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自爆弾




意識が徐々にはっきりとしてきたのがわかった。


自分は思わず溜め息をついた。




現実というのは、甘くない。


ある程度身を持って知っていたつもりではあったが、やはり人間というのは、辛いときほど、カミサマという名の奇跡的な運に頼り易いものだ。


いや、まだ自分の考えが甘かっただけかもしれない。


楽に生きていた人間が、そうそう簡単に死ねるほど、世の中上手くできていないのだろう。



一人ごちて、閉じっぱなしの重い瞼を開けると、目の前には、寝起きには少々見辛い光景が広がっていた。


「なぁ、姉ちゃん、その取ってったもん、返してくれりゃあ、お咎めなしで帰らせてやるからよぉ、大人しく返しな。な?痛い目みるのは嫌だろう?」


「違う!これは私のよ!その汚い手離してったら!」


いたって普通の格好をした一組の男女が路上で言い争っている。


男も女も、その手の人間ではなさそうだった。


路上で暮らしていた初老の男性が、やれやれといった顔で、仲裁に入ろうとした。


その時、一発の銃声音が鳴り響き、そこにいた人が一斉にその銃声の方向をむいた。


一呼吸おいて、男性の体がくの字に曲がって倒れた。


次の瞬間には、悲鳴をあげ、我先にと逃げ惑う人で、慌ただしくなった。


自分も危機感を感じ、逃げ出すために立とうとしたが、どうやっても立つことができない。


男は周囲を気にする様子もなく、女に銃口を向け、トリガーに手をかけた。


「早く出さねぇと、撃つぞ。」


人を殺したことで興奮気味の男に対して、女の方は恐怖で硬直していたように見えたが、男の隙をついて、すかさず後方の細い道に向かって走り込んだ。


男が慌てて銃を向ける。


その一連の流れを見ていた自分は、男の定めた先を見て、思わず頭に血が昇った。


先程立てなかったのが嘘のように、あっさりと立ち上がると、ほとんど残っていないはずの全ての力を込めて、男目掛けて走り出した。


男がトリガーを引こうとするのがスローモーションで見えた。


(間に合って!)


手が震え、標的ターゲットの定まらないのに苛立った男が此方をゆっくりと振り向いた時、渾身の力を込めて体当たりをした。


男の体が、宙を舞ってどさりと落ちた。


同時に、自分の身も重力に逆らわずに倒れた。


体が軋むような痛みに呻きながら、男の倒れた方を見やると、冷たいコンクリートに、鮮血が広がっていくのを確認した。


半分働かなくなっている頭でも、自分が罪を犯したことがはっきりとわかり、熱い涙が頬を伝った。


自分が命懸けで守りたかったそれが、ぼやけた視界の中に、段々大きくなって見える。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


うん、もう大丈夫。


言いたいのに、意識がぼやけてきて、言うことができない。


遠くで聞こえるパトカーの音と、小さい子どもの声を聴きつつ、極限に達した意識は、徐々に暗闇に落ちていった。





  ***


「はぁっ、危なかった…。」


裏の路上まで逃げることができた女は、ようやく足を止めた。


想定外ではあったが、上手く邪魔が入ったのは、非常に幸運だった。


命懸けで男から守り抜いたものをそっと、懐から取り出すと、ぎゅっと拳で握りしめた。


「許さない…!」




「何を許さないって?」


突然降ってきた声と共に、首に強い衝撃を感じ、女はその場で倒れた。


薄暗い中にいた陰が光のあたるところまで出てくると、女のこめかみに銃を突きつけた。


女の顔が恐怖で強張った。


「ねぇ、それ。ちゃんと返してくれるよね?」


有無を言わさないその言葉の圧力に、女は冷や汗を流しながら、震える手で物を渡した。


「そうそう。ちゃんと最初からこうしてれば、俺のこと、こんな怒らせずにすんだのに」


女が小さく、すみません、と謝ったのを聞いてか聞かずか、銃を持っていない方の手で、これから恋人に接吻をするかのような手つきで、女の顎をくいっと持ち上げると、男は耳元で囁いた。


「許してほしい?」


女が上目遣いで、小さく頷く。


「だーめ。」


銃声が響くと、女の体が地に落ちた。


男は笑って、懐から通信機器を取り出した。


「終わったよ」


「ご苦労。なんだ、やたら嬉しそうだな。」


「うん。まぁね。ちょっと寄り道して帰るから」


「ああ」


物と共に、通信機器を懐に仕舞うと、男は暗闇に消えていった。

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