第21話 凱歌1
(ケイの顔が近い…。)
(目を閉じて近づいてくる。こいつ目を閉じて…、あれ、ケイってこんなにも可愛い顔立ちをしていたっけ。)
(触れる。…触れた。)
(鼻がくすぐったい。そんなに鼻をこすりつけてくるなよ。)
(何しているんだよ。…泣いているのか?)
(何で泣いているんだ。)
(おかしい。ケイは叫んでいるはずなのに声が届いてこない。)
(ケイが揺れて…揺れていく。どうなっているんだ。)
(おい、ケイどこにいくんだ。おい、ケイ。)
(ケイ。聞こえているんだろ。ケイ。)
「ケイッ。」
「久しぶりに目を覚ましたかと思ったら第一声がそれかよ。」
「…フーガンさん?あの、ケイは?さっきまで目の前にいたのに急に泣き叫んだかと思うと揺れて消えちゃって。」
「何を言ってる。とりあえずお前は黙って寝ていろ。」
ファイアは周囲を見渡した。ここはクイの街ではない。それは確かだった。薄い布から陽がこぼれている。
(…揺れている。馬車、か?)
(俺はクイでタントタンと戦って、戦って…どうした。どうなった。)
状況を飲み込めないファイアの耳元でフーガンがささやく。
「ここでこれ以上、お嬢ちゃんの名前は出すな。いいか。」
「何故ですか?あの、ケィ。」
ファイアが再びケイの名前を出そうとした瞬間に、フーガンがファイアの口をつぐむ。
「出すなと言っただろう。これは命令だ。」
フーガンの鋭い目がファイアを睨みつける。そして、フーガンはふっと顔をそらしながら静かに言葉を続けた。
「今晩にはロセまで戻る。…詳しい話はそこでだ。」
(ロセ?ロセに戻る?)
ファイアの頭に今の状況を飲み込む余裕は残っていなかった。思考の糸はぐちゃぐちゃに絡み、どうやっても解きほどけそうにない。
俯きながら横に小さく首を振る。その時、仰向けで眠るミニカの姿がファイアの視界の中に入ってきた。
(ミニカさん…、手に包帯が。)
(駄目だ。俺は今までどうしていた。あれからどうなった。)
思わず叫びそうになったファイアの目の前に竹筒が差し出された。
「これでも飲んで落ち着け。」
フーガンのぶっきらぼうな言葉に、ファイアは無言で竹筒を受け取る。竹筒を傾け、その中にあった液体を一口飲むと喉がカッと熱くなった。そして、すぐに頭がのぼるような感覚に襲われ、気がつくとファイアは再び寝息をたてていた。
「お前さん、意外や意外にお酒に弱いんだな。」
フーガンは転がるファイアを見て少し驚いた口調でそう呟くと、布の隙間から外を眺めた。のどかな農村の風景が流れて行く。首を傾けて西の方角をみるとフセ山脈が見えた。
「……。」
普段の強気な眼光が影をひそめた、少し不安気な表情を浮かべながら、フーガンは無言でフセ山脈を見つめた。




