天地不仁、聖人不仁
ノクトウィッターナ・ザブックの人生最大の挑戦と敗北
「それではっ!
ツワカキ合衆国出身の禅定奉剣祭 優勝者ノクトウィッターナ・ザブックによる今代のマルクー称号保持者への挑戦を開始いたしますっ!
挑戦者の入場です!」
万雷の拍手が響く先へと回廊を抜け光あふれる会場へと出る。
「御存じのとおりマルクーとは、神人ツァイネルによって与えられる神より認められた証!
一騎当千の先を行く者!
神威の体現者!
武人ならば全力の手合せを一度は願う頂!
しかしっ、通常、それは叶いません。
だが、
だが、今この時だけは、マルクーへ命がけの挑戦が許されますっ!」
手にしたダマスカス鋼が陽光を浴びて美しく輝く。
雷光や火炎を放つ派手さこそはないものの、あらゆる魔術現象を切り裂くことができるテーレパッサ連合からの贈られた超一級品のハルバードである。
受け取る際の代価はただ一つ。
この場で今帝位最大の芸術家にして暴虐者たるマルクー・ヴォクシャス・ウェザイを討つこと。
「そして!これなる誉れ高き挑戦者を迎えるは、悍ましくも世にはばかる悪意のアヴァタール!
人知及ばぬ魔術を呼吸する今帝位最大の芸術家っ!」
大西洋を挟むツワカキにも彼女の悪名は鳴り響いている。
彼女は突きつける。
人の下種さ、弱さ、それらがもたらす差別と殺戮を。
利権や歴史、宗派によるいくつもの紛争を結果的に停戦させたことを差し引いても…そう、彼女は悪意を直視させ過ぎる。
先進国において、自分の生活が遠い地で流される血を啜って成り立っていることを直視でき、さらに良しとできる人間はごく少数だ。
だから世論が動いた。
だから各国が動いた。
そしていくつもの紛争が停戦したその地で、また彼女はその地で起こっている獣性を赤裸々に突き付けた。
確かに、結果的に平和の使者の如き最高の芸術家だとしても…あの手この手で無理やり自身の矮小さを自覚させてくる彼女は忌々しい悪意を滴らせる魔女に他ならない。
その悪意は今代陛下にすらとどまるところを知らない。
ただ、つらいのは概ねそれらの悪意は正確であるところであろうか。
気にしなければ惚れ惚れとする名作、気にすれば憎悪を駆り立て悲哀に潰されそうになる傑作、受け入れられれば言語を絶する。
カルトな人気があるのもまたうなずける話だ。
基本的に敵だらけだが。
テーレパッサが用意したこの誅殺の刃は、人外の魔術を駆使する彼女を葬るためだけに作り上げられた逸品だ。
物理的に強靭かつ名刀であるのはもとより、あらゆる魔術を切り裂き、持ち手が許可しないあらゆる魔術要素を無効化し、自己修復まで行うことができる。
故に勝敗は私の技量が彼女の想像力を上回るかどうかだけだ。
私に他意はさほどないが、その命、貰い受けせめて最後が悲惨なものとならぬよう努めさせてもらおう。
ここにきて急に司会が驚愕の声を上げる。
「!?…ばかな!こんなっ?
・・・こ、これなる挑戦者を迎えるは、わ我らが大英雄!
ヴォルケリオス・イェカル=マルクー・グロウゼンクァルバ様!
全人類の最高峰たる御身が何故ここにっ!」
一拍ののちに沸き起こるどよめき、飛び交う怒号、引き裂くような悲鳴。
驚天動地の騒ぎを背に、揺るがない老人が本当にトンネルの奥から近づいてくる。
な、なぜ?なぜこんなところに、次代の大帝陛下が出てくるんだ!?
確かに、武闘大会の優勝者は、確かにその時の最強に挑戦することができるが、それなら同じマルクーの位にあるヴォクシャス・ヴェザイが出てくるはずだろう!?
神祇官に聞かされた予定では、確かに彼女が出てくるはずであったし、だからこそここで真正面から討つべく、今、この手にあるのは国を超えて募金すらつぎ込まれた彼女を殺すための真剣なのだ。
ど、どうして、どうすれば良いのだ!?
今まで広く感じていた会場が一気に狭くなる。
血の気が引く。
すぼまった視界の先で立ち止まった大英雄が剣を振り上げる。
「諸人よっ!我が声を聴け!我が腕を見よ!我が力を思い起こせ!
諸人よっ!善良なる我らが同胞よ!
諸君らは血にまみれた凄惨な悪意を、今代陛下の送りとするを望むかっ!
否!
断じて否!
諸君らが欲するは絢爛なる輝き!深遠なる英知!
