『神の言葉と神の教え、人の救済、そして世界平和と無限の幸福……完全な世界教』
鑑の挨拶は終了し、用意された席に着いて授業を受ける。
しかし鑑はもう塔子の事で頭がいっぱいだった。
この後、何を話すかずっと考えていた。
1時間目の授業が終わり、休憩時間。
鑑は勢いよく後ろを向いて塔子の席を見たが、すでに姿はなかった。
「あれ?塔子ちゃんもういないじゃないか」
「そんなにトイレ行きたかったのか……」
重大な目的を失った鑑は、隣の小柄な女の子(74)に話しかける。
「いやーしかしアレだね。
転校したけど、俺昔ここらへんに住んでてね。
すげー懐かしくてさー」
「……」
小柄な女の子(74)はひきつった表情をして、横を向いたままだった。
初対面の人との話題に、
自分の話はよくないのだろうか?
鑑は話題をかえた。
「やっぱこっちは日差しとか暖かくていいよねー!?」
「……」
返答はない。鉄板の天気の話をしても無視。
いくら初対面とは言え、愛想が悪いにしてもほどがあるのではないか。
周囲には鑑を見ている人が多くいたが、
話しかけようと近づいてくるものは誰もいなかった。
これはなんだろう?イジメのはじまりだろうか?
いいや、違う。
彼らは『何か』を待っているようだった。
1つの、きっかけを。
「鑑君。お久しぶりですね」
塔子が後ろから話しかけてきた。
「塔子ちゃん!久しぶり!!もう5年ぶりになるのかな?」
「そうですね。まる5年ですよ……」
「再開できてうれしいよ!」
「……」
「同じ高校、同じクラスになるなんてすごい偶然だね。信じられない!」
「偶然……?ふふっ。必然ですよ……」
「俺のこと忘れられてないようで安心したよ~」
「わ、忘れるなんてそんなこと!!……ありえませんよ。
鑑君のこと。思い出さなかった日はありません。
私はずっと鑑君のこと待っていましたよ」
「マジで!超うれしい」
「もう!当たり前じゃないですか……鑑君こそ、忘れていませんよね?」
「そういや今日夢で見た。懐かしい夢だったなぁ。
ま、塔子ちゃんは覚えてないと思うけどさ!
俺が絵を描いてると塔子ちゃんが覗き込んできて、俺が変な事を……」
「やっぱりそうなんですね!!!」
「えっ?」
突然、塔子はぷるぷると小刻みに震え、
両目から大粒の涙をポロポロとこぼした。
やっぱりとはどういう意味だろうか。
鑑がぽかんとした表情で塔子を見ていた。
「ああ、やっぱりそうなんだ!運命の再開となる今日に、預言の時の夢を見るとは!
鑑君はやっぱり『かみさま』とつながっているのですね!!」
「へ……?」
塔子は落ち着いた口調から一転、興奮したしゃべり方になった。
「あの時もそうですよ!『かみさま』の見事な姿を描いてくれましたよね!
