第5話 部屋にて3
ファイアは不覚にもつい先日自身に傷をつけ、さらに王国の敵になるであろう存在の獣人族の女の子を可愛いと思ってしまった。そのことが急に恥ずべき事に思え、顔を背けながらケイに話かける。
「話か。わざわざこんな場所に忍び込むんだから、よほど大きな話なんだろ。」
「そんな大層な事じゃない。頼まれごとはちゃんと果たしてくれたか。」
「今日、俺の所属する隊の長に話した。悪いが下っ端の俺じゃ国王と面会なんて出来ないんでね。」
「そうか。…伝えてくれたんならそれでええ。」
そう言うとケイはうつむき黙り込んだ。その様子にファイアはどうすればよいか戸惑う。
「な、なあケイ。お前のこと教えてくれないか。」
ファイア自身驚くほど穏やかな声だった。静かな夜がそうさせているのか分からないが、心も妙に落ち着いている。先ほどまでの焦りが嘘のようだった。
「そうじゃな。ファイアには痛い思いもさせたし、頼まれごとも聞いてもらった。話せるところだけ話そう。」
(獣の左腕さえなければ普通の女の子にしか見えないな…。今の優しい笑みを浮かべてるケイなんて普通の可愛い女の子だ。)
「私は獣人と人間の大きな争いが再び起きるのを止めたい。じゃから、ここに来た。」
「争い…。獣人族は王国を攻撃するつもりなのか。」
「いや、逆じゃ。人間が私たちの土地に攻め入ろうとしている。」
「…兵士の俺が知らない情報をなんでケイが知っている。信用できる話なのか。」
「ああ。…すでに1回お前たちの国の軍が私たちの土地に入ってきた。5年前にな。」
(5年前…。俺が王国軍に入る前にそんな事が行われていたのか?)
「…私たちの土地と言ってるけどそこは何処なんだ。」
「ここより遥か西の山。ファイアたち人間が“孤高の山”と呼んどる山じゃ。」
ファイアの心は再び大きく暴れ出した。自分の知っている話と大きく違う。自分が教わってきた話と大きく違う。
(そんな馬鹿な。孤高の山は竜神の住む山だろ。よりによって獣人がいるなんてそんな話があるか。…ケイが俺を惑わすために嘘をついているとしか思えん。)
ファイアはケイの顔をグッと見る。ケイは柔らかい笑みを浮かべていた。
「言ったじゃろ。大嘘つきの国王様って。」
***
ケイはしばらくして「また会えるとええな。」と言い残し去っていった。ファイアはケイが去った後も目が冴え眠れずにいた。真っ暗な部屋の天井を見つめる。
(ケイのあの目にあの表情。…とても嘘の話をしているような様子ではなかった。)
(…カイブ隊長は獣人の存在を知っていたのか?だから俺が話している時も妙に落ち着いていたのか?)
(俺は、俺たち国の民は王国に偽りの話を教え込まれてたのか。)
ファイアの頭には様々な疑念が浮かんでは消えていく。
(…俺はこれからもこの国を愛していけるのか。)
ファイアはこれまで自分の人生を支えてきた“愛国心”が揺らぐことがとても怖く感じた。これ以上は何も考えたくないと目を閉じる。気がつけばファイアは眠りについていた。
数日後、王国は1つのニュースに大きく揺れることとなる。




