第10話 唸る者ども3
「あれが…獣人。」
次々と殺されていく兵士。そして、その血で赤く染まった獣人。そんな光景を目の前にして、アイス隊に動揺が広がっていく。
ハークシーの郊外。竜誕の池へと向かう森の前でアイス隊が獣人族と対峙することとなった。周囲には少しの建物がたっている程度で隠れる場所はない。
「ここを突破されれば奴らを街へ入れることになるぞ。必ずやつらをここで壊滅させる。」
アイスが大声を張り上げる。
(最初の段階で精神的に我が軍は不利になってしまった。しかし、ここで食い止めねばハークシーにはもう…。)
ハークシーにはもう満足な兵力を置いていなかった。女性兵士で構成された白竜部隊のほかは僅かな兵を残すのみである。それはすなわち、ここで獣人族を叩かねば、ハークシーのみならずハーク王国が一瞬にして危機的状況に陥ることを意味していた。
アイスは動揺する隊に指示を飛ばす。
「弓隊かまえろ。やつらを引きつけて一斉に矢を放て。」
(150年前の戦いでは弓が勝敗を分けた要因だったはず。)
(しかし―)
アイスはゆっくりと近づいてくる獣人の姿を見た。
(私が知っている獣人族とは全身が毛に覆われ、虎が二足歩行している姿。それが、やつらは一瞬人間かと思うほどだ。)
(しかし、個体によってバラバラだが獣の腕や足をしている。あの姿は間違いなく獣人。)
アイスは手に持っていた槍を強く握る。そして、その槍先をゆらゆらと歩きながら近づいてくる獣人へ向けた。
「弓隊。放てええええ。」
アイスの声が響いた後、勢いよく矢が獣人へ向けて飛んでいった。
獣人たちは弓矢が放たれた直後に急にアイス隊に向かって走り出した。そして、上へ飛ぶ。
(矢を避けたというのか。)
結果、一矢も獣人に命中することは無かった。そればかりか、走り出した勢いそのままに獣人たちはアイス隊に襲いかかろうとしている。
(まずい。新たに弓をかまえる時間はない。)
「槍隊前に出ろ。向かえ撃つぞ。」
*****
槍隊の中でも後方に居たシェンとパジェは前で何が起きているのか見る事が出来ないでいた。しかし、隊列に広がる動揺や辺りに響く様々な声で獣人が目の前まで迫ってきていることは分かった。
「始まるんだね。」
パジェは前を向いたまま隣に立っていたシェンに言った。
「ああ。」
シェンも短く返す。
「弓隊。放てええええ。」
アイスの声が二人のもとまで聞こえた。
一瞬の静寂。そして、ざわめきに隊列は包まれた。
「どうなったんだ。」
前で起こっていることを確認出来ないまま、再びアイスの声が聞こえてきた。
「槍隊前に出ろ。向かえ撃つぞ。」
槍隊が弓隊と入れ替わるようにして前に出る。シェンとパジェも走りながら弓隊と入れ替わる。
「ひぃっ。」
パジェの口から声がこぼれた。
前に出ると、もの凄い勢いでこちらに向かっている獣人と思われる集団が目に飛び込んできた。その距離僅か。
シェンとパジェの中に残されていたほんの少しだけの余裕は消え去った。何も考えられない。槍先を前に向ける。
「うわわああああああああああああああああああ。」