うん!ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」
塔子は両手をあわせ、天を仰ぐ。
その祈りの姿は昔の塔子そのものだった。
「私達から鑑君へ感謝のプレゼントがあります!はい、皆様お入りください!!」
いつのまにか廊下に集まっていた多くの生徒、先生が、
塔子の合図で教室に入ってきた。
「えっ?何?何が起きるの?」
鑑を中心として教室内が大混雑になった。
鑑は大人数に囲まれて不安な気持ちで、周囲の人間の表情を覗き込んだ。
そこには、宗教的な笑みがくっきりと浮かんでいた。
「鑑君、神様の言葉を伝えてくれてありがとうございます!」
塔子がそう言うと、教室内の生徒と先生達がそれに続いた。
「鑑先生、神様の言葉を伝えてくれてありがとうございます!」
「鑑先生、神様の言葉を伝えてくれてありがとうございます!」
「鑑先生、神様の言葉を伝えてくれてありがとうございます!」
「鑑先生、神様の言葉を伝えてくれてありがとうございます!」
感謝の言葉の後
生徒達はいっせいに隠し持っていたクラッカーの紐をひいた。
パーン!パーン!と破裂音が教室内に響き渡り、
鑑に大量の紙ふぶきが降りかかった。
「何事だよ!?!?」
クラッカーの後、生徒達が用意した大量の紙ふぶきが降りかかり、
鑑の机にはちょっとした小山ができた。
鑑本人も紙片まみれになった。
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
「えっ!えっ……ちょっ!」
鑑は大勢の生徒の手により胴上げされた。
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
「鑑先生、ありがとうございます!」
と、何度も何度も天井近くまではねあげられた。
「ちょ、危ない!危ない!『やめてくれよ』!!」
「!!」
「!!」
「!!」
鑑の言葉に敏感に反応した生徒達は、瞬時に胴上げをやめた。
鑑は自由落下し、床にどすんと叩きつけられた。
「うおおおぉ……!」
激しい腰の痛みで身をよじる鑑をよそに、
生徒達は拍手喝采。
塔子も満面の笑みで鑑を見ていた。
「おやおや。
鑑君、やんちゃですねー。
大きな音をたてると下の階の下級生がびっくりしちゃいますよ~?」
「俺のせいなのかよ!?」
「さて、まだまだ鑑君へのプレゼントは終わりません!!演奏始めてください!!」
いつのまにか教卓に楽器を持った生徒達が集まっており、
演奏の準備を完了していた。
塔子の合図で一糸乱れぬ動きで演奏をはじめた。
30分後。
「はい、演奏終わりです。お疲れ様でした~♪」
「……」
(長かった……)
塔子がぺこりと一礼すると、
生徒達が教室から出て行った。
同じクラスの生徒達まで出て行き、あらかた出終わると教室のドアを閉めた。
教室に残っているのはたったの四人。
鑑と塔子。
そして、眼鏡をかけた小柄な女子生徒(74)。
(突然起きた大騒ぎに怯え、ずっと顔を伏して震えていたようだ)
最後に堂々と窓際の席に座っている、大柄な男子生徒。この四人。
「なあ塔子ちゃん……今の人たちは一体……?」
「『信仰を共にする方々』です」
「信仰?」
「私や鑑君と同じ『神様』と『神の教え』を信じる人達です」
「?」
鑑は一瞬、塔子が何を言っているか
理解できなかった。
しかし、その意味に気づくと、
驚きと不安の表情に変わり、うろたえはじめた。
「ま、マジかよ!それって塔子ちゃんが、
『アレ』しちゃってできた人たちってことですかね……?」
「いかにもそのとおりです。
鑑君が言葉を濁した意図はまったくわかりませんが……。
具体的に言うと、
私が鑑君の宗教を布教して、集めた人達ですよ。
みんな『かみさま』の教えを信じているのです」
「マジですか……」
「うふふっ!本当ですよ。素敵な事でしょう?
鑑君の教えてくれた『神の言葉』の数々は、姿を変え、
ちゃんとした『宗教団体』としてしっかりと残してあるのです!
鑑君は自分の宗教がどうなっているのか心配だったでしょう?
私が試練に打ち勝っているか心配してくれていたのでしょう?
大丈夫ですよ。『すべて大丈夫』。
私は、悩みある人々のために『神の教え』を広め、
『神の言葉』によって『人を救済』し、
社会、国家、『世界の平和』の達成をし、
全人類を『無限の幸福』に導くことにより、
『完全な世界』に至り、
『最後の日』を迎える準備をしているところです。
もっとも、そのためには『最も重要な預言』を
私が『神様』から授かる事が必要不可欠なのですが……」
(こ、これは俺がかつて塔子ちゃんに言っていたことじゃないか……)
「は、はあ……よく覚えてたね……」
(俺の黒歴史を広めちゃってるのかよ!?
何一つ大丈夫じゃないよ!?)
(しかし今再び聞くと何を言ってるかわからねえな!!
頭大丈夫か11歳の頃の俺は!?)
