第22話 虚崩1
ハークグランにて遊撃隊が歓声のうねりに飲み込まれていた時、フセ山脈の森の中では1人の女が大男と対峙していた。
「しかし、なかなか口を割らんなあ。間者としては立派じゃで、ケイ。」
ケイは木にその身体を縛りつけられているうえ、何度も殴られた影響で何かを言い返すことすら出来ない。ただ、その目だけは目の前に立つジプを鋭く捉えていた。
(あいつらと再び会うという誓いをしとるんじゃ。ここで何もかも話したらお終いじゃ。)
ジプは未だに反抗的な目で睨みつけてくるケイを見て、溜息をつく。
「本当は俺らも女をこう傷めつけたくはないんじゃで。ましてや、かつて同じ志を引っ提げて戦ってきた仲じゃ。早く何か喋ってくれんか。」
「嫌…じゃ…。」
かすれたケイの言葉にジプは口を閉ざした。
(ケイは先の戦いで族の戦士を数人殺しとる。このまま生かしておいても族の雰囲気は悪くなる一方じゃ。“ケイを殺すな”とはタントタンも何を考えとるんじゃ。この前までは自分が殺すとまで言っておきながら。)
「なあケイよ。お前は忘れたんか。何故、俺ら獣人族が人間と戦ってきたのかを。これまでに人間が何をしてきたのかを。」
ジプは周囲を見渡す。そして、太い両腕を広げ、森を指す。
「本来ならばこの山も森も獣人族の土地じゃったんじゃで。それも人間と契りを交わしてお互いが納得してのな。」
ジプは自分から始めた話に熱くなり続ける。
「それを急に人間が態度をひるがえし、戦いをしかけてきたのが150年前じゃ。戦いは泥沼の膠着状態。お互いに死者や怪我人が出続ける中、時の頭がお互いのことを思って、引いて、譲って、支配地の契りを再度交わしたのも150年前。」
ジプはさらに熱くなり、吠えるような口調になる。
「そんな契りさえも破ろうとしとるのが今の人間じゃろうが。醜い野望を隠さず、刃を俺らに向けんと族の山に入ってこようとする。譲っているだけでは何の意味もない。そう悟って、この牙で、爪で戦うことを共に決意したじゃろうが。」
そこまでまくしたてるように喋り続けたジプが、一呼吸おいて、落ち着いた口調に戻る。
「それさえも忘れたんか、ケイ?約束破りの人間に着いて回って、あげくの果てには同志であるはずの族の戦士に牙をむける。…何があったんじゃ。」
それまでジプを睨みつけていたケイの視線が地面に落ちる。
「人間を信じても裏切られるだけじゃぞ、ケイ。」
ケイはその言葉にぐっと目を閉じる。瞼の裏には、最後にクイで見たファイアの顔やフーガン、ミニカの言葉が浮かぶ。
(あいつらが裏切る…ことは無い。無いんじゃ。…無いはずじゃ。)
黒い波がケイの心に押し寄せる。その波を追い返そうとケイは必死にもがいていた。




