第112話 新しい家族と孤児院
翌朝の借家は、少し静かだった。
いつも通りに動いているはずなのに、どこか噛み合っていない。カケルは朝の支度をしながら、ふと手を止めることがあった。昨日エアリスから聞いた話が、まだ胸の奥に沈んでいるのだろう。
リアナはその様子を見ていたが、正面から何か言うことはしなかった。代わりに、朝食の片づけが終わったところで、ぱんと手を打つ。
「ねえ師匠」
カケルが顔を上げる。
「新しい子たち、孤児院の子たちに見せに行きましょう」
少しだけ間があった。それからカケルは、小さく息を吐く。
「……うん。そうだね」
リアナはそこでようやく少し笑った。
「きっと喜ぶわ。あの子たち、絶対人気だもの」
「ガブ君は気をつけないとだけどね」
「ああ、それはそうね」
そう決まると、借家の空気は少し動いた。
ガブ君は何も知らずに椅子の脚のあいだを駆け回り、フクロモモンガたちは吊るしたポーチの中でもぞもぞしている。ハムとマカロニは藁の上から顔を出し、ひげを揺らした。
孤児院に着くと、庭先のほうからすでに子どもたちの声が聞こえてきた。
「今日も賑やかね」
リアナがそう言って門をくぐり、カケルも続く。
中へ入ったところで、二人はそろって少し足を止めた。そこにいたのはヴィクトールだった。
腕を組んだまま、いかにも得意げに子どもたちを前に立っている。どうやらまた孤児院へ顔を出していたらしい。
カケルたちに気づくと、ヴィクトールは眉を上げた。
「なんだ、お前たちか」
「兄様……今日はこっちに来てたのね」
リアナが言うと、ヴィクトールは鼻を鳴らす。
「当然だろう。貴族の務めだ」
さっきまでは男の子たちがヴィクトールのまわりに集まっていたらしい。けれど、カケルが新しい家族たちを連れてきたのに気づいた途端、そちらへ子どもたちの視線が流れた。
「わっ、新しい子!?」
「この子たちなんていうの?」
「ちっちゃい!」
子どもたちが一気に寄ってくる。
リアナが笑いながらしゃがみこんだ。
「ほら、慌てないの。順番よ」
カケルはまずガブ君を足元へ下ろした。細長い体がするりと前へ出るだけで、子どもたちの目が丸くなる。
「イタチ!?」
「そうだね、イタチの仲間だよ。ガブ君っていうんだ」
そう言ったそばから、ガブ君はぴょんぴょん跳ねはじめる。「クックック」と鳴きながらその場を跳ね回る細長い体に、子どもたちの声が上がった。
「すごい!」
「可愛い!」
「ながい!」
リアナがすぐに言い添える。
「でも、この子は噛むから気をつけてね」
「遊びだと噛みたがるんだよね」
カケルがそう言うと、子どもたちは一歩引きつつも目を離さない。
次にポーチから顔を出したのは、レン、ユズ、モモ、ウメだ。四匹がちょろちょろと高いところへ移るたび、今度は女の子たちのほうから歓声が上がる。
「見て見て、ちっちゃい!」
「わ! とんだ!」
「しっぽかわいい!」
そのままハムとマカロニを出した瞬間、空気が変わった。
「わあ……」
「なにあれ……」
丸い体に太いしっぽ。二匹が少し足を動かしただけで、女の子たちはすっかり夢中になっている。
ヴィクトールはそれを見て、一瞬だけ目を細めた。
だが次の瞬間には胸を張った。
「ふん。今日は久しぶりにサンダーウルフたちの勇姿を語ってやろうではないか。特別にな!」
その声に、男の子たちがぱっと振り向く。
「サンダーウルフ!?」
「また聞きたい!」
「強い魔獣の話!」
たちまち、そちらへ駆け戻っていく。
ヴィクトールは満足そうに頷いた。
「さすが男子たちだ! わかっているな!」
リアナが思わず吹き出す。
「なによそれ」
「当然だろう。強さの価値が分かるのはよいことだ」
そう言いながらも、ヴィクトールはちらりと女の子たちのほうを見ていた。そちらはそちらで、ハムとマカロニ、そしてモモンガたちに夢中のままだ。
カケルはその様子を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
孤児院の子どもたちは反応が素直だ。ガブ君が跳ねれば笑い声が上がり、モモンガたちが高いところへ移れば目で追い、ハムとマカロニが寄り添えばしゃがみこんで見つめる。
その輪の中で、ハムとマカロニはとくに慌てるでもなく、ただ部屋の隅から隅までを確かめるように動いていた。
一人の女の子が、そっと言う。
「この子たち、見てるとなんか落ち着く」
「ほんとだ」
別の子も、その場にぺたりと座りこんだ。
無理にスキルを使わせなくても、ただそこにいるだけで空気が丸くなる。カケルはそのことに気づいて、ハムとマカロニへ視線を向けた。
リアナも小さく頷く。
「やっぱり、あの子たちはこういう場所に合うわね」
そのころ、ヴィクトールのほうでは男の子たちを前に話が盛り上がっていた。
「そこでサンダーウルフが一歩前へ出たのだ! 普通の魔獣なら、あの時点で足がすくんでいたな!」
「すげー!」
「やっぱ強い!」
どうやら今日は機嫌がいいらしい。子どもたちが夢中で聞いているのを見て、話にも熱が入っている。
リアナがぼそりと漏らす。
「ほんと、単純よね」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ったもの」
そのやり取りに、近くの子どもたちまで笑った。
しばらくして、孤児院の人がお茶を持ってきた。
「今日はまたずいぶん賑やかですね」
穏やかな声だった。
カケルは頭を下げる。
「急に大勢連れてきてすみません」
「いいえ。みんな、ずっと楽しそうですから」
孤児院の人はそう言って、少しだけ目を細めた。
「昨日から、なんだか元気のない子もいたんです。でも今日はよく笑ってくれていて」
カケルはそこで、胸の奥の重さが少しだけ軽くなるのを感じた。
リアナが子どもたちの輪の中を見ながら言う。
「来てよかったわね」
カケルは、ハムとマカロニのそばでしゃがみこんでいる女の子たちを見た。
モモンガたちは高いところで落ち着き、ガブ君はガブ君で、今度は少し離れたところでひとり跳ねている。男の子たちはヴィクトールに群がったまま、サンダーウルフの話に夢中だ。
「……うん」
今度はすんなり、その言葉が出た。
帰るころには、子どもたちから「また来てね」がいくつも飛んだ。ヴィクトールだけは腕を組んだまま、
「次はもっと詳しく語ってやる」
と、なぜか上から言っていたが、その足元にはまだ男の子たちが群がっている。
孤児院を出たあと、リアナは横を歩きながらカケルを見た。
「ちょっとは顔が戻ったわね」
カケルは少しだけ苦笑する。
「そんなに分かりやすかった?」
「うん。わりと」
借家へ戻ると、しばらくして扉が叩かれた。きっちりとした制服姿の使いだ。差し出された封を見た瞬間、リアナが目を見開く。
「……ちょっと待って。それ、王家の紋章じゃない」
カケルは封筒とリアナの顔を見比べた。
「え?」
カケルが受け取り、封を切る。短く整った文面を目で追ったあと、思わず瞬きした。
「……王城に?」
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