Quem metui moritura?
マルクー=ヴォクシャス・ウェザイの追想
遠く歓声のやまぬ中、回廊に足音が響く。最奥に鎮座するは地に帝剣を突き立てた隻腕の老人、<隻腕の始皇帝>とも呼ばれる始祖帝ヴォルケリオスの像と祭壇。左右に並ぶは、それぞれの偉業を讃える言葉によって飾られた歴代大帝の彫像。いずれも3m近い堂々とした体躯を誇って見る者に畏怖と偉大さを感じさせる。
この地こそ、各時代における当代きっての彫刻家たちが最高の腕を振るいつくして表した歴史の集大成。第15代復古大帝クサイストセルにより建立され、第38代調律大帝ナアタルティナが立て直したこの霊廟は、神域と称されし地グロウゼンクヮルバにおいて人の技術のみによって構築された最も荘厳なる空間だ。始祖帝と、各々の手に帝剣を掲げる歴代の大帝からは、まるで世界樹の封印の間の様に厳粛さを超えた威圧感すら感じる。
そんな壮麗なる霊廟を、しかし、彼女は気軽にふらふらとぶらつく。普段は開放されている廟も、今日この期間だけは閉鎖されており誰も入れない。今だけは彼女だけの空間だ。彼女が表の祭りを無視して無人の霊廟をぶらつくのは、敗北者であることに加え、最も新しい明日永眠する大帝の慰霊像の作者だからに他ならない。その等身大の女性は腰をかがめて、顔の横に掲げる右手から伸びた鎖にて戒めながら、自身の2倍を超える門を背負う。そして、左手で地面から老人を引き揚げようとしている。慰霊像にはこう言葉を添えた。「43代・鎮護大帝アメンデ:なすべきことをなして運命を護り、古き世界はそれゆえ終わる」彼女自身の作品である。
自作の前で思い返す。
この像は不敬だ__やっぱり神祇官達の間で大騒ぎとなった。像自体の全容は、堂々たる体躯を誇る歴代の大帝像に匹敵すれども、大帝自身は等身大の小柄さ。さらに、その姿は、重荷を背負い、目を閉じ耐える表情を隠すようにうつむいた猫背。そして何よりも、始祖帝を除く歴代大帝が大帝の象徴として手にする帝剣がない。極めつけに不穏当な文言。
物議をかもした像が今霊廟に鎮座しているのは大帝自身が良しとしたからだ。審問会に呼び出し、声を荒げる神祇官達は口々に撤回と謝罪、再製作を要求してきた。
これだから狂信者は。こんな奴らが有り難がられる宗教はやっぱり害悪でしかない。だから右手を肘から軽く曲げて首を傾けながら私は告げた。
「好きにしろ。死よりも、揺蕩う時間に絆されて魂が老いて死ぬことの方がよっぽど恐ろしい。これこそが私の最高傑作」
案の定、興奮して見苦しく喚き散らす神官達。そんな愚物を冷めた目で眺める私の前に大帝は現れてこう言った。
「この私が引き揚げている老人、これは大英雄グロウゼンですね。そして、彼が右手に持つ地面に呑みこまれたままの棒、これが帝剣の柄ですね。民衆が嘯くように、私は帝剣の担い手足りえず、されど門を封じて背負い耐え、帝剣に相応しい彼を引き上げたことが、あるいは歴史学者が分析するように、帝剣に相応しい彼を孤児から大帝に引き上げ、封じられた門と引き合わせたことが、はたまた権力者たちが知るように、終末の秘密を封じる決定をしてその責を担い、彼を失墜させなかったことが私の最大の功績ですか。良いでしょう。素晴らしいものです。知る人によって意味が変われど、実体は一つとは。実に皮肉が効いています。流石は今代最高の芸術家、まさに事実を歪みなく示し切っています。ヴォクシャス・ウェザイ<万力の泉の巫女>の名乗りが許されながらも、同時に亡国の狂人と揶揄されるのは伊達ではありませんね。貴女の過去と人民の目、そして今下す私の判断、それら全てを卓越した表現力で以て一つの作品としたのは素晴らしい。確かにこれは私を、役割をこれ以上ないほど表しています。これを私の慰霊像と認めましょう」
「しかし陛下、それでは陛下は今後永劫にこのような姿を!過去と未来の歴代大帝に何と申訳なさるのです!」
「静まりなさい。確かにこれを私の末路として残すことは、私はもとより歴代の権威が損なわれる、という貴方方の憤りは分かります。その心はとてもありがたく思っております。あなた方が懸念するように私は事情を知らぬ人に誹られ、身内に侮られるでしょう。多くの者は腹を抱えながら言うでしょう『この人は後任に身をゆだねた。大英雄にかの人を救わせよ』と。ですが、今一度心を鎮め、曇りなき眼でこの像をごらんなさい。ヴォクシャス・ウェザイは、私の偉業が『人の身ながら、大いなる歴代大帝に並ぶ偉大さのなすべきことをなし、新しき世の礎を残した』ことだとも示しているのです。そして、その意味は見る人によるとも。おそらく、貴方方が思わず憤ってしまい、そして私が今認めたこの顛末、エピソードすら含めて私の彫像を作り上げたのです」
