がんばれみずかけろん
「く、くうぅ……」
「桐恵さん……あまり鑑君をいじめ
ないでください」
「あっ!ごめんごめん。
つい我を忘れてしまったよ。
最初からこういう事するつもりじゃなかったんだよー。
途中から気分が乗ってきてしまって……」
「……完全に負けた。
議論とかそういうの結構自信あったのに……」
「落ち込まないでください。
桐恵さんは高い知性に加え、議論の経験も桁違いですから。
議論の経験。
普通に生きていれば、そうは経験のないことです。
議論の技術は特殊な技術。
議論がうまい人は真実だって捻じ曲げられます。
今の議論で立場を逆にしても、桐恵さんが勝ったでしょう」
「あ、俺……別に負けてもよかったの?」
「勝てるとは思っていませんよ。
議論も技術ですから。
ただ、このように内部の議論ならいいのですが……」
「外部の議論で負けると不味い訳だよ。
だから訓練が必要。
君のためにね」
「そういう目的だったのか!じゃあいいや」
「立ち直り早いですね!」
「しかし粘りないね君は。あれじゃ駄目だよ。
もっと宗教的水掛け論を展開しないと」
「宗教的水掛け論?」
「落ち着いて考えればわかるのですが……。
桐恵さんの主張は『神の存在証明ができない!』と言っているのです」
「いない!と証明はできていない」
「た、確かに!!」
「……通常の議論なら、『いないことの証明』なんて、
はい、悪魔の証明ね!ということで終わりだけど。
これはあくまでマナー的な話。
いるとかいないとかの根本的な真実とは関係ないんだ。
やはり、いないことを証明するのは難しい。
神のような非現実的存在すら、
いないことを証明しきるのは難しいね」
「例えば、偽の神と真の神様を見分ける事ができない。
できるのは全知全能だけだと桐恵さんはおっしゃっていました。
しかし私達が信じたその神様が真の神であっても何もおかしくないのです。
私達がそう判断できないだけで。
判断できない、証明できないことと
……そうであるかどうかは別問題です。
私は神様の真偽を判断できない。
私ができることは、神様を信じる事だけです。
こういう問題は色んなところであります。
例えば、ある恋人達がいます。
困った事に、男の子は人間不信で、
自分を愛してる証明をしろと女の子に言い出します。
でも、女の子は自分の愛が証明できない。
証明の仕方がわからないからです。
男の子はいつまで経っても愛を証明できない女の子を見て、
『なんだやっぱり僕を愛してないじゃないか!騙しやがって!!』と怒ります。
でも、二人は本当に愛し合っているのです。という状態。
実によくある事ですね!!」
「え?そんな痛々しい事言い出す男性がいるの?」
「そんなに何かをこじらせた男の要求は流石に見たことないけどな……」
「また醜い世界の話も一緒です。私達の認識が怪しいものであっても、
認識通り、美しい世界かもしれません。
もしかしたら、私達の認識以上に美しい世界かもしれません」
「その通りだね」
「これまで神様がいないことを証明できた人はいませんし、
桐恵さんですら神様がいないとは証明できません。そういうものです」
「そうそう。宗教家として生きるなら、
いないと証明できない事を利用して水掛け論を展開するんだよ。
塔子は最初から、そこをちゃんとうまくやってたよ」
『人間は、人間である限り、
全知全能と人に対して偽れる、偽の神を見破れない。
見破れるのは全知全能だけ。
よっていかなる神秘体験を体験し、
それを認めたとしても……。
その宗教家が全知全能でない限りは、
真の神だと言う事はできないので、何の意味もない』
『逆に言えば、全知全能でなければ、
神がいないことを証明できないのです。
すなわち、神を否定できるということは、
全知全能。
神様と言う事です。
そして、あなたは神を否定しました。
ならば問いましょう。
神様は神を信じますか?』
「神しか神を認識できない。
しかし、この論理が真ならば、
神しか偽神を否定できない。
否定できる人は神ならば、神はいるということになってしまうと。
こういう返しされると面白いねー。
論理が円の形をしてる。とても綺麗だ……。
これによって、以降、塔子との議論は宗教的水掛け論になった」
「塔子ちゃんも桐恵さんと議論してたのか」
「もちろん、私が劣勢だったのは間違いないですけどね。
いるという方が証明すべきのところ、ある意味後退して、
いないと言い切れないと言う場所で戦ったのですから。
でも、それでも守るべきものは守れました」
「そうそう。最悪、ここで塔子がやったようにすれば完敗はしない」
「ただこれでは全知全能という概念の矛盾から逃げられませんね」
「ま、あの時の伊達君が反論できなかっただけで、
全知全能の矛盾に対する反論はできるんだけどね」
「マジで!教えてよ」
「えー?」
「なんだよその反応!?」
「自分で考えなよそんなのー」
「えええっ!?」
「使われると宗教家に反論しにくくなるからねぇ。あーやだやだ」
「……。しかしさ。1つ疑問があるんだが」
「なんですか?」
「桐恵さんってナンバー2みたいなポジションなんだろ?
なのにまったく『無限幸福完全世界教』信じてないよな?」
「ぷぷっ!君の作り話を信じろって?
そりゃ無理なお話だよ~」
「つ、作り話?つつつ、作ってねーし!
