第9話 染まる2
ファイアとケイが歩みを進めている頃、フーガンとミニカはハークシーの市街地に居た。二人は主を失った家の一室に身を潜めている。遊撃隊として何度もハークシーで活動してきた二人は、身を隠すことのできる場所を良く知っていた。
「まだ遠征軍に動きはないようだな。」
フーガンが竹筒の酒を飲みながら窓の外を伺う。
「ええ。そうね。」
ミニカも窓の外を見ながら返事をする。そしてフーガンのほうへ視線を移すと小さく溜息をついた。
「ねえ、こんな時に言うことじゃないのは分かっているんだけど、ちょっとお酒飲みすぎじゃない。」
フーガンは「はあ?」と言い、ミニカのほうへ顔を向ける。
「本当にこんな時に何言ってんだ。お前は俺の母親か。」
「母親ってやめてよ。いや、最近はいつにもましてお酒の量が増えてるから気になってね。」
フーガンは少し黙っていつも酒を入れている竹筒を見た。
「…故郷の酒を飲むと気合が入るというか、やらなきゃなっていう気持ちになるんだよ。」
フーガンは続けた。
「今回は特に大きな仕事だろ。気合を入れているんだよ、気合を。つまらない話をさせるな。」
ミニカはフーガンの話を聞き、目を丸くした。
「フーガン、あなたも真面目な話が出来るのね。」
フーガンは小さく舌打ちをすると、もう一度窓の外を見た。
「もうこの話はいいんだよ。目の前の事に集中しろ。」
「そうね。とりあえず準備は出来ているわ。」
ミニカはそう言うと、足元に置いてある袋を見た。
「獣人族におびえている今の遠征軍は、こんなもんでも混乱するだろうな。」
フーガンはニヤリと笑った。
「あとはファイアに賭けるしかねえ。確立の低い博打なのは分かってるが、現状じゃ手がねえからな。」
*****
「……。」
孤高の山のふもと。大きな木がそびえたつ森の中。
ファイアは目を見開き立っていた。
「なんじゃ。こっちから出迎えに来てやったと言うのにその顔は。」
1人の男がニヤリと笑いながら、ファイアとケイの前に立っていた。荒々しく長い髪。腰にボロボロの布。そして笑った口の中には鋭い牙が見える。
「…タントタン。」
ケイが鋭い目つきをしながらその男の名前を呼んだ。
「おうケイか。久しぶりじゃなあ。人間の男を連れて夫にでもするんか。」
タントタンはヘラヘラと笑いながら言ったが、ケイは無言でタントタンを睨んだままだ。
「相変わらず怖い顔しとるなあ。しかし、お前よく俺の前に顔を出せたな。」
タントタンの顔つきが変わった。
「お前の考える世界は人間の国に転がっとたんか?」
ケイはタントタンの問いを無視してこう言う。
「タントタン。人間を攻撃したそうじゃな。」
「ああ、そうじゃで。」
タントタンはぶっきらぼうに答える。
「また人間に攻撃をするんか。」
タントタンは「さあな」と答えたあと、急に大きな声で笑い出した。
「なんじゃ、ケイ。お前、俺に争いはやめろとか説教たれにきたんか。人間の男を連れて。」
「ケイ変わったなあ。すっかり人間に染まってしもうて。」
「昔のお前はそんなこと言うやつじゃ無かったで。」
笑いがおさまったタントタンは目を細めた。
「昔のお前は、人間の血に飢えた女じゃったのに。」




