第9話 染まる1
孤高の山が薄っすらと浮かび上がってきた。空は綺麗な群青色である。そんな夜明け前に遊撃隊の3人とケイは外にいた。
「よし、ここからは昨日の打ち合わせ通り二手に分かれるぞ。」
フーガンが指揮をとる。ファイアとミニカが鋭い眼をしながら頷いた。ケイは何か考えているような表情である。
「本当は俺が孤高の山に行ったほうが良かったんだがな。」
フーガンがこう言い終わるやいなやケイが口を開く。
「それは嫌じゃ。お前はまだ信用しきっとらん。」
「…ということだ。お前さん、重責を背負わすことになるが頼んだぞ。」
フーガンに視線を送られたファイアは短くはっきりとした声で「はい。」と返事をした。ファイアの返事を静かに聞き、「よし。」と小声で言うとフーガンはまた視線を戻す。
「今日はハーク王国の行方を左右する日だと言っても過言じゃない。その鍵を握っているのが俺たちだ。それぞれの役目をしっかり果たそうか。そうすれば結果はあとから付いてくる。」
「俺とミニカで遠征軍が少しでも動かないように止めてくる。」
「その間にお前さんは虎のお嬢ちゃんの力を借りて必ずタントタンと話をつけてこい。いいな。」
フーガンの強い言葉にファイアも答える。
「はい。俺とケイで必ずタントタンと話をつけてきます。そして再び血が流れる前に争いを止めてやる。」
ケイはグッと目を閉じた。ミニカは再び力強く頷いた。
「よし。夜もだんだんと明けてきたな。作戦開始だ。」
*****
ファイアとケイはまず孤高の山のふもとを南に向かった。ハークシーの街から離れるためだ。獣人族による孤高の山警備隊の襲撃事件以降、竜誕の池を中心に多くの兵士が投入されていた。4人が拠点としていた森の中の古い家屋も人目のつかない場所にあったが2人はさらに万全を期すこととしたのである。
空はだんだんと明るくなってはきているが、それでもまだ深い青色に包まれている。森の中は暗く前に進みにくかった。
「ファイア、しっかりと私に着いてくるんじゃで。」
「ああ。」
森に慣れているケイが先導する。ファイアは懸命に前をいくケイについていく。
ファイアは右を見た。黒く大きな孤高の山がそびえたっている。
「どうしたんじゃ。怖くなったんか。」
「いや…。」
ファイアが足をとめた。ケイもそれを見て立ち止まる。
「今更だけど、やっぱり竜神の住む孤高の山に入るのは背徳感があるな…と思って。」
ファイアの言葉にケイは少し呆れたような声を出す。
「何を言っとるんじゃ。あの山に竜なんぞおらんで。それは私が生きた証人としてはっきり言い切ってやるわ。」
「ああ、分かってるよ。」
(頭の中では分かってる。孤高の山に住んでいるのは竜神じゃない。獣人族だってことは。でも何かモヤモヤするんだよ。)
小さい頃から孤高の山の竜神について教え込まれ、そう信じてきたファイアにとって孤高の山に入る事に罪の意識を感じるのは仕方ない事かもしれない。
ケイはファイアの表情をみてゆっくり彼に近づいていった。そして身長差のあるファイアの顔を下からのぞきこむ。
「な、なんだよ。」
「ファイア、あの山には竜より恐ろしい獣の男が居るんじゃで。」
「ああ。」
「はっきり言って命の保証は出来ん。あの山に足を踏み入れたその瞬間からな。まあ、精一杯守るがな。」
ファイアは黙ってケイの言葉を聞いている。
「でもな、ファイアと私なら上手くいきそうな気がする。そう心配するな、大丈夫じゃ。」
そう言うとケイはニッと笑顔をみせた。ファイアも力の抜けた笑顔を見せる。
「…さあ、先を急ごうか。」
二人は再び動きだした。




