白眼看他世上人
ナシテ・イェカル・ターサイバルの独白
大祭は明日からだというのに、ナシテが見下ろす大通りはかつてないほど人が溢れていた。
まるで3日目のようだ。大祭は初日の文、二日目の武、最終日の大帝宣言…と日を経るほどに人が増える。確かに初日の神話劇から良い場所で参加するために前日入りする信心深い人間も珍しくはない。しかし、叙勲されてからは毎年参加しているが、前日からこれほど人が集まることはない。少なくとも、ナシテの知る13年の間では一度もない。
例年の信徒達は、準備の邪魔とならないよう前年から予約などの準備を整え、前日の外出をひかえる。だが、明らかに眼下で楽しむ人々は働き蜂のごとき敬虔な信徒などではない。虫は虫でも蜂ではなく死肉に群がる虫のたぐい、今年に限って前日入りしようとしている人々なのだ。
実に素晴らしい逞しさ。何しろ今回の祭はただの例大祭ではない。21年ぶりの大帝祭だ。
世界で唯一の不老不死者である大帝が代替わりする日。
古い大帝が死に新しい大帝が即位する日。
まさに、世界が一新する日!
どうしてせっかく不老不死になったのに死を選ぶのかナシテにはよくわからない。確かに生きるのは辛いことが多く思わず死を望む者も多いが、それだけで人生が終わるのは奴隷や庶民の話だ。王侯貴族、選主や大商人達であれば、常に背後の死が顔を覗き込んでくるまで相応の贅沢ができる。ましてや大帝陛下はこの世の誰よりも偉く尊く、しかも代替わりを自ら望まぬ限り不老不死である。なんて素晴らしき日々!それこそ、かの冒涜大帝ベフィンケウスが自身をもって証明したところでは、大帝陛下は四肢は言うに及ばず内臓、脳の欠損ですら復元する。冒涜大帝のおかげで医学は大きく進んだとはいえ、人類は未だに単純な臓器しか復元できない。しかも時間と金とコネが必要なことを比較すれば、大帝陛下は文句なく現人神だ。我々は、正直、ただ無意味に生きるよりも死ぬことの方が恐ろしい。
「おい、ナシテ!もう少ししたら最終調整だってよ!」
「調整?何を?」
「神殿のお偉いさんもこんなに人が集まるとは思っていなかったらしい。過去最高だとか。これならいつもの10倍は堅いからもう少し場を広げるんだってさ」
「おう!?今からか?」
内容に反して、古い友人となるオライギンは落ち着いた足取りで横にやってきた。
「いや、調整はもう終わってる。ただ、舞台だけなら俺だけで動かせるが…人を動かすのはお前だろ?だから最終確認してほしいってさ!」
「それは構わないが…そう簡単に空間と制御はいじれないだろう…?どうなっているんだ?ただでさえ例年以上の大規模術式で高難易度なのに、それを今から3乗するとか意味が分からない。いつもは見逃してる歪みですら、あったら終わるぞ。この地は神に最も近いから祝福されていますってか」
「そのあたりの術式調整はどうも大英雄様が直々にして下さったらしい」
手すりに背を預けたオライギンが空を見ながら答える。
「本当か?それは。いや、そうか。元からあの人以外には無理か。そして、あの人なら出来るか。桁違いだな」
「流石だよ。今代帝の後を継げるのはやっぱりあの人しかいないぜ」
「まぁ、いるわけがないわな。あぁ、だからこんなに人が集まるんだろうがな。何て眩しい。…じゃあ先に行く。一服したらもう一度最終確認を初めてくれ」
眩しい?確かに大帝になる人は人であって人ではない、と歩きながらナシテは思う。地にうごめく虫の群れに一匹だけいる蝶の様なものなのだ。初めは人と同じように這って進んでいたかも知れないが、彼らは時期が来れば空を舞い、下々を眼下に収め、遥か彼方まで見通す。彼の大英雄なんぞは、羽化どころかまさに進化といっても差し支えない。と言うよりもはや…。その違いは、遠くて、近くて、しかし本質的に決定的だ。我々も人も、「高い位置にいる」ただそれだけで無意識に下にいる者を見下してしまう。当たり前だろう。同じように這って進むことしかできなくとも、這っている場所は木か地面かで見えるものはまったくの別物なのだ。ただそれだけの違いですら、塵にまみれて同じ場所をのたうちながら這い回るのと、天と周囲を見定めて這う枝に沿ってまっすぐ進む、と挙動は変わる。ましてや、生まれによっては這い方すら初めから異なるのだ。そんな中でも何としてでも幸せに生きていきたい。だから本当はどいつもこいつも似たり寄ったりであるにも関わらず、生きるために無意識に違いを見つけて下にいる者を見下してしまう。そんな生き物が我々や人だ。