「その宗教の名前。
鑑君はその名前を教えてくれなかったので、私が名づけました。
『神の言葉と神の教え、人の救済、そして世界平和と無限の幸福……完全な世界教』」
「長いわ!」
「略すと『神言葉神教人救済世界平和無限幸福完全世界教』です。これから歴史の教科書にも載りますよ」
「ひらがなだけとってもクソ長いよ!!」
「あ、やっぱり『鑑君教』に変更しますか?いいですよ別に!」
「それだけは絶対やめてください……」
鑑は考えた。
(自分の黒歴史が学校中に知られてる事も大ショックだけど、
塔子ちゃんも塔子ちゃんで広めた張本人。
『教祖』ってことになる。
これはまずい。すごくまずい。
絶対塔子ちゃんの黒歴史としても残っちゃうよ……)
そう思うと、鑑はとても申し訳ない気持ちになった。
ずっと俺がついていれば発言の訂正もできたのに。
そう思って謝った。
「ごめん……」
「フフ、わかってますよ。いいのです。
確かに辛かったのですよ。
私に『神の教え』を伝えた後、
すぐに遠くのどこかへ引っ越してしまいましたよね。
あんなに大変な時期だったのに、私一人おいて。
ううん、引越しだけならいいのですよ。
大人の事情は子供には抗えないことです」
「うん……」
「でも連絡先も教えてくれないし、
住所も教えてくれませんでしたよね!?」
「そ、そうっすね……」
「あんなに泣きながら何回も聞いたのに、
頑なに教えてくれなくて……。
鑑君が引っ越した後、私はまた一人ぼっちでした。
いっぱい泣きました。
鑑君に対し憎しみすら抱きましたよ。
きっと、鑑君はそれについて謝っているのでしょう」
「そ、そうですね……」
「でも、私は全て理解しているつもりです。
あえて私の前から去って、
教えを忘れないかどうか……私の信仰心を試す。
『そういう試練』なのでしょう!
きっと、神様がそう鑑君に告げたのですね。
だから鑑君も心で泣きながら、
私と放っておいて一人でどっかへ行っちゃったんですよね!
大丈夫です。わかってますよ。
私は全部わかってます」
「ううっ……」
自分の良心の痛みを感じて鑑は胸に手をあてた。
「もし。もしもですよ?そんなことはありえないでしょうが……ifの話をしましょう。
もし、これが神の試練でなく、鑑君個人の意思で行ったことなら……」
「こ、ことならどうなるんですか……?」
「約束を破った鑑君を絶対に許さない!!!!!!」
鑑は本能で「あ、殺されるなこれは」と感じた。
「は、はい!もちろん塔子ちゃんのおっしゃる通りでした!
完全に神様の言うとおりにやったまでのことだわー!あー、神様の試練辛かったわ!辛かった!
北海道で一人で過ごしてめっちゃ辛かったよ!
カニ旨かったし、うに丼食べたし、友達みんなと流氷見たり、かまくら作ったりして泣いて過ごしたわ!!」
「そうですよね!やっぱりそうですよね……鑑君も辛かったんですよね。
それなら、私も今では必要な試練だったと思えるのです……」
(ふー、なんとかごまかせた!!架空の神様ありがとう!!)
「ああっ!この5年間。積もる話はいくらでもあります。
私、久しぶりに鑑君といっぱいお話したいです!」
「うん!俺も話したい。できれば北海道の日常的なホワイトトークしたい」
「となると、やっぱり、私と隣の席になった方がいいですよねぇ……。
……というわけで、さっさとどいてね」
塔子は、鑑の隣の席の小柄な女の子(74)の肩を叩いた。
「ひっ!」
女の子はビクッと反応し、急いで机の中のものを掻き出す。
20秒経過したところで塔子が口を開いた。
「まだなのかなぁ~~~~~?もう凄い待ってるんですけど?
『クラスのみんな』でお腹を人数分だけ蹴飛ばしてあげたらはやくなるのですか?」
「ふえぇ……」
女の子はその煽りに対して、涙目になりながら、
教科書を腕いっぱいに抱えて後ろの席へ向かって走り出した。
両脇からポロポロとシャーペンやら消しゴムやらがこぼれている。
その姿は哀れみと滑稽さを含んでいた。
「お、おい塔子ちゃん!女の子をいじめるなよ!!」
鑑は転んだ女の子に近づき、文房具を拾って渡した。
「大丈夫?ごめんな……」
「うぅ……ぐすっ」
塔子は鑑を見てなぜかにやついていた。
「ふーん。相変わらず優しいですね……鑑君。ふう……」
塔子が空いた席に腰掛ける。
そして、塔子の荷物を、斜め後ろの席の男子がうやうやしい様子で持ってきた。
「ありがとっ」
荷物を持ってきた男子に対し、ニコッと笑う塔子。
(セルフ席替えかよ!?)
