第20話 姉妹4
「ケイ姉…、族に戻らんか?」
ライからの提案は急だった。瞳に涙が残った顔でケイを見つめながら、ライは族に戻ってほしいという気持ちをポツリポツリと言葉を紡ぎながら伝える。
「…ライの気持ちは嬉しいけど、けど、それは無理じゃ。私は族を裏切って出て行ったばかりか、人間の側につき、同志であるはずの獣人に爪を向けてしまった。…もう、族に私の居場所は無いし、自分でその居場所は消してしまった。…じゃけ、無理じゃ。」
ケイの言葉にライは表情を曇らせる。
「でも、人間の側についたなら何でここに1人でおるんじゃ。前に一緒にいた男に捨てられてしもうたんじゃないんか。」
“捨てられた。”この言葉がケイの心をえぐる。確かに、フーガンは別れ際にもう一度会えるようにと、落ち合うためにと、地図を渡してくれた。でも、それは嘘で、うわ言で、自分は遊撃隊から捨てられたのではないかという疑念がクイを出てからケイの心に付きまとっていた。そんなことを考える自分が嫌に思えたが、この恐怖はなかなか離れてくれない。
「それは…。」
思わず言葉に詰まるケイの手をライは両手で掴み訴える。
「ケイ姉があの男に入れ込んどるのは分かっとる。じゃけ、あんまり悪くは言いたくないけど…、けど、どう考えても1人にさすのはおかしいじゃろ。麓に作っとった柵を越える前にケイ姉を離す。この意味が分からんケイ姉じゃないじゃろう。」
ライの主張はほぼその通りだった。遊撃隊は王国軍がクイに到着する前にケイと別れることを選択した。王国軍とケイを会わせたくないとの思惑があったのは間違いない。ケイが獣人だということが明らかになれば、獣人族と激しく敵対する王国にどのような仕打ちを受けるか分からない。自身を守るための手段であることは、ケイも納得はしていた。
納得はしていたが、それでもモヤモヤがとれない。このモヤモヤにライの言葉が突き刺さった。
(いや、私はファイアに、あの男に着いていくと誓ったんじゃ。あの男に殺され、救われたあの日から。)
ケイは自分の心の中にある黒い闇に言い聞かせる。
「私は、私は…捨てられた訳じゃないんじゃ。また落ち合うための証も持っている。」
ライの表情が変わる。
「証…?」
「ああ、そうじゃ。」
「…証って、何を持っとるんじゃケイ姉?」
その時、ケイは思い出した。目の前にいる女の子は自分の妹であると同時に獣人族の間者であることを。心臓の鼓動が一気に早くなる。
「見せてくれん?ケイ姉。」
「…何で見せる必要があるんじゃ。そんな大したものじゃないで、ライ。」
ケイの焦りを隠すように平穏な雰囲気を装った返事に、ライの表情は硬直する。
「それなら無理にとは言わん。…ケイ姉、もう一度聞くで。族に戻らんか?戻って私と一緒に戦わんか?」
「…無理じゃ。」
そう言った瞬間、ケイの背後から何者かが近づいてくる気配がした。
(この気配、1人や2人ではないぞ。いつからだ。)
ケイが慌てて振り返ると、ジプが複数の獣人を引き連れて立っていた。
「ライ、じれったくて我慢出来んかったぞ。」
「ケイ姉に無茶なことはするなよ、ジプ。」
ライが吠えるように放った言葉に、ジプはへラッと笑った。
「やっぱり妹じゃな。何も殺そうとなんざしてないじゃろ。」
そしてジプの視線がケイへと移る。
(マントの中には王国の地図が入っとるのに…。)
「こっちへ来てくれんかケイ。」
ケイは息をのみ込むと、マントからフーガンに貰った地図を出す。そして、その地図を口に放り込むと、そのまま喉を大きく鳴らした。
「こいつ何か飲み込みやがったぞ。」
後ろの獣人たちがざわめくのを静めると、ジプは再びケイに向かって言う。
「ケイよ、こっちへ来い。」