かの大芸術家は絶命の覚悟をもって神技を振い、その偉業が大帝廟に鎮座する。
ならば、私は神と人類の偉大さを乗せて神技をここに知らしめよう!」
白髪の大英雄が剣を下ろしこちらを見る。
「最書の地を治めるザブック族の英雄よ。
事の善悪を問うなかれ」
観衆に向けられていた大英雄の言葉が自分に集中してハッとなる。
「物を食べず、水を飲まず、老いず人と無縁に常に在るツァイネル達の神域称号の託宣は公正無私にして無謬。
いくら君とは言え、未だ称号を持たぬ身に変わりなければ、私との実力差は明白。
全力で、きなさい」
「し、しかし、大英雄、お言葉ですが、勝負には時の運があります。
人には誰も望まぬ過ちがあります。
始祖帝の再来と称されるほどの御身は強者なれど、ここで蛮勇を示すには相応しい方ではありません」
「神域称号を得るものは、人であって人ではない。
君や各地の英雄が実力を持ちながら、しかしツァイネル達が称号を与えないのはなぜか。
それはまさに君が先ほど問うたように人が相対的なものであるからだ。
それを無くして変わらなくなってしまい、ある一面において絶対者の化身と成り果てた者だけに神域称号が与えられる。
万能には程遠い。
しかし、文なり武なりのある面において時の運を超え、過たず、揺らがない完全。
それが我々神域称号持ちだ」
そして大英雄は声を落とし私だけに告げる。
「そう、無謬なのだ。
だからマルクーが死ぬのは武によらず、イェカルが死ぬのは文によらず、シャルタンが死ぬのは権威によらない。
因ってはならない。
もし、そのようなことを実現すれば、それは神への一矢となる。
…神は万能にして絶対、天意であるが、しかし人意でもある。
故に、人の手によって神は神により無傷のまま傷つけられる」
「それは、まさかヴォクシャス・ウェザイは」
「そう、彼女は君に殺されるつもりだった。
それもおそらく、例えば君を圧倒して仰々しく大技でも決めようとしておきながらも僅差で君のカウンターをくらってあっさり死ぬ…という風にマルクーの絶対性を否定して」
言葉が出ない。
なんだ。
何がしたいのだ?彼女は一体。
意気込みが空回りしたやるせなさよりも、何か得体のしれない気持悪さがあふれてくる。
「ノクトウィッターナ・ザブック!」
目前の大英雄が大音声と共に裂帛の気を叩き付けてくる!
「いざ事ここに至っては!事の善悪を問うなかれ。
なすべきことをなしたまえ。
与えられたものを愉しみたまえ!
最書の地を治めるザブック族の英雄よ、汝の相手に不足はあるや!」
「ふ、不足なし!されどっぅをおぉっ!?」
かろうじて、辛うじてハルバードにてその一撃は受け止めた。
3mは離れていたはずの大英雄が放った首への横なぎを。
見えなかった。
いや、見えてはいた。
速いとはいえ術式強化もない速さである以上見えてはいたが、あまりにも無駄がなさ過ぎて目の止め処がで無くて何も反応はできなかった。
私も無拍子に近いことは当然できるが、完全すぎる。
「私は、必要だからここにいる。
そして、君は今ここで最強の存在と全力で剣を交わすためにここにいる。
君が私の実力に不足なしというのであれば、これは君にとっても悪いことではないと思うのだが」
「それは、仰る通り夢のようです。
しかし、御身は偉大すぎる。
それを無視して宜しいと仰るのですか?」
「そう、この武力を競う場においては立場はまやかしに他ならない。
…それに、私が自身のために振う剣は、これが最後なのだ。
大帝を継いだ明日以降はこのようなサプライズすら不可能だ」
・・・そうか。
内より歓喜が湧いてくる。
力が、気力が無限に湧いてくる。
「ならば、御身の胸を今ここで借りられる栄誉を一身に味わいましょう!
そして、御身を満足させて見せましょうぞ!」
「それは重畳。
…ところで、この間合いのままで良いのかね?」
刹那、ハルバードの柄を滑り右手に落ちてくる刃を、柄を回すことで防いぎつつ石突で大英雄の剣を絡め捕ろうとする
が、
ダメかっ!突きが来る!
体をずらし、さらに回した柄で防ぎつつ左下から刃で大英雄の右すねを狙うが、やはり後ろにずれて躱される。
…後ろへの移動すらも一切のブレなく無駄なしというのは、やり辛過ぎるな!
しかし、良し。
まずは死地を抜けた。
間合いも切れた。
仕切り直しだ。
あれから数合切り結ぶ。
大英雄は当たり前の速さで尋常の攻めしかしてこない。
だというのに、ともすれば劣勢になりがちなものだから派手に防いで切り結ぶ羽目になる。
見ている観客は大盛り上がりだ。
自分でも驚愕だ!