本当の話だし!」
「はいはいw」
「桐恵さん、なんでここにいるんだよ!?」
「私と桐恵さんは親友ですから!」
「いいのかよそんなんで!?」
「そうそう。
親友が面白そうなことをやってたら混ぜてもらうだろ?
それだけのことさ」
「私達はWIN-WINの関係です。
私は桐恵さんに経営、運用をやっていただいて助かっています。
また色んな事を教えてくれます」
「私も楽しませてもらっているしね」
「さらに、桐恵さんを論破できれば、
正しさが証明できたってことになります。
そういう指標、目標としても大変ありがたい存在です。
世界が宗教で包まれた時、
最後まで残るのはきっと桐恵さんなのでしょうね……」
「なるほど。
神様をまったく信じてない桐恵さんがいる理由がわかったよ。
ところで……」
「何だい?」
「最後に、桐恵さんを思いっきり抱きしめてもいいかな?」
「は?」
「いいですよ!」
「な、なんで塔子が答えるの!?
嫌だよ!
そんなの駄目に決まってるだろう!」
「いいじゃんいいじゃんー」
「何だその軽いノリは!馴れ馴れしいぞ!!
あまりに唐突で不躾な提案だ。
セクハラだよ。絶対やめたまえ」
「セクハラじゃありません!」
「だからなぜ塔子が言うの!?」
「ハアハア……」
「勘弁してくれよ……」
桐恵が鑑から逃げようとすると、
鑑は桐恵の腕を掴み、引き寄せた。
そして、鑑は桐恵をぎゅうっと強く抱きしめた。
「は、離して!」
桐恵は暴れるが、
鑑との力の差があり、
抵抗はまったくの無駄だった。
「なんとかしてくれよ塔子!
この男の子は酷すぎる!」
桐恵は塔子と目が会ったので、助けを求めた。
「うぅ……」
塔子は桐恵の願いを無視し、
助けるどころか逆に桐恵に抱きついた。
桐恵は鑑と塔子にサンドイッチのように挟まれて抱きしめられた。
「なんだこれ……???」
桐恵は呆然とし、
この状況になった理由を考えたが、何も浮かばなかった。
抱擁のサンドイッチ状態は30分ほど続いた。
「やっと、落ち着いたかな?」
「はい……すみません」
「……まったく君達は何を考えているんだ?
意味がわからない行動はやめたまえ」
「ごめん!つい……な」
「何がついなんだか。
こんな暑い日に二人に抱きしめられて、
汗でシャツがべっとり……不愉快極まりない。
まったく……君達が奇行に走った理由を述べたまえ」
「……言わなきゃ駄目?」
「当たり前だろう。痴漢で訴えるぞ!」
「桐恵さんを見ていると、
愛おしくなって、
つい、抱きしめてしまいたくなったんだよ……」
「ま、真顔だ!
恥ずかしくないのかこの男は!!」
「私もまったく同じ理由です。
仕方のない事なのです。
不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした……」
「あははははは!二人ともふざけた答えだねぇー。
まあいいや。
……ねえ塔子」
「はい?なんでしょうか」
「そろそろ鑑君に伝えよう。最初の仕事を」
「そうですね!」
「お、俺の仕事?」
「私達が君に望んでいること。
それは今年度中の信者100万人の達成と塔子が言ってたよね」
「現実とあってない無茶苦茶な目標なんですが……」
「その無理を通すのが大聖人たる鑑君の仕事なのです!!」
「そう。聖人だとかなんとか言うのであれば、
人間離れした事をやってもらわなくてはね。
奇跡とかそういう言葉で飾られるような……
伝説を作ってもらおうじゃないか」
「お、俺に何をさせる気なんですか!?」
「いやなに。ちょっとした勧誘活動だよ」
「あ、『アレ』ですね。そうですね。
鑑君!何も難しい事じゃありません」
「街中で声かけて勧誘するの?
あれ恥ずかしいし、きついよ……」
「違いますよー。
もっとすごく効率的な方法です。
鑑君はちょっと他の宗教と『仲良く』してほしいのです」
「仲良く?」
「そう、『仲良く』ね」
「仲間になるということです。
ね。素敵な事でしょう?」
「そうそう。まあ宗教と宗教だから、
どちらが正しいかとか。
その考えは間違ってるとか。
そういう事を他の宗教と話して、
納得してもらって、同じ宗教になる」
「まあ、私達の教えが全て
完璧完全に正しい事は自明なので、
一方的に納得してもらう
という流れになりますが……」
「!?」
「要するに、他の宗教を完全論破し、
『無限幸福完全世界教』に吸収する!」
「いやいやいやいや……」
「大丈夫です!できます!!
私達はそうやって『仲良く』なって、
2万人になったのですから!!」
「ええ~!?」
「伊達君!選択の余地はないぞ。
これは君が生き残るための道でもある。
君が『生贄』の道を避けるためには、
最短最速で、
100万人を目指さなくてはいけないんだ!
明日!
君は一人で宗教施設に乗り込み、
そこで議論をして、
その宗教が間違っている事を証明して勝利する。
最後にその宗教の信者を
まるごと『無限幸福完全世界教』に頂く。
それが新入聖人としての、君の最初の仕事だ!」
「どんなブラック企業だよそれ!?」
「頑張ってください鑑君!!」