第20話 姉妹3
「ケイ姉…?」
ケイの様子がいつもと全く違うことがライには怖かった。いつもなら白いマントをなびかせながら、誇らしい顔つきで帰ってくる姉の顔が、今は深く沈んだように重たい。
しばらく考え込むように動かなかったケイに声をかけることが出来ず、オロオロとその背中を見ていたライ。
すると、突然ケイはライの元により鼻をくっつけてきた。
「ケイ姉、私に求愛してくれとん?」
ライはやっと自分に構ってくれたことが素直に嬉しくて、冗談まじりの声をあげる。
「ライ、ごめんな…。ごめん。」
ケイは重たい声で謝る。姉の突然の謝罪にライの頭は追いつかない。
「なんでケイ姉が私に謝るん?」
それでも辛うじて、作り笑いのような表情でライは返す。ケイはライをギュッと抱きしめた。
「…ライ元気で強く生きてくれ。」
「ケイ姉、また戦いに行くん?」
ケイはゆっくりと首を横に振る。
「…私は遠いところへ行こうとしとる。もう、ここには戻ってこれん、遠いところへな。」
「え?…何?何で?」
「もう後戻り出来んのじゃ。ごめんライ。…愛しとる。」
ライはただただ困惑した。ケイが何を言っているのか分からない。ただ1つだけ理解できたのは、ケイが自分の前から消えようとしていることである。
「嫌じゃ。…いなくなったら嫌じゃ。」
ライの目から大粒の涙が零れ落ちる。ライの泣き顔を見て、ケイは唇を強く噛みしめる。そして、「ごめんな」ともう一度謝ると、泣きじゃくるライに背中を向けた。
「今日、私が大きくなったら一緒に戦うって約束したのに。…したのに。」
ケイは気がつけばライから逃げるように駆け出していた。背中からはライの泣き声が聞こえてくる。
「ケイ姉の嘘つきいいいい。嫌じゃああ。」
*****
(…嘘つき、か。これまで人間のことを散々嘘つきだと、裏切りだと言ってきたが、私も同じようなものじゃな。)
幼い頃の重たい過去を思い出しながら、ケイは自分の胸に顔をうずめて泣いているライを見る。
(ライがどんな気持ちでこのマントを着ているのか、私に爪を向けてきたのか。)
憧れと裏切りに対する憎しみ。言葉では言い表せられないほどの様々な感情を抱いてきたであろう妹の姿を見ると、押しつぶされそうな感覚に襲われる。実の姉が族を裏切った事実は、ライへの視線を厳しいものにしてきただろう。他の者よりも棘の多い生き方をさせているだろう。
ケイはライの頭を撫でようとして持ち上げた右腕をそっと下げた。
(今の私にはライの頭を撫でてやる資格なんぞない…。)
「ごめんな、ライ。ごめんな。」
ケイの口から自然とこぼれた言葉だった。こんな謝罪で済まされないことは分かっている。しかし、ケイもただただ謝ることしか出来なかった。
ライは何も言わず首を横に振る。その姿は孤高の山で見た幼き頃のライだった。




