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Ford GPW MGM‐186557

作者: 荷車の唄


 俺が生まれたのはとても広い場所だ。それも何時の間にか大勢の人間に囲まれていて、しかも殆どが女だった。だから俺には母ちゃんがそれこそ沢山居るのである。

 母ちゃんが沢山居るので、もちろん兄弟も沢山居るのである。一人や二人ではない、何千何万と居るのである。こいつらとは一緒の船で送られることになったが、それぞれお国訛りが激しくてよくよくコミュニケーションというものが難しかった。だが、それも送られた先で聞く言葉よりはもう少しわかるもんだった。

 そうだ、問題は俺が送られたところだ。始めは暑いとこで、しかし綺麗な場所だった。近くに海があるのが問題だったが、しかしまま良いとこだった。兄弟の何十人かはそこで生きていくことになったわけだが、どうにも俺はそうでないらしかった。一晩二晩、港で寝ているようないないような感じで過ごしていたが、またもや船に乗せられることになった。今度も兄弟達と一緒だったが、しかしよくよくわからないご同胞も多く同乗した。でかくて固いやつ、口ばしから火を噴くような奴、そういうのは足も俺たちなんかとは違って、どうにも複雑な形をしていたもんだ。それで、こいつらはどれも血の気が多くて仕方なかった。元からそういう風になるように生まれてきたのだから当然だが、なんでもあちこちの海の向こうにはもっと血の気が多くてとんでもない奴が居るというのを訊いた。俺たちがそんなのとやりあうと、まずもって勝負にもならないそうだ。それまでにも少しはわかっていたが、やはり世界は広い。そうして俺にはその世界を走り回る力強い足腰が備わっているのである。


 さて、まず最初に連れて行かれたのは、小さな島だった。小さくないと島じゃないのだから当然だが、しかしここはいささか狭すぎた。一周するのに半日と掛からないから、とにかく狭かったのである。しかし、こういう島には道というものが大変少なかった。俺は道なき道を行くべく生まれたわけだが、何も道が嫌いなワケじゃないから困った。むしろ俺は道を走りたかった。よくよく思い出してみれば、生まれ故郷で色々と酷いとこを走るよう訓練させられたのだが、まさかあれよりも酷いとこを走らされるとは思ってもみなかったのである。

 さて、とにかく俺が乗せてやる連中は血の気が多くて、しかしどこか抜けているような連中ばかりだったから、木が生い茂ってるようなとこにもずかずか入って行かせるのでたまらない。そうして、大体嫌な予感がしてすぐ、そういう連中は次から次へと撃ち殺されてしまった。相手は何でも森の精霊とかではなく奴らと同じような連中なのだが、とにかくあちらはこちらを撃ち、こちらはあちらを撃つのである。どちらも銃を使ったが、俺にはそんなもの防ぐものは付いていない。むしろ俺が撃たれれば、当たり所によってこっちが死んでしまう。だからよく肝を冷やしたもんだ。それで、俺を乗り回す連中はそのことをエンストだかなんだか言ってブチギレるので始末に終えない。敵もなにもないとこで肝を冷やすならまだいいが、どうにも撃たれるようなとこでそうなると、やはり連中はばたばた打ち倒されてしまうのである。


 それで、俺に乗る顔ぶれは結構な入れ替わり様だった。我が兄弟の中には乗ってる連中もろとも吹き飛ばされたようなのも多かったが、しかし俺は無事だった。そうして一ヶ月経って、そろそろ俺もこういう劣悪といったものになれてきていた。誰がステアリングを切ろうと、どんなバカがクラッチをがたがたいわせようが一向に気にならなくなった。そうして顔ぶれも知らず知らず変わっていった。

 どうにも、俺を生んだ連中のどでかい喧嘩は、こっちが勝っているらしかった。それもちょっとポイントで上回るとかでなく、もう圧倒的で、10カウントの内、もう7カウントくらいまで来ているらしかった。だが、俺は合点がいかない。勝っているのなら、何故こんなにも多く死んでいるのだ?

 その島にはまずちゃんとした港だとか桟橋といったものがなかったから、とにかく大盤振る舞いでおおざっぱな連中が鉄のコンテナを沈めてそこに鉄板を渡した、なんちゃって桟橋みたいなものを作っていた。そうしてその桟橋の周りの浜辺には、俺の兄弟の亡骸だとか、ご同胞の大きな亡骸がローストされて転がり、また積み上げられたりしていた。その中には。やはり固くて血の気の多い連中のもあって、こいつらは最初「YHA-!HA-!」とか興奮していたのが、コテンパンにやられて今や波に洗われていた。その中の一人なんかは、乗せていた連中と一緒にローストされて、ひどい臭いを漂わせているのもいた。全くミゼラブルだ。全くもって無情だ。


 ある日、とてもいい奴と出会った。そいつの名はマイキーといって、どうやら同郷らしかった。マイキーは、それまでの連中とは違って、俺をとても上手く乗りこなした。なんでも故郷ではもっと気難しいのを乗り回していたから、俺なんかへっちゃらなのだという。

