鑑の休日
夏休みのある一日。
珍しく鑑が宗教活動を休める事になった。
前日、塔子に休んでいいと言われたのだ。
「夏休みにも休日はあったんだ!」
鑑は歓喜した。
そして、うきうきとした気分で塔子を遊びに誘った。
だが、用事があると言われて断られた。
桐恵も誘ったが、一人でゆっくりするからと言われて断られた。
引っ越してから、初めての一人ぼっち。
鑑はどこか寂しい気持ちで、朝食を食べていた。
義理の両親と会話をしながら。
「俺、ちょっと散歩してくるわ」
「いってらっしゃい」
鑑の義理の両親は、
実の両親が健在だった頃から、
元々、良好な親戚付き合いがあった叔父と叔母である。
鑑が義理の息子となった後も、家族仲はとても良い。
「今日は暇だな……思えば、引越ししてから予定を立てた事すらなかった。
このままじゃいけない。
もっとあの宗教をコントロールするぐらいの勢いじゃないと……暴走を止められないだろう。
疲れるし、怖いからなるべく避けてようとしていたが、
なんだかんだ理由つけられて結局やらされてしまう。
なら、むしろ積極的に仕事をすべきかもな」
鑑は町を散歩した。
昔、住んでいた思い出の町。ゆっくり見るのは久しぶりだった。
子供の頃の思い出が沢山あった。
昔、実の両親と買い物した大きなスーパーやレストラン。
友達とゲームを買いに行った中古店。
塔子ちゃんとよく遊んでた公園。
潰れた店もいくつかあったが、
跡地を見て、当時の店構えを思い出せた。
鑑は駅前の本屋に入った。
小さくて、店長の趣味が入る品揃え。
好きな漫画を買うと、
同じ作者の漫画を揃えてくれる反応の良さがお気に入りだった。
「ん?」
鑑は漫画新刊が積まれてる所を眺めたが、
そこに漫画は無かった。
代わりに豪華な装飾の、見慣れない本が平積みで大量に置いてあった。
「なんだこりゃ?」
本を開くと文字が書いてあった。
何かの小説家と思ったが、実によく見慣れた字が書き込まれていたのですぐわかった。
「これ、俺の書いた聖典じゃねーか!?」
裏表紙を見ると、値段が書かれていた。
「一冊3980円!?ぼったくりすぎぃ!!」
鑑は驚き、本を置いて店から出ようとして振り返ると、
店長と店員の二名が直立不動からのお辞儀で挨拶した。
「おはようございます!鑑先生!
お越しいただきありがとうございます!」
鑑はこの町が、すでに自分の知る町でない事を再認識した。
(こんなんじゃちょっとエッチな月刊少年漫画すら買えないじゃないか……)
鑑は寂しさを募らせた。
人気の無いところへ行こうと、地元の山のふもとを歩いた。
自然の風景は変わることがない。
人がほとんど通らない小道を歩いていたが、
そこで6人の集まりを見かける。
老若男女の混合で、大きな木の板を持っている。
家族にも見えず、何の集まりかわからない。
鑑は違和感を覚えた。
しかし、その内の1人は見覚えがあった。
塔子だ。鑑が気がつくと、同時に塔子も気がついたようで目が合った。
「おや、鑑君!偶然ですね。おはようございます!」
「おお、鑑先生!おはようございます!」
「お、おはようございまーす」
鑑は塔子の近くに駆け寄った。
同時に、塔子も鑑の下へ駆け寄った。
「な、何してんの?」
「ちょっとしたお仕事なのです」
「へえ……なんで俺を呼ばなかったの?」
「仕事には必要な人が必要な数だけいります。
必要な数の人が必要な分だけ働けば、
他の人は休んでいていいのですよ」
「そりゃまあそうだけどな……」
「一緒に来ますか?」
「行く!」
塔子が先頭を歩き、鑑はその横を歩いた。
その後ろを、5人の集団がついていった。
(塔子ちゃん、引き連れてるなぁ……)
5人の集団は若い男、中年男性、中年女性、初老の男性、初老の女性とバラバラだった。
もちろんこの5人は家族でもなんでもないし、仕事のつながりでもない。
宗教団体という組織の中でのつながりなのだろう。
だから、鑑の認識では一見して何の集まりか解らず、
違和感を覚えたのだった。
(俺ら三人でいる時はどんな狂った宗教トークが出ても、
友達の中の馬鹿話だと脳内解釈すれば、なんとか正気を保てるが……)
(知らないおっさんおばさんを引き連れてる姿は異様そのものだな)
鑑は空を見上げた。夏の空。
これだけは少年時代と同じ景色だった。
人が何をしても永遠に変わる事の無いものに思えた。
「お散歩していたのですか?」
「うん。特に予定がなかったからな……」
「ふふ。そうですよね。
いきなり前日に休みをお伝えしても、予定なんて立てられないですよね。
申し訳ございません……今度はしっかり、前もってお伝えいたします」
塔子は何時もより、落ち着いた様子だった。
信者達の手前だから、いつものように高いテンションでの掛け合いをしないのだろう。
(桐恵さんがいないのもあるかな?)