なにせ、奇跡をもぎ取って綱渡りをしているのだから!
躱せばそのままするりと続く連撃に押し込められて防戦一方になる。
が、かといって大英雄の剣を普通に受けてしまえば、本来剣ですら有効打を放てない超至近距離だというのにぬるりとこの身をなで斬りにしてくる。
どちらにせよ、ハルバードの間合いがまったく活かせていない。
棒術のように回転操作することで柄と刃の両端で防いでいるが…じり貧だ。
そもそも、通常の名刀であれば既に武器がだめになっていた。
こちらのハルバードが超一級品で、大英雄の剣がただの名刀を技量でカバーしているからハルバードが欠けていないだけだ。
それにしても、大英雄の体術が異常すぎる。
全ての動きに複数の意図があるだけでなく、一切の無駄がない。
慣れてはきたが、だからこそ出来るこちらの予測がランダムに外される。
これが一番痛い。
慣れることが一切許されない。
「聞いてはおりましたが、御身との技量の差がこれほどとは。
これほど無拍子というのがやりにくいとはしりませんでしたよ」
「フィナリカハール翁から習っているであろう?
無拍子などと人は呼ぶが、これ自体はただの基礎を突き詰めたに過ぎない」
基礎…知っていますよ。
ですが、それを極めて理論通りにできる人間なんて、歴史上に一握りだからそれは奥義なのですよ。
「…ええ、それは超高速戦闘時に体と術式への負荷を軽減し、極限を極めるための基礎にして奥義だと。
そして、その上で御身はこちらの思惑をその手にして駆け引きを望むとも。
正直、何とか喰らいついておりますが、残念ながらもう数合も持ちそうにありません」
「いや。
今のように強化のない状態であれば、勝てなくともただ届かないだけの君はやはり大敗はしないだろう」
…この流れ、とうとう来るか。
いや、これまでの打ち合いの中で術式による強化が一切なかったことを考えれば、これからが本番か。
「さて、それではこれから奥義を見せる」
「ぉおお、それは、光栄、です…」
不味いッ!
大英雄が剣技で奥義と呼ぶものは2個しかない。
術式による極限強化がもたらす亜光速の一刀、空気そのものを断ち割ったその余波でプラズマを発生させて広範囲に大破壊をまき散らす人外技のダレウサイケ。
「ただ剣は意よりも早ければ良し」とする認識の外からの静かな一刺し、正面からの暗殺技グザイナッハ。
どちらが来ても理不尽な死だが、しかし観客のいるこの場面!
ダレウサイケは被害が大きく、かと言って威力を抑えては奥義足りえない。
殺し合いではない以上、この場の大英雄に口先の虚偽はないはず。
来るのはグザイナッハ!
術式は五感と反射を中心に神経系に全振りだ!
「それでは行くぞ、準備は良いか?」
「はいっッガァ!?」
後頭部に強い衝撃を受ける。
大英雄は正面にいる。
右上斜めから剣身が落ちてきた!?
ざ、残像!?
じゃないッ!
剣が落ちてきた!
何故!?
不味いッ!
至近距離まで近づいている大英雄にカウンター狙いで構えたハルバードを反射で振う。
が、柄を反時計回りにねじられる。
後ろに下がろうにも後頭部への不意打ちととっさの反撃で足は硬直して動かない。
ハルバードを捌かれたときに取られまいとした腕は極められてしまって動かない。
終わった、と分かったからだろうか?
そこからはひどくクリアだった。
大英雄の右掌底が胴を打ち据える。
防具無視でみぞおちに衝撃が伝わり吐き気がこみ上げる。
そうして突き出た顎を、左掌底の先端が揺らしていく。
脳を、揺らされた。
制御を失った術式群が無秩序にもたらす大量の情報が、
ぐわんぐわんと意味不明に乱舞する。
序盤は演説と技で剣技に集中させ、一息つかせて会話しつつ隠して剣を上に投げて、ああ、やられた…
「お、奥義ちゃう・・・」
「いや、確かにこれは絶招だとも。
天地魔界同如理。
刃も拳も、違っていながら同じで一つ。
奥義とは、幅広い一点なのだよ」
穏やかに、苦笑いする大英雄の顔を最後に私は意識を失った。
ノクトウィッターナ・ザブック:ツワカキ合衆国出身。禅定奉剣祭(要は天下一武闘会)の優勝者。
最書の地と呼ばれる土地に住むザブック族の英雄。ハルバードの使い手。
超一流であることに間違いはないが、偶然が存在しない人外の技量ではない。
大英雄との勝負は、はるか昔の気概を想起したため、非常に充実した一瞬であった。ただし、騙された感がすさまじいため、負け方には納得がいっていない。




