでそこでぼーっとして見とるんじゃ。明らかにケイ姉が待っとる男とは違うじゃろうが。」
ライは全く動こうとしないケイを呼ぶ。
「ケイ姉っ。」
ライはケイの腕を掴もうと彼女の側によった。
「…ケイ姉?」
「ファイア…、フーガン、ミニカ…。お前たちじゃないんか。違うんか。」
ケイは目を大きく開き騎馬隊のほうを見ていた。しかし、焦点はどこか宙に浮いている。
ケイの心の中に辛うじて残っていた期待という名の砂の城は黒い波によって完全に壊されていく。
「やはり私は捨てられたということか。」
ケイは薄っすらと口元に笑みを浮かべた。口の中で小さな牙が光る。
「人間は獣人を裏切るということか。これまでもこれからも。…それがファイアでも。」
ケイの瞳が黒く鈍い色に染まっていく。
空を見上げた。白い雲がポツリと1つ浮かぶ。
ケイは大きく開いたままの目でその雲を見つめると、また1つ虚しい笑みを浮かべるのであった。




