第13話 炎と無力と優しさと4
それまで表情に覇気の無かったファイア。しかし、ケイのまっすぐと自分を見つめてくるその顔に、ファイアの目にも力が戻る。
「フセ山脈での時のことか。」
遊撃隊としてハークシーに向かう道中のフセ山脈の森の中でファイアは狼に囲まれたケイを見つけた。初めて獣人を見たあの時の恐怖感をファイアは鮮明に覚えている。
しかし、ケイは首を横に振った。
「私がファイアを見つけたのはもっと前じゃ。」
「ハークグランの街で私は当てもなく歩いとった。その時にファイアを見かけたんじゃ。隣には金色の髪をした女の兵士もおったかな。」
金色の髪の兵士とはミラのことだとファイアは思った。しかし、タギ駐屯所にいた頃のことを必死に思い返してみても、ケイを見かけた記憶など無い。
ケイは話を続けた。
「ファイアと女の兵士は迷子になっとる子どもを必死にあやしながら母親を探しとった。」
「ファイアにとっては当たり前の事かもしれん。じゃけど私は大きな衝撃じゃった。」
「獣人族では考えられん光景じゃったからな。力のある者が他人のために動く。これは族の中では無いことじゃ。」
「私はお前らの事が気になった。一回近づきすぎてファイアにぶつかってしまったこともあったわ。」
そう言ってケイは少し笑った。
「私はな、他人を思いやれる文化のあるこの王国はいいと思った。いや、今も思っとる。」
ケイの表情や口ぶりからはハーク王国への憎悪の気持ちは微塵も感じられなかった。ファイアの頭の中ではさらなる疑問が浮かびあがった。その思いを率直にケイにぶつけてみる。
「ケイは結局どっちの味方なんだ。ハーク王国か獣人族か。」
ケイは一瞬驚いた顔をしたが、再び柔らかい笑みを浮かべる。
「私はファイアに一度殺され、また生かされている身じゃ。」
「前に言ったじゃろ。私はファイアに囚われの身じゃと。」
「私はお前の味方じゃ。ファイア。」
そう迷いなく答えたケイにファイアは思わず言葉が詰まった。そんなファイアの表情を見てケイは小さく微笑むと、ファイアの左腕をさすった。
「ファイアの大事な左腕に傷をつけてしまってすまんかったな。」
「いや…。」
ファイアは左腕を見つめた。
ケイは小さく息を吐くと、ふいに立ち上がった。
「こうなってしまっては、勝たなければファイアの愛する王国を守ることは出来ん。」
ケイは大きく話を変える。
「王国を守るために戦うんじゃろ、ファイア。」
「ああ。」
ケイの問いかけの後、一瞬間をあけてファイアは力強く返事をした。その声や表情の中には、先程までの気弱で心あらずだったファイアはもういなかった。
*****
ハークシーを落としたタントタン率いる獣人族はその後、さらに侵攻し、フセ山脈以西を支配下に置いた。ハーク王国は領土の約半分を喪失。王国軍は失った領土と聖地である孤高の山を取り戻すべく反撃に転じようとしていた。




