第120話 渓流の決着
大型個体が大きくよろめいた。
「今だよ!」
カケルが叫ぶ。ワサビ君の【舌撃】が顔面を打つ。大型個体の首がわずかに逸れた。
その隙へ、茶渋の【威圧】が重なる。
じったんたちは、上流側の通常個体三匹を押さえ続けているのでこちらへは呼べない。だからこそ、ここで崩しきるしかない。
「リアナさん、もう一回!」
「シルバー、【裂爪】! ラプティ、【鋼脚】!」
シルバーが前脚の傷口をさらに深く裂く。ラプティの蹴りが同じ側の横腹へ叩き込まれ、大型個体の体が大きく傾いだ。
そこへ前へ出ていた騎士二人の槍が、間を置かず突き込まれる。
だが、まだ倒れない。大型個体は喉の奥で低く唸り、尾を鞭のように振り抜いた。
「イガ、右!」
イガが【砂走り】で横へ滑る。カケルを乗せたまま、尾の軌道から外れた。
その反対側では、グリも大きく跳んで位置を変えている。リアナは身を伏せたまま、次の一撃を待っていた。
「ワサビ君、頭!」
岩棚の上から【舌撃】が走る。今度は目の近くを打たれ、大型個体の顔が大きくぶれた。
「茶渋、【威圧】!」
踏み込みが鈍る。
「シルバー!」
銀の軌跡が走り、【裂爪】が前脚の付け根へ食い込んだ。足が崩れたところへ、ラプティの【鋼脚】が横から入る。
巨体がついに前のめりになる。
「今、首の下です!」
カケルの声に、前へ出ていた騎士の槍が揃って伸びる。首の下へ二本、肩口へ一本。そこへワサビ君の【舌撃】がもう一度打ち込まれた。
大型個体の体が大きく揺れる。なおも尾が持ち上がる。
茶渋が喉元へ飛びついた。爪が深く入る。
大型個体はそのまま踏ん張りを失い、濡れた岩へ大きく崩れ落ちた。重い音が渓流へ響き、水しぶきが高く上がる。
カケルは短く息を吐いた。だが、まだ終わりではない。
右手側の岩場では、ヴィクトールがもう一体と渡り合っていた。
二体のサンダーウルフが左右へ散り、大型個体の意識を揺さぶる。片方が低く潜って前脚へ食らいつこうとすれば、もう片方が喉元へ迫る。大型個体は尾を振り回して迎え撃つが、二方向から崩され、狙いを絞りきれない。
その動きの上を、ヴィクトールが岩を蹴って駆けた。
「鈍い」
吐き捨てるように言い、身をひねって躱す。大型個体が噛みつこうと首を振った瞬間、ヴィクトールは次の岩へ飛び移り、さらに距離を詰める。
前脚に食らいついたサンダーウルフが引き、もう一体が喉元へ飛びつく。
大型個体の姿勢がわずかに沈んだ。
「そこだ」
ヴィクトールが踏み込む。
振り下ろされた一撃が首筋へ深く入る。血が噴き上がる。それでも大型個体はなお暴れ、尾を鞭のように振り回した。
だが、二体のサンダーウルフはもう離れない。
片方が喉元へ、もう片方が肩口へ食らいつき、巨体の動きを引きずり下ろす。
「無駄だ」
ヴィクトールが最後の一撃を叩き込む。大型個体の首が大きく傾ぎ、そのまま岩場へ沈んだ。
右手側も決着した。
その時、橋の前からグランツの声が飛ぶ。
「残りを押し切れ!」
橋の正面では、まだ通常個体との攻防が続いていた。
からしとみかんの補助を受けた召喚士たちは維持を立て直し、ハムとマカロニのそばを抜けた騎士たちも迷いなく前へ出る。
アイアンライノーが正面で受け、ブラックボアが押し込み、グレイウルフが側面へ回る。じったんが塞いでいた上流側の通常個体も、もう大型の援護には行けないまま、騎士団に順に押さえ込まれていく。
橋脚の手前で一体が崩れ、水際へ逃れようとした一体はダイスとチップに進路を乱され、押し戻されたところへ槍が入る。
最後の一体も、ワサビ君の【舌撃】で顔を振らされ、橋の中央で囲まれたまま押し切られた。
水音だけが残る。橋の前も、上流側の岩棚も、橋脚の陰も、もう動く影はない。
それでもカケルはすぐには気を抜かなかった。
「ピー太郎たち、【索敵】お願い。ベタたちは橋脚の下を最後まで見て」
四羽が空へ散り、ベタたちが水の気配を探る。
頭の中へナビゲーターの通知は響かない。
そこでようやく、カケルは長く息を吐いた。
「終わった……」
