第114話 王子と姫
侍従に案内されて通されたのは、城の奥に広がる庭園だった。
整えられた芝の向こうに、低い生垣と白い石畳の小道が続いている。季節の花が植えられた一角には、やわらかな陽が落ちていた。
その先に、子どもが二人いた。
一人は年上の少年。もう一人は、その少し後ろに立つ少女。侍従が恭しく名を告げる。
「第一王子、レオニス殿下。第一王女、シャルロッテ殿下にございます」
カケルとリアナは頭を下げた。
「カケル・モリシタです」
「リアナ・アルシュタインです」
レオニス王子は二人を見たあと、すぐにその足元と肩口へ目を向けた。
「それが召喚獣か」
「はい。茶渋と、ワサビ君です」
茶渋は静かに座ったまま、ワサビ君はカケルの肩の近くでじっとしている。
シャルロッテ王女は少し身を乗り出した。
「もっといるのでしょう?」
その言い方に悪意はない。ただ、自分が見たいものを見られるのが当然だと思っている響きがあった。
カケルは一礼した。
「はい。お見せします」
足元に光が広がる。
まず現れたのは、からし、みかん、ダイス、チップ、ミカド、シルク。続けてレン、ユズ、モモ、ウメ。さらにハムとマカロニ、じったん、ほっぺ。リアナもシルバーとラプティを呼ぶ。
庭園の空気が一気に変わった。
小さなモモンガたちが枝へ移り、茶渋は少しだけ場所を変え、じったんはいつも通りのんびりと首を動かす。ラプティが翼をたたんだまま芝の上へ下りると、レオニス王子がそちらへ目を向けた。
「大きいな」
「こちらはラプティです」
リアナが答える。
シャルロッテ王女は、ハムとマカロニのほうへ近づいた。丸い体と太いしっぽを見て、ほんの少しだけ頬がゆるむ。
「この子たち……変わっているのね」
「はい。でも、おとなしいですよ」
リアナがそばにつく。
シャルロッテ王女は手を伸ばしかけて、少し止まった。
「どう触ればいいの?」
リアナはしゃがみこみ、やわらかく言う。
「急に触るとびっくりします。まず、手を見せてあげてください」
「……こう?」
「はい。そうしていただけると、この子たちも安心します」
シャルロッテ王女がそっと手を差し出す。ハムがひげを揺らし、逃げずにそこへいた。リアナがうなずく。
「大丈夫です。やさしく触ってあげてくださいね」
シャルロッテ王女は、今度はそっと背を撫でる。
「こうしたら、この子たちは喜ぶのね」
「はい」
リアナは少しだけ微笑んだ。
その時、レオニス王子がラプティへ近づいた。
「こいつは鞍がついているから乗れるのか」
答えを待たず、翼の付け根を鷲掴みにする。
「ケー!」
ラプティが鳴いて、びくりと身を強ばらせた。
「おやめください!」
リアナの声が鋭く飛ぶ。
レオニス王子は手を止めたものの、納得した顔ではない。
「なぜだ。見せるために連れてきたのだろう」
「お見せするためです。乱暴にしていいわけではありません」
リアナがそう言う間に、レオニス王子から逃れたラプティは羽を震わせながらリアナの後ろへ下がる。シルバーも低く唸りそうになって、かろうじて堪えた。
レオニス王子は、今度はほっぺへ目を向けた。
「お前、こっちにこい」
ほっぺは近づかない。レオニス王子が一歩踏み出した瞬間、ぱっと飛んで離れた。
「僕が来いと言っているのだ! 逃げるな!」
大きな声に、ほっぺは「ピイーーー!」と鳴いて枝の上へ逃げる。
「殿下、おやめください。ほっぺが怖がっています」
カケルが声をかける。けれど、レオニス王子はそちらを見もしなかった。
「逃げるのが悪いだろう!」
レオニス王子は苛立ったように吐き捨て、それ以上ほっぺを追うのをやめた。
そのまま足元へ視線を落とす。
そこにいたのは、ゆっくりと芝の上を歩いていたからしだった。
レオニス王子は、その太いしっぽを見て眉をひそめる。
「なんだ、このぶよぶよしたしっぽは」
からしが足を止める。
次の瞬間、レオニス王子は面白がるように靴先を持ち上げた。
「こんなもの、こうしてやれば――」
カケルは反射で飛び込んだ。
鈍い衝撃が横腹へ入る。
息が詰まった。
庭園の空気が一瞬、止まる。
からしとみかんは身の危険を感じたのか、ぱっと向きを変えて離れた木陰へ走った。レンたちも枝の高い位置へ逃げ、ハムとマカロニは芝の上で固まっている。
一拍遅れて、カケルの中で何かが切れた。
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