第19話 雲流れ3
そのケイは力無くファイアを叩く。
「ファイアの馬鹿者、馬鹿者…。」
次第に力が抜けていきブランと垂れた手と頭。全身から悲しみを放つケイの後ろに立ったフーガンはゆっくりと瞬きをする。そして、息を吸い込み、ケイに言葉をかける。
「獣のお嬢ちゃん。」
ケイの耳だけがフーガンの声に反応する。
「俺の経験上からいって、ファイアは疲れが溜まっていただけだ。大丈夫だ。」
ケイは動かなかった。フーガンはケイの反応を見ながら、言葉を続ける。
「ファイアのとこじゃなく、獣のお嬢ちゃんのことで話があるんだが。」
今度はケイの頭が少しあがる。そして、力の無い返事がきた。
「なんじゃ。」
「これからのことなんだが…。」
「…分かっておる。」
フーガンが全てを言い切る前に、ケイから言葉が返ってきた。
「みなまで言わなくても分かっておる。ここから先はハーク王国の支配下。そして、この街に王国軍が来るかもしれん。その前に私が消えなくてはならん。…そういうことじゃろう?」
フーガンは何も言わなかった。その代わりに、持っていた1枚の紙をケイの顔の横に差し出した。
「これは…、地図、か。」
「獣のお嬢ちゃんには必要ないものかもしれないがな。クイより東の地図だ。」
「これは重要なものなんじゃないのか。地図が獣人族に流出したことが明るみになれば…。」
ケイの問いかけに対し、フーガンは他人事のように答える。
「ああ、そんな事実が明るみになれば俺の命なんてこの世にはないだろうな。」
「なら…。」
「その地図は俺がお嬢ちゃんの懐に無理やりねじ込んだものだと思ってくれていい。そして、これから喋ることも勝手に俺が言っていたことだと思ってくれていい。」
*****
フーガンは“独り言”と称して一通り喋ると、「また、な」と最後に言い残しケイの側を離れた。
ケイは力なく微笑んだ。
(どいつもこいつも馬鹿者が多いことじゃ。)
そして、深く目を閉じたままのファイアの顔を見る。
(ファイアもその馬鹿者の1人じゃぞ。)
ケイは顔をファイアの顔に近づける。そして、目を閉じると、自身の鼻をファイアの鼻にくっつけた。クウンと甘い音を鳴らす。
1秒、2秒、3秒。
ケイの目から一粒の涙が落ちた。そして、ゆっくりと目を開けたケイはファイアの顔に落ちた涙の滴を見つめて、舌で舐めるようにしてとる。
もう1度、鼻と鼻をくっつけた。今度は軽く、触れるか触れないかの距離だった。そして、空を見上げて息を吐く。青い空の中で白い雲が流れて行く。その中で今にも2つに分かれそうな雲を見つけた。
(あの雲たちは別れた後、再び会うことはあるんじゃろうか。)
ケイは視線をファイアに移した。じっとその顔を見つめた後、立ちあがる。ふと後ろを振り返るとフーガンとミニカがこちらを見ていた。ミニカが一礼する。フーガンは腕を組んで壁にもたれたまま少し俯いている。
ケイは二人の姿を見ると、そのまま歩きだした。次第にその速度があがり、最後は駆け出していた。そして、飛びあがると、建物の屋根に登り、屋根の上を走りながら3人の前から姿を消した。
ケイはクイの街の外に出ると、その足を止めた。ふと空を見上げると、先程の雲は完全に2つに分かれ、それぞれが青い空の中を流れていた。
「また1人の世界に逆戻りじゃな…。」
小さくそう呟くと、ケイは森の中に姿を消した。