「このッ!ですが、これは挑発!権威への挑戦です。陛下がお見抜きなされた以上、不敬罪を問い、破棄して造り直すべき・・・そうか、だからこの像自身を彫刻としても比類なき価値あるものとして作り上げたのかっ。万力の泉の巫女とまで評される芸術家の最高傑作として。破棄してしまえば、価値を認められず、感情のままに振る舞ったことになり、陛下を解せず晩節に泥を塗ったことにッ!」
「ええ、まさに真実を写し取ってしまっているからこそ、皮肉が効いていますね。そして自身の生涯の最高傑作を意図的にこうするとはまさに<万力の泉の巫女>にして亡国の狂人。貴女は貴方自身の評価、才能、人生といった全てすらここにまとめてしまったのですね。私は、この作品の完成度をもって貴女にかけられる不敬罪に恩赦をあたえ、貴女の狙い通りこの作品を完成させましょう。ええ、私も、貴女に貴女が望む死を決して簡単に与えませんとも。貴女が示した通り私に偉大さはありませんが、しかし卑屈でも矮小でもなく私は大帝なのです」
眉間にしわをよせた神祇官達を穏やかな目で落ち着かせ、指示を行い振り返った大帝はその深緑色をした奈落の瞳で私の目を見据えて質問してきた。
「貴方も彼に期待するのですか」
私は目を閉じて吐息と共に過去を思い起こす。
・・・・・・・・・・・・・・
私がヴォクシャス・ウェザイを名乗る前、神殿称号は元より何の肩書きも持っていなくてただの新進気鋭の芸術家タルーシャ・カタリナクヤであった最後の瞬間、彼女は豊穣の地獄の中で家族と共にいた。今でも何一つ忘れずに思い出せる。今でも私は知っている。あの魔導災害で異界と化したノモスこそが間違いなく地獄だったと。
あの時のノモスは世界有数の魔術都市で、最新の魔法実験、禁断のワープ実験が開始されており、彼女はその祝賀会の記念碑を作るために家族と共にやって来ていた。そして、家族と別れて関係者席で無事にワープゲートが開いたことを仲間と歓声をあげた次の瞬間、体の奥まで震わせるような重い衝撃と心を洗い流すような光の波が通り抜け惨劇が始まった。
溶ける。
全部が溶けてぐちゃぐちゃに、でたらめに、使い終わった後のパレットの色みたいに適当になっていく。
そこかしこで、どこかで見たことのある人がうずくまり、涙を流しながら訳のわからない形に溶けていく。
そうかと思えばキノコみたいに、蠢く白い何かがにょきにょきしている。
走りながら角を曲がってドアをくぐろうとするたびに諦めそうになる。だって、あったはずだの道は無く、ようやく見つけた角や扉の先は、…はるか先まで見通せないような石造りの回廊であったり、真っ黒でおぞましい何かに満ちた虚空になっているのだから。止まれずに飛び込んだ人や、押し出された人は皆悲惨なこととなっていた。ある兄妹は手をつないだまま回廊の無限遠の先に水平に落ちて行き、別の親子は生きたまま体が裏返って内臓まみれの姿のまま無言で涙を流しながら虚空を旋回していた。
いやだ、いやだ、
自分もいやだし、家族が、ようやく認められて、自慢できる親孝行で、弟たちと相談してみんなで来たのに、こんなのは嫌だ。
今でも思い出せるおぞましい景色を片目に家族を探して走った。あんな風になる前に自分が家族を見つけないと。そして蹴破るように家族の部屋に飛び込んだ彼女は、家族を見つけて家族と一緒に死んだ。
扉の向こうには赤色の空が広がっており、寄せ返す黒い波打ち際の白い大地とぽつんと脈打つ枯れ木が生えていた。それは、葉は一つもなく、枯れているはずなのに妙につややかで、みずみずしくて、ぴくぴくと脈打ってて、肌色の細長くねじれた物が互いに絡まりあった一本の肉の木だった。そこに生っている家族みんなの首。いくら目や耳、鼻がでたらめに増えていても見間違えなんかない。・・・その光景は「私の家族」という作品にしたほど細部まで今でも覚えている。家族の姿は、彼女の恐たままの悪夢であったのだから。
「おねぇいちゃぁん」かとぅリナぁ」にげぇろぅ」
「ぃっやああああああああ!」
タルーシャ・カタリナクヤが死んだのは、愚かな自分の声と同時にそれが吹き飛んだのを見た瞬間に悟ったからだった。やっぱり、家族はダメだった。あんな幸せそうな顔なんてこの何年も見たことない。お金の話以外で近くにいるとあんなにギスギスしてたのに。あんな心配してくれた言葉、聞いたことがないっ!そして、思ったとおりに、今、みんなが吹き飛んだ。それでも捨てられない皆の血と肉が自分の周りをぐるぐる渦巻いている。なんだ、途中からおかしいなって思ってたけど、ひょっとしたらって思っていたけど、これは全部誰かの夢で、滴る悪意で見てきた全部を私が恐れたまんまに変えてってるんだ!