イガの背の上でそう漏らすと、すぐ横でリアナも肩の力を抜いた。
「終わったわね」
「そうだね。なんとか、ね」
グランツがこちらへ歩み寄ってくる。鎧には血と泥がついていたが、声は落ち着いていた。
「見事でした、カケル殿、リアナ殿。橋の安全確認に入ります」
「お願いします」
カケルが答えると、グランツは短く頷き、すぐに騎士たちへ指示を飛ばした。
橋の上、水際、岩棚。各所へ騎士たちが散っていく。封鎖を続けていた騎士隊へも、合図が送られたらしい。
少し離れた岩場では、ヴィクトールが返り血を払っていた。
「当然の結果だな」
尊大な口調はいつも通りだった。
カケルはそちらを見て、心の中だけで苦笑する。
橋は取り戻した。止まっていた通行路も、ようやく動き出す。
渓流を渡る風はまだ冷たかったが、さっきまでの張りつめた重さはもうなかった。
その時、ナビゲーターの通知が頭の中に響き始める。
『対象:ロックバジリスク(Bランク)の討伐を確認。個体数は十二です』
カケルは目を瞬かせた。
十二、つまり。
「……ヴィクトールさんが四体倒したから、全部で十六体もいたのか……」
思わず漏れた声に、リアナが目を丸くする。
「十六!?」
橋の前で騎士たちが息を呑む気配がした。
現地確認で見えていた数より多いとは思っていた。それでも、そこまでいたとは。
ぞくりとしたものが背を撫でる。もし騎士隊だけで踏み込んでいたら。そう考えるだけで、胸の奥が冷えた。
ナビゲーターの声はまだ止まらなかった。
『召喚獣:ワサビのレベルが40に上昇しました』
『召喚獣:茶渋のレベルが41に上昇しました』
『召喚獣:ピー太郎のレベルが37に上昇しました』
『召喚獣:ピー次郎のレベルが37に上昇しました』
『召喚獣:プー子のレベルが37に上昇しました』
『召喚獣:ペー子のレベルが37に上昇しました』
『召喚獣:ほっぺのレベルが37に上昇しました』
『召喚獣:イガのレベルが33に上昇しました』
『召喚獣:グリのレベルが33に上昇しました』
『召喚獣:じったんのレベルが33に上昇しました』
『召喚獣:ベタたちのレベルが28に上昇しました』
『召喚獣:からしのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:みかんのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:ダイスのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:チップのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:ミカドのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:シルクのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:ハムのレベルが26に上昇しました』
『召喚獣:マカロニのレベルが26に上昇しました』
次々に流れ込んでくる通知に、カケルは息を詰めた。これだけの数を、みんなでくぐり抜けたのだ。
肩の上に戻ってきたワサビ君が、いつものように落ち着いたまま静かに服を掴みなおす。少し離れたところでは、ほっぺが羽を鳴らした。
じったんはどっしりと地面に腹をつけ、イガとグリはまだ荒い息を残している。からしとみかん、ダイスとチップ、ミカドとシルク、ハムとマカロニも、それぞれの場所で無事だった。
胸の奥がじんと熱くなる。
そして、最後の通知が届いた。
『オーナー:カケル・モリシタの召喚士レベルが20に上昇しました』
冷たい風が吹き抜ける。けれど、もうそこにさっきまでの脅威はない。
橋は取り戻した。みんなも無事だった。そのうえで、自分はまた一つ先へ進めた。
カケルは静かに、けれど確かな実感を込めてまた息を吐いた。
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