だが、彼ら大帝は人ではない。空を自由に舞い、誰も届かない高みに至り、だからこそ驕らない。今代大帝アメンデ陛下に至るまで43大帝は皆、時に人類を導き、突き放し、憎まれ、また救い感謝されながら、その超越したあるいは踏み外した能力によって人類を動かしてきた。そして必要なだけ生きて相応しい時期に死んできた。
それはそれでまさに、虫のごとしか。
そう思うと、歪んだ笑みとともに深い満足感が湧き上がってくる。低きも高きも、我々は等しく虫であって人ではない。必ず人にそしられ、民に侮られる。他人事には頭を振るい指をさして口々に唾を吐く。互いに愚かで、賢いから。その意味で、かなり毛色が違おうとも人も大帝も我々と同じく皆、平等なのだ。その証拠に、何をしようが不老不死でも必ず死ぬ。
苦笑しながら規格外となった舞台術式の領域に足を踏み入れたとき、ふと、大帝は虫かごの中の蝶のようだ、とナシテは感じた。
神の考えは人には分からないように、大帝もそれに同じと言うけれども、それは単に視点が違うだけで、結局のところ人と変わらないのだ。全ては神が定めたもうた通りなるようにしかならない。なら、どうして大帝の考えが人よりも近い我々に分からないのか。おそらく、誰よりも神に近づきすぎたからなのだろう。神によって、ただひたすら自分の時代を背負わさせられ、強制的に前へ進まされ、次代が生まれるまで耐え続けることを、最も神に近い位置で要求され続ける。天命を変えたくとも、変えないことが最善であることが突き付けられ続ける。それは、生きながらにして死後に贖罪を続ける罪人と変わらない。そんな彼らに我々は寄生し、義務というかごから決して逃がさない…それならば、やることを終えたら死にたくもなるのかも知れないな。
そこまで考えてナシテは頭を振った。
だとしても、そんなことは人類最高である彼らにとっては百も承知だろう。それでも、帝剣を彼らは継承するのだ。それは偉大なる彼らの意思だ。末路と心中がどうあれ彼らは自分の成すべきことを成しているのだ。
さて、それでは群れを預かる虫として自分は自分の仕事をしよう。なにせ我らが地獄の大英雄が歴史に名を刻む瞬間の要に自分はかかわっている。盛大に成功させれば私の、我々の名もより歴史に刻まれ、例え滅んだとしてもより多くを残せることだろう。さあ、生きるために死を望んだ同胞達よ、いつも通り同じて和さぬ有象無象に目にものみせてくれよう!
ナシテ・イェカル・ターサイバル;ドゥカーク帝国の軍人。元陸軍軍楽隊楽長、現長期活動軍長。軍楽隊とは、各国が神域に供出している部隊のこと。元人。「One for all, all for one」を地で行く驚異の軍団である長期活動軍、通称レギオンの頭。個人の武勇は一流どころには劣るが、一意多心多体で動けるため軍の指揮や、広報、政治闘争などに優れる。そのため、文人最高峰の称号である「イェカル」を神より賜る。
オライギン・グロウゼンクヮルバ:神域広報長。ナシテが軍楽長として神域に来て以来の付き合いがある古い友人。なお、大英雄と同じ「グロウゼンクヮルバ」を苗字に持つが、これは神域の地名であり、神域孤児院出身者のうち毎年卒業時の最優秀者に与えられる苗字。なお、名前の「オライギン」は過去の大帝より孤児院にて付けられた。
第37代冒涜大帝ベフィンケウス:人類の平均寿命を伸ばすために不老不死の探求を行った研究者。元人。故人。複数の死傷者を出した犯人や、通り魔などに対して、「社会に被害を与えたのならば、その罪を償ってもらわなければならない。単に死刑にしてはならない」と死刑の上に人権剥奪刑を設定し、人体実験を進めた大帝。この遺業によって大幅に医学は進歩したが、尊称から分かるとおり当然ながら忌まわれており、次代の調律大帝ナアタルティナによって歴史上の必要悪と位置付けられている。
第43代目鎮護大帝アメンデ:今代大帝。後に紹介。