そこから、しばらくの間はよく覚えていない。気が付いたら何かがごっそりと抜け落ちたような、目が覚めてすっきりしたような爽快な気分だった。あんまりにも体が軽くて、私は晴れ晴れとした気持ちでスキップなんかしてみたらそのまま閉ざされゆく空を飛んでいた。そっか。。。この世は最初から夢で、神様は私を通して楽しんでるんだ。しばらくして落ち着いてから振り返ってみれば、私は辺りの物を壊しながら進んでいた。きっとその時の私を遠くから見れば、私を真ん中にしたボールに見えたと思う。そのまま目につくもの全てをがれきに変えて、訳が分からないスピードでめちゃくちゃに周囲を回転させながら自分は晴れやかな気持ちで空を舞っていた。
ふと、目があった気がした。裏返った内臓が真空に蝕まれる痛みに涙が止まらない哀れな生き物がいた。自分自身の中身なんて気にするほどに傷つきやすくなるのに…。私の想像外の物がいることに驚きはしたけれど、何もしてこなかったので、皆、がれきの渦に変えてあげた。慈悲の心ってね。
よく見れば自分と同じように人間大の異様なものがあふれていた。目と口を丸くして、顔を真っ赤にしながらとぎれとぎれに発光している跳ね回る十字架、のたうちながら粘液をまき散らしているひたすら駆動し続けるシリンジ、表面に神経質にうごめく手や足の模様を浮かべた球体、瞼のない目玉だらけで痛みに涙を流し続ける管の束。そんな生き物?の間をこそこそたくさんの細長い足で這いずり回り、口から粘液まみれのしなやかな手をだしてそっと内臓とかを盗ろうとしている虫。ただ、どれも自分と違うのは話が出来そうにないこと。うっわー、人ってバカで醜いな…。でも、迷惑かけてないだけ私よりもかわいいかな?そこまで考えて涙が出るほど笑ってしまった。いや、だって、自分は明らかにあれらとは違うって思うけれど、じゃあ自分は何なんだろう?たぶん、きっと何の違いもないよ。直感でいろんなことが分かる今でもそう思う。
ひとしきり笑って全部がれきの渦に変えてあげた。それから、私は元人間を見つけたら一瞬でぐちゃぐちゃにしながら一緒に進んだ。やがて、かの忌まわしくも高名なナシテ・ターサイバルと彼が率いるレギオンを見つけ、一瞬の逡巡ののち合流した。
レギオン。理解の良すぎる人間の集団。最も高潔な人類の集まりだけれども人間味を無くした不気味な生き物の群れ。大人も子供も権力者も下っ端も、全員が全体が生き残るためだけに行動する集団。黒くうごめく全部で1つの生き物。バカでもないし醜くもないし、むしろ逆なんだろうけれど、これは違うなって思った。
そんなものと自分が協力してすら、閉じられたノモスからは脱出できなかった。その境は晴れ渡る空の様にどこまでも青い、けれども進めど終わりなく返れば一瞬の届かない空の果ての様。死んだ者が生き返る道理がないのだから地獄から抜けられないのもごく当たり前のこと。悪意を払う奇跡がなければずっとそのまま。住めば都というけれど、いずれ私はきっと暴風雨になっていたと思う。
それでも、私はまだある空を舞う。
それでも、無尽の怪物を相手取る。
疑うなら、振り返れ。不安になったら昨日とくらべればいい。爆心地に高くそびえ立つ鉄塔を覆う、見たことのないほど巨大な輝く魔方陣を。頂きから休むことなく振るわれ、終わりから始まりの道しるべを描く黒いペン先を。あれこそまさに希望の光。闇夜の月光。生き延びれば、抗い続ければ私達は救われる!爆心地にはヴォルケリオスがいたのだから。結局、彼はすべての人々の希望通り、11日にわたって不眠不休で数100mにおよぶ経時変化式3次元積層魔方陣を構築しきり魔導災害の原因を消滅させてしまった。100mのものでも大国が年単位で準備しないと1日分とて完成させられないのに。
今は知っている。当時のノモスはあらゆる願いがかなう楽園になってしまったのだということを。世界樹が万物を生み出した創世期になってしまったのだということを。ああ、同時に。どんなに優れたものでも、使えなければ猛毒だ。弱く移ろう普通の人は、自滅するか、私やターサイバルのような触れてしまった存在に巻き込まれて消えてしまった。残った2人にしても、イェカルに至ったターサイバルは、軍を率いて難民と生き抜くために、結局、共依存をおこして全員で一つになってしまった。マルクーに至った私は、他人の本質となれの果ては見えるのに、現実感が全くなくなり、人間が見えなくなってしまった。
でも、彼こそは<大英雄>ヴォルケリオス・イェカル=マルクー・グロウゼンクワァルバ。人々が縋り付く希望を押しつけられながら、その全てを一人で背負いきって被害を出さずに終わらせてしまう完成させられてしまった人。一体誰が期待せずにいられるのでしょう!
