第1話 竜の国1
ハーク王国の首都ハークグランは島の北東部にある。周囲を城壁で円状に囲まれ、城壁の中にさらに二重の堀が走るこの街には西と南に2本の大街道が通じている。その大街道に出るためにつくられた大門の前にはそれぞれ市場が発達し年中にぎわいを見せている。
特にハーク王国随一の農業都市ハークマウンへと向かう南街道側の南市場は新鮮な農産物が揃うとあって特に活気がある。
その南市場を二人の兵士が巡回していた。胸には王国に使える者の証である竜のエンブレムがみえる。
「今日も美味しそうな食材で溢れてるな。国が豊かで良いことだ。」
黒髪短髪の青年兵士は市場を満足げに見渡しながらつぶやいた。
「真面目に巡回しないと隊長に報告しますよ、ファイアさん。」
隣を歩く女の兵士が市場の農産物をキョロキョロ見る青年兵士に冷たい視線を送る。肩に届かないほどのショートヘアに少しつり目の顔つきは険しい。
「おいおいミラ、そんな怖い顔してるとまた子どもに泣かれるぞ。」
「もう1週間前のことはいいでしょ。それに迷子の子どもを兵士としてきちんと助けたのだから、そこを評価して下さい。」
不機嫌そうにそっぽを向く女の兵士を見て「はいはい」と苦笑いをしている青年兵士の名はファイア・ベル。20歳になる。身長が180センチあり兵士として十分な体格をしていた。
ファイアの隣を歩く女兵士の名はミラ・モア。19歳とファイアの1歳年下で身長は150センチと小さいが、気が強くファイアもこの性格には苦労していた。
ファイアはまだ不機嫌な表情の顔しているミラの方を向き話しかける。
「国が豊かなことはいいことじゃないか。国が豊かだと争いも起きにくい。それに、故郷が栄えている景色を見れることは幸せなことだ。」
「それはそうですが。でもこの豊かさは続かないかもしれないですよ。」
ミラの不吉な言葉にファイアは「どういう意味だ?」と不思議な顔をする。ミラは言葉を続けた。
「なんでも今年は小麦の実りがあまりよくないそうです。」
「そういえばミラの故郷はハークマウンで実家は農家だったな。つまり、大凶作によって社会が混乱するっていうのか。」
「はい。今年の春に続いた異常な大雨が小麦にはよくなかったみたいですね。」
そうなのか、とファイアはつぶやき辺りを見渡した。南市場はいつもと変わらぬ賑わいをみせており、ミラの言う通り小麦が凶作になったとしても影響は少なそうに思えた。それにファイアは生まれて一度も大凶作というものを経験したことが無かった。そのこともありミラの話を現実的に考えることができなかった。
「今は小麦の話より巡回をすることが先だ。早く“槍の広場”まで見てまわろう。」
ファイアはそう言うと市場に目をやりながら歩き始めた。
*****
“槍の広場”は150年以上前に獣人族との争いに勝利しハーク王国を建国したハーク・マルクを讃えて造られた広場であり、広場中央には空に槍をかかげるハーク・マルクの像がたっている。この広場はハークグランに流れる二重の堀の外側であるタギ地区の南市場と西市場の中間地点にある。
ファイアとミラが巡回の最終地点である槍の広場に着いたのは昼を過ぎた頃であった。時間帯のせいか広場は多くの市民でにぎわっていた。
「パジェとシェンはまだのようだな。」
ファイアは槍の広場を見渡し、西市場の巡回にでている同じ部隊の二人を探す。
「あんまりキョロキョロしてると危ないですよ。」
「ああ、分かってるよ。って、うわっ。」
ファイアはハーク・マルク像の前で人とぶつかった。
「自分の不注意ですみません。お怪我はありませんか。」
ファイアはぶつかってしまった人に声をかけた。若い女の子のようだがその格好が周囲とは明らかに違っていた。布を頭から被り全身をボロボロのマントのようなもので覆っている。歳は14、5といったとこだろうか。女の子は二人をじっと見ると一礼をして去っていった。
「女の子があんな格好をして1人でいるなんて珍しいですね。」
ミラが女の子の後ろ姿を見ながら首をかしげる。ミラがこう思うのも無理はなかった。ハーク王国の首都であるハークグランは治安の良い都市で一般階級の民衆の家が集まるこのタギ地区でも物乞いの姿などほとんど見ない。
「東のハークシーから出稼ぎで来たんじゃないのか。あの街じゃあんな子も多くいるだろうし。」
「そうですね。ハークシーは王国の中でも特に治安が良くないですものね。逃げてきたのかも。」
「“王国軍の兵士が剣を抜き槍を握る唯一の街”とまで言われてるもんな。」