人間は場所によって違う姿を見せる。
鑑は落ち着いた塔子が大人らしく、可愛らしく見えた。
鑑は塔子に耳打ちして囁いた。
「……みんなの前で見せる、落ち着いた態度も可愛いね。塔子ちゃん」
「!?」
こういった事は、普通は思っても言わないだろう。
しかし、北海道で『日本トップクラスに充実した日常生活を送って来た男』である
伊達鑑と言う人間は違う。素直に言ってしまうのだった。
「……な、何をいきなり言うのでしょうか……」
塔子は信者の手前、激しい突っ込みもできずに、顔を真っ赤にして顔を伏せるばかり。
鑑はその様子を見て楽しんだ。
「ところで、どんな仕事をしようとしてるの?」
「それはですね……」
塔子は目線をあげて少し考えた後、静かに語りだした。
「成田君を覚えていますか?鑑君と同じクラスで、
私に反抗的な態度を取っていた男の子です」
「うん、覚えてる。あのガタイのいい男子な。
凄く仲悪そうだったな」
「成田君はアンチ宗教なのです。成田君だけじゃありません。
成田家全員が無限幸福完全世界教を目の敵にしているのですよ」
「そうなんだ……」
意志の強い行動だと鑑は感心した。
こんなに町中が宗教で支配されてるのに、それに逆らって生きていく。
並大抵の事ではない苦労が待っているだろうな。
まさにその苦労を与えてるのが、この無限幸福完全世界教だ。
と、創始者は思った。
「成田君の家には反無限幸福完全世界教的看板がいくつも立てられています。
『宗教の勧誘お断り』とか『カルト宗教は町から去れ!』とかそういったメッセージですね」
「ほう……」
「それを見て、『信仰を共にする方々』がとても怒ったのです。
だから……」
「だから報復として6人で成田家の人間を全員ボコボコにするのか(恐怖)」
「違いますよ~。そんなわけないじゃないですかーもう……。これを見てください」
二人の信者が運んでいた木の板を指差した。
「何これ?」
「『信仰を共にする方々』の一部が、
その成田家の立て看板を壊してしまったのですよ。
なので、申し訳ないので新しい看板を作って来たのです」
「カンバンってまさか……」
「宗教の勧誘お断り看板です。寸分たがわず同一のものを作って参りました」
「おふっ!何でそうなるんだよ!」
塔子は自らを批判する看板を、自ら作って運んでいると言う事になる。
訳がわからない行動だ。
「人の家のものを壊す事はとても悪い事です。
そして、『信仰を共にする方々』は私達の教えを想うがあまりに行った行動です。
ならば私の責任なのです。
なので償いとして、私が謝罪しに行くのです。
その際に、弁償として同じものを用意するのは当然なのです」
塔子の言葉を聞くと、信者達は感激した様子だった。
「さすが塔子先生!」
「あの愚かな成田家にも慈悲の心を持たれるとは!
なんとお優しい方……」
「伝説にして語り継がなきゃ……」
(ええっ……)
鑑は信者のリアクションを見て、なんともいえない気持ちになったが、
なんとか言葉を一言だけ搾り出した。
「そ、そうですね」
鑑は突っ込みを抑えて、形だけの同意をした。
何分か歩くと、成田という名札の家の前に立った。
裏には山がある、高台の大きな一軒家だった。
「ん?」
鑑はこの家に見覚えがあったが、思い出せない。
塔子は玄関に看板を立て、成田家のチャイムを鳴らした。
「成田さん!壊した看板を持ってきました!成田さん!!」
ピンポーンピンポーンピンポーン
塔子はチャイムを何度も何度も激しく押した。
「謝罪しに来ました!家に入れてください!謝ります!看板弁償します!!
まずは家に入れてください!そしてお話させてください!!」
すると、成田家の窓が開き、一人の中年男性が出て来た。
「帰れ!!!」
怒りに満ちた顔で、一言だけ叫ぶと、顔を引っ込めてしまった。
その後は、家全体の窓を閉め、カーテンも閉めてしまった。
「ごめんなさい!成田さんごめんなさい!」
その後も塔子は謝りながらチャイムを何度も押したが、
何の反応もなかった。
信者達はそれを見て成田家に悪態をついた。
帰り際、塔子は落ち込んだ様子だった。
「ううっ!今日も受け取ってもらえませんでした……」
「こんな事もうしなくていいから……。成田さん家に超絶迷惑かけてるから……」
「そうですか……。うぅ、思いが伝わらず悲しいです……」
自分の家の宗教団体批判看板が、信者どもの手によって壊された。
そしたら、その教祖自ら寸分違わぬ看板を作り、
玄関に立て……謝罪して弁償するから家に入れろと言う。
家に入れたら何をされるのだろうか?
成田家からすると、謝罪どころか罠にしか見えない。
成田家の反応は当然の対応だった。塔子の行動は彼らにとって恐ろしすぎる……。
鑑には、むしろ警察を呼ばれないのが不思議に思えた。