あぁ神よ!これら全ての運命を与えたもうた者よ!お前なんか、人々に見捨てられてしまえっ!!!!!!!
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ゆがむ口元に合わせて目を開いて、私以上に見通している存在の目を見ながら自嘲と嘲笑をこめて答えた。
「一体誰が期待せずにいられるのでしょう。地獄を閉じた大英雄が、楽園を開こうとしているのです。人間にとって楽園こそが地獄なのですけれども」
「だから、神を憎みながら救いを求める貴女方は、彼を神と謳われるものにしてしまう。貴女の以前の人も同じ事を願い、貴女に続く人もおそらくは。それを知るから貴女は自分達をも憎み嘲笑う。それでも止められない貴女方は未来を捨てた妄念、この瞬間を埋め尽くす冥妄、焼き付いた過去の絶叫。私がいくらこの月まで届く千の手を伸ばそうとも、掴めるものは千の藁だけ。どれほど無力なこの手を伸ばそうとも、貴女方や全人類を救うことは許されないのです。貴女の瞳に映る様に。えぇ、ですから私ですら期待せずにはいられないのです。最も純粋な貴女方にこそ、遠神笑み給え」
…これだから人外どもは!
マルクー=ヴォクシャス・ウェザイ:芸術家。元人。
旧名、タルーシャ・カタリナクヤ。「マルクー」は武人最高峰の称号。
「ヴォクシャス・ヴェザイ」は万力の泉の意味で大芸術家にのみ与えられる尊称。
彫刻と絵画と映像作品に特に優れる。モットーは、「汝、自らを知れ」趣味は、自分の作品を通して、見た人に自身の醜悪さなどを自覚させ、顔を歪めさせること。
自分を含め、生きている人間が嫌でいやでたまらなく、神様が大嫌い。
史上唯一と称されるほどの圧倒的かつ精緻な念動力を持ち常時発動させているため、「マルクー」を神より賜る。
常時発動させているのは狂信者や活動家から常に狙われているため。
そして、自身でも発動を止められないため。
第15代復古大帝クサイストセル:「古典へ還れ」を合言葉に停滞していた文化芸術の再活性をさせた。
公共事業にて雇用を拡大すると同時に、建築などの実用と芸術の融合を目指した大帝。
自身もカリグラフィーの大家であった。元人。
第38代調律大帝ナアタルティナ:倫理を完全に超えて理論と効率のみで活動した前帝(冒涜大帝ベフィンケウス)の処理として、有益なものは有益と認め普及させる一方で、裁かれるべき罪を定め、罪を量り、罪を容赦なく裁き人倫を正したとされる。
神域グロウゼンクヮルバを中心とする孤児院ネットワークを構築したのはこの大帝。
第43代鎮護大帝アメンデ:今代大帝。元人。通称ワープ実験の大失敗とそれに伴う異常生物の対処に尽くした大帝。
薄幸と陰口を叩かれるが、なんだかんだで人類の存続が致命的なものにならなかったのはこの大帝の予防手段による。
ヴォルケリオス・イェカル=マルクー・グロウゼンクワァルバ:初老。元人。人には不可能とされる規模の巨大さと複雑さを持ち、稼働時間が数日に及ぶ魔法陣を、自身も魔術回路の一部と見なして0から構築し、制御しきる知性の怪物。
前代未聞の「イェカル」と「マルクー」の2重称号持ち。
神域孤児院出身であり、始祖大帝にあやかって「ヴォルケリオス」と名付けられたその名に恥じない<大英雄>。
なお、孤児院卒業年時の最優秀者であったため「グロウゼンクヮルバ」の苗字を持つ。
ちょくちょく同姓同名がいるため、人が彼を呼ぶ際は大英雄の尊称を付けることが多い。




