第10話 唸る者ども1
太陽が少しずつ上へ昇り始めている。遠征軍の総大将アイス・ミルトンは1人、宿泊所の部屋の中にいた。深く目を閉じ、アイスキャンディーを口に運んでいる。
アイスはどうすべきか悩んでいた。王国中が獣人族討伐の色に染まり、遠征軍に大きな期待がかかっている。しかし、当の遠征軍の士気は著しく低い。この隔たりによってアイスは遠征軍を動かすことが出来なくなってしまっていた。
次第にアイスキャンディーを持っていた手が止まる。溶けだしたアイスが床に落ちる。
(このままハークシーに留まっていても兵士の士気は落ちる一方だ。)
アイスはふと右手に握っているアイスキャンディーを見る。アイスキャンディーは完全に溶けて棒だけが残っていた。
アイスは大きく息を吐いた。そして、その棒をゴミ箱の中に投げ入れた。
その時だった。低く重い獣の鳴き声が何重にもアイスの耳に入ってきた。
「何事だ。」
アイスは慌てて部屋を出る。宿泊所内は先程の獣の声を聞いて右往左往している兵士で溢れていた。アイスはその兵士たちをかき分けて宿泊所の外に出た。
孤高の山のほうへ目を向けると黒い煙が空高く伸びている。
「あれは。獣人族が襲ってきた事を示す狼煙。」
アイスは急いで宿泊所内に戻ると、部屋に副大将を呼んだ。
「白竜部隊は今すぐ住民の避難にあたらせろ。そして遠征軍本隊は兵をすぐ整えろ。獣人族を迎え撃つ。」
*****
主に女性兵士で構成されている白竜部隊が住民の誘導のため一足早く宿泊所を出た。そして宿泊所敷地内では遠征軍主力部隊が隊列をつくる。兵士は手に槍を握り、腰に剣をさす。
シェンとパジェもこの隊列に加わっていた。
(本当に…、本当に獣人族とこれから戦うんだな。)
シェンは流れゆく現実を心の中で言葉にして飲み込む。
(僕の故郷が、これまでの日常の光景が非日常になっていく…。)
パジェは慌てふためくハークシーの雰囲気を感じながら、口を強く一文字に閉じた。
この2人だけでない。他の兵士たちも皆一様に険しい顔をしている。恐怖、絶望、諦め、悟り。様々な感情が隊列に渦巻いている。
そんな隊列の前にアイスが立つ。
「ついにこの時が来た。獣人族と対峙するこの時が。」
「今、獣人族の牙から王国を守るのが我々に課された使命だ。」
アイスは大きく息を吸い込むと、槍を空に掲げた。
「皆、英雄になろう。」
遠征軍主力部隊が発った。目指すは狼煙があがった孤高の山のふもと。ハークシーに兵の足音と槍の音が響く。