鑑には、塔子の笑顔が素直にかわいらしいものに見えなくなっていた。
「塔子ちゃん……変わっちまったな……」
「ええ、とっても元気になったでしょう!!
それもこれも、鑑君の神託のおかげですよ」
「俺のせいかよ!?」
鑑は変わってしまった幼馴染に、ショックを受けた。
あのバカみたいに優しい塔子はどこへ行ってしまったんだろう?
突然太ももにナイフを刺しても、
『ごめんなさい、私の何かがあなたの心を突如傷つけてしまったようで……
しかし、私にはその原因がわからないのです。
申し訳ございませんが、後学のためにご教示していただけないでしょうか?』
と逆に謝ってくるような、
それぐらい優しくておとなしい女の子だったのにな……。
そのショックで、鑑は塔子のことをひとつ思い出した。
「塔子ちゃん……いや、塔子さん」
「なんでしょう?」
「思い出したけどさ、塔子さん……俺より一学年上だよね?」
「そうですね」
「留年でしょうか?塔子先輩……ダブリの塔子先輩」
「いえ、私は高校三年生ですよ」
「いやいやいや!ここは二年の教室だぞ」
「からかわないでください。それぐらい知っていますよ」
「三年生がなんで二年生の教室にいて授業を受けてるんだよ!!」
「まあ、それは三年の授業が英語でしたからね」
「出席が足りてるから、授業が休めるってことか?」
「いえ、出席にはなっていますよ。私が出ていないだけで」
「……意味がわからんぜ……」
「二時間目は社会だからいいけど、三時間目の国語になったら戻りますね。
国語の先生は『まだ』なので、欠席になっちゃいますのでね。残念ですが……。
私がいなくても、まじめに勉強してくださいね鑑君。
授業をサボってはいけませんよ!」
「…………」
(何を言ってんだこの電波女は!?)
「なんでそんな事ができるんだよ!?」
「言い忘れていましたね。
輝かしい歴史と、素敵な未来が約束されている『神言葉神教人救済世界平和無限幸福完全世界教』。
その構成人数、『約2万人』!!」
「……ハァ!?嘘だろ!?」
「真実!完全に真実です!」
「に、2万人!?2万人って言ったら、
もうこの町の人口ぐらいじゃないかッ!?」
「そうです!大体そーですよ!
町の人は8割が『信仰を共にする方々』です!!
みーんな鑑君のこと、知っていますよ。
そして、『いつも見ています』。
だから、昔みたいにふざけてないで、
ちゃんと成長した鑑君の立派な姿を町の人に見せるよう心がけてくださいねっ!!」
「ええ……もう衝撃的すぎてリアクションもうまく取れないほどだよ……。
ちなみに、この学校はどうなってるんですかね……?」
「信仰率9割5分です!
ああ、申し訳ございません
100%に至らないのは私の未熟さです!!」
(なんだその専門用語!?)
鑑は絶望した。
そして、今までの奇妙な光景を理解した。
(くっ!そういうことか……。
塔子の異常な自由行動。
遅刻不問や生徒を集めての盛大な歓迎。
セルフ席替え。
授業欠席しても出席になり、2年の授業に乱入。
それらは全て、先生や生徒が『神(中略)教』の信者だからできたこと。
『塔子ちゃんの宗教』の信者だから、なんでもできるんだ。
そして、自分が鑑先生と呼ばれてるということは……。
その宗教の創始は、塔子ちゃんの口から俺だと伝えられてしまっているのだろうな!)
と鑑は理解した。
(なんてこった……。想像以上だ。
俺の電波発言が宗教として伝わり、
2万人に信じられているなんて……。
こんなの、小学生の時の卒業文集が晒されてるよりも、
はるかに酷い状況じゃないか!
最悪のシナリオだ……。
こんな大事になってたら、もう、引き返すのは難しいよね……)
鑑が深く落胆していると、塔子は何を勘違いしたのか、
うれしそうに笑った。
「あっ!受信中ですね!?神様の言葉を!!」
「違います……」