第12話 滴1
(あの人は誰なんだろう…。)
ミラは住民たちと一緒に必死に走りながら、急に現れ獣人を倒した男の事を考えていた。
(あの服装は王国軍の兵じゃないし、かといってあの剣使いは普通の民じゃない。)
(それにあの獣人の名前を知っていたのも謎だし。)
(…獣人って名前があったのね。)
ミラはフッと後ろを振り向く。遥か遠くにさっきの男と獣人が見えた。
(さっきあの男の人、あの獣人と戦うみたいなことを言っていたけど…。)
(…いけない。今の私の役目はこの住民たちを街から脱出させること。あの男の人も言っていたじゃない。)
ミラは前をぐっと見据えた。
「皆さん。あの角を曲がって、街を抜けたところに王国軍の建物がありますから。もう少し頑張りましょう。」
角に差し掛かった。先頭をハスランに任せてミラは最後尾の住民が角を曲がるまで手を振って指示を出す。
「あっ。」
思わず声が出た。遠くで微かに捉えた男に向かって建物の上から獣人が飛びかかっているのが視線に入ってきたのである。それと同時に最後尾の住民が角を曲がり終えた。ミラの視線が大通りから消えたのは、まさにタントタンの爪とフーガンの剣が交わる直前のことだった。
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フーガンの鋭い目が自身に向かって飛びかかってくるタントタンを捉えていた。大きく振りかぶったタントタンの腕を剣でなぎ払う。両者、地面に転がった。
(こいつ、思っている以上に力が強い。やはり身体能力では獣人のほうが人間より数段上。)
フーガンはすぐ立ちあがる。タントタンも立ちあがった。
(ケイは左腕だけ獣の腕だったが、こいつは両腕が獣のそれだ。)
フーガンはタントタンから視線を外さず、剣を構えた。
「一撃じゃやれんかったか。」
タントタンがニヤリと笑いながら言う。その表情からは自分が負けることが無いという自信が見え隠れする。
フーガンは小さく舌打ちをした。
「次は逃さんで。」
タントタンはそう言い放つ。そして、ぐっと距離を詰めたかと思うと右腕を振りかぶった。フーガンはタントタンの動きに鋭く反応し、剣を左上に振り上げる。
(入った。)
しかし、獣の毛が強いのか剣が入りきらない。微かに傷をつけるに留まる。
(っつ。左。)
タントタンは間髪いれず左腕を振る。駄目だ。剣はもう間に合わない。
「おらああ。」
フーガンはタントタンの腹に蹴りを入れた。これはタントタンも予想していなかったのか体勢を崩す。
(ここだ。)
フーガンは一瞬の好機を見逃さなかった。素早く剣を持つ手を入れ替えると、そのまま、思いっきり剣を振り下ろす。
「くっ。」
間一髪のところでタントタンはフーガンの剣を避けた。そればかりか、その勢いを使い一回転するとフーガンと距離を開けた。
(やはり…、人間じゃ考えられない反応。)
「タントタン…。お前、俺の剣の前に沈むのも時間の問題だな。」
フーガンが冷たい表情で言う。タントタンは何も言わずニヤリと笑う。しかし、先程までの余裕はタントタンの表情から消え、その目には力が入っていた。