 マイキーが俺とペアになった頃には、もうその島での喧嘩は殆ど終わっていたから、なんとも楽なものだった。道も、やはり大盤振る舞いでおおざったぱな連中が作っていたから、足腰が悲鳴を上げることも少なくなった。よくよく考えてみれば、海がすぐそこにあることを除けば、この島は中々いいとこなのである。何より景色が素晴らしい、俺はこういうとこでずっと走っていたいものだと思ったものだ。

 その夜は、マイキーが見回りの番だった。もちろんペアの俺も一緒だ。密林を切り開いた狭い道を、のろのろ走ればいいだけの気楽なもんだ。だが、この島に元々居て頑張っていた連中は諦めが悪いらしかった。そういう輩はちょっとした丘に洞窟なんか掘って、よくこっちを待ち伏せていた。マイキーは俺を乗り回すのこそ上手かったが、それ以外は至って普通だった。だから、のろのろ走っていたのが段々ともっと遅くなって、終いにはカーブをはみ出して木にぶち当たった時、俺にはそれがどういうことか良くわかった。生暖かいものが俺の体に垂れて、広がっていくのがわかった。全くの無情だ。


 さて、俺が訊いたところによれば、マイキーがあんなことになる一週間も前に、このどえらい喧嘩は終わっていたらしい。そういうわけで、俺はまたもや船に乗せられることになった。がたのきていたところは交換して、綺麗に洗って船に乗せられたものだから心地よかった。なにより故郷に帰れるのである。願わくばマイキーと一緒に帰りたかったが、奴は所謂無言の帰還というやつで、幸か不幸か飛行機というのに乗せられて、それこそ凄い速度で連れ帰られていった。さらば友よ、である。


 船を降りると、そこは不思議なところだった。何もかもが灰色で、よくよく見れば焼け焦げていた。どえらい喧嘩の怪我というのは、まったくとてつもないものである。俺は「MP」と白いので書かれて、今度はなんともお上品な連中に乗り回されることになった。マイキー程の感動はなかったが、まま良しとしよう。ここでは子供達が、それも汚い格好の子供達が俺をキャッキャっ言いながら追いかけてくるのである。故郷ではなくとも、ここでは俺は人気者らしかった。

 それからまた長いこと経った。肌の白くて背の高い連中は段々と引き揚げ、しかし俺や兄弟たちは連れて帰るのに金が掛かるから、もうこっちで余生を送らせようということになったらしい。まあ、俺たちは相変わらず人気者だったからそれで構わなかった。願わくばもう一度故郷を走ってみたかったが、こっちの景色もなかなかいいもんである。

 兄弟の多くは、そのままこっちに残るらしいのと一緒らしかったが、いくらかはまたまた新たなとこに連れて行かれることになった。俺もそれと同じで、肌の白いのから黄色いのを乗せることになった。長くて酷い道を走って、なんとも牧歌的な風景の中で、頭に赤いランプとサイレンを付けて、俺はポリスカーになった。ここいらの警官は、故郷のやつらやお上品なMPとは違って背丈は低いし、言ってることはちんぷんかんぷんで、それに俺を乗りこなすのがとにかく下手だった。まあ、それもよしとしよう。美しい所なのだから。

 この辺りにはくたびれたご同胞くらいしか居なかったので、一番新しくて強いのは俺らしかった。何かあれば、まずもって俺が一番に到着する。だから色んなものを見た。無銭飲食だとか万引というのが多かったから、そんなに派手に楽しめはしなかったが。

 ある時のことだ、馴染みの警官二人が、普段は載せることなんてない女を一人、俺に乗せた。そうして街中へ入っていって、角で停めた。場所からして左折する連中の邪魔になりそうだったが、まあ警官がやってるのだから仕方ない。俺は、俺から降りて歩いていく警官の背中を見ていた。もう一人は女と何か話していた。驚いたのは、女がしきりに泣いているらしいことで、俺にはどうしていいかわからなかった。

 暫くそうしていると、さっき歩いて行った警官が、赤ん坊を抱いて街で一番の宿屋から出てきた。そのままこっちへ来るかとも思ったのだが、野郎は玄関先で立ったままである。後から小さな女の子も出てきて、二人で赤ん坊をあやしていた。どういうことだ?

 そこで、残っていた警官は俺を走らせ始めた。なるほど迎えに来たのか、警官がポリスカーたる俺を私用で使うとは!!

 しかし、警官は俺をそのまま、ゆっくりと走らせていった。女はどうも、赤ん坊の方をしきりに、いや釘付けになって泣いていた。全く不思議である。暫く行ってとまると、さっきの警官が戻ってきて、何かと女を慰めているらしかった。そのまま駅まで行って、警官と女は降り、そうして汽車が行き過ぎると景観だけが帰ってきた。こいつらはまた煙草なんか吸って、俺を走らせ始めた。なんともやさしい感じのする声で、やつらは何事か話しているようだった。後どれくらいこうして、土をただ平たくしただけの道を走るのだろうか、走ると土煙があがって、俺はその尾を引きずって走っていく。所々に石が転がって、それを踏むと体が跳ねる。ここいらではあまり速度は出せない。ただゆっくり、狭く汚い道を行くだけだ。

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