第108話 それぞれの得意なこと
翌朝、借家の中は思ったより静かだった。
ガブ君は、昨夜カケルが布で作ってやったハンモックに細長い体を預けて寝ている。壁に吊るした小さなポーチの中では、フクロモモンガたちが身を寄せ合っていた。
部屋の隅に敷いた藁は、いつの間にか中央がくぼんでいて、そこにハムとマカロニがひっくり返って寝ている。
リアナは部屋を見回してから、小さく息を吐いた。
「……ずいぶん落ち着いたわね」
朝の支度を終えたカケルは、藁のほうへ目をやった。
「ハムたち、自分で寝床を整えたみたいだね」
「ほんとだわ。ちゃんとベッドみたいになってる」
その時、ハンモックの中でガブ君がもぞりと動いた。細長い体を伸ばしながら大きくあくびをして、そのまま勢いよく床へ飛び下りる。
次の瞬間には、「クックック」と鳴きながら、ぴょんぴょんと跳ね回っていた。
リアナが目を丸くする。
「朝から元気すぎない?」
ガブ君は返事の代わりみたいに、椅子の脚の間を抜け、棚の下へ潜り込み、また別の隙間へ消えていった。
カケルは少し笑う。
「寝起きからこれなんだよね」
ポーチの中では、モモンガたちがまだ身を寄せたままだ。ハムとマカロニも、まだ起ききっていないらしい。
カケルは部屋を見回し、それからリアナへ向き直った。
「今日はこの子たちのスキルを確認しようか」
「ええ。ちゃんと見ておきたいわ」
先に庭へ出たのはカケルだった。木箱を二つ並べ、その間に細い隙間を作る。さらに、その奥にもう一つ箱を置いて、まっすぐ抜けるだけでは届かない形にした。
ガブ君はすでに庭へ出ていて、足元の土を嗅いだり、石の陰へ鼻先を突っこんだりしている。
カケルはしゃがみ込み、箱の隙間を指さした。
「ガブ君、【潜入】」
名前を呼ばれたガブ君が、ぴたりと動きを止める。次の瞬間には、細長い体が隙間へ吸いこまれていた。
リアナが隙間の向こうをのぞきこむ。
「見た目より、ずっと狭いところに入れるのね」
ガブ君は木箱の奥からするりと抜け、今度は別の角度からまた入り直した。胴の長さを感じさせないくらい滑らかで、途中でつかえる気配もない。
カケルは庭の端に置いていた枝を持ち上げた。人の腕ほどの太さがある、乾いた枝だった。
「次はこれで見ようか」
リアナが少しだけ身を引く。
「噛むやつね」
「うん。近すぎなければ大丈夫かな」
枝を軽く揺らし、ガブ君の前へ出す。ガブ君は鼻先で一度触れ、それから一気に前へ出た。
「ガブ君、【咬撃】」
細い体が伸び、枝へ鋭く食いつく。
乾いた皮がばりっと裂けた。表面が大きくめくれ、深く歯が入っているのが分かる。
リアナが目を見開く。
「思ったよりずっと強いわね」
「うん。そのまま――ガブ君、【振り裂き】」
噛みついたまま、ガブ君が首をぶんと振る。
枝の皮がさらに剥がれ、食い込んだところから繊維が裂けた。細長い体なのに、動きは思った以上に力強い。
リアナは枝とガブ君を見比べる。
「潜って、噛んで、そのまま振るのね」
ガブ君はまだ楽しいらしく、もう一度枝へ飛びつこうとした。カケルが少し高く持ち上げると、その場でぴょんと跳ねる。
次にカケルは庭木のほうへ視線を向けた。壁から外したポーチを、そのまま木の低い枝へ掛け直してある。
「次はレンたちかな」
声をかけると、ポーチの口から小さな顔が順にのぞいた。最初に出てきたレンが、庭木の低い枝へよじ登る。続いてユズ、モモ、ウメもそれぞれ近くの枝へ移った。
「レン、ユズ、モモ、ウメ、【滑空】」
四匹は枝の上で飛ぶ先を見定めるように少しだけ動き、ほとんど間を置かずに散った。
最初に動いたのはレンだった。
小さな体がふわりと浮き、少し離れた低い枝へ滑るように移る。
「わっ」
リアナが思わず声を漏らす。
ユズもそのあとを追い、モモとウメは少し角度を変えて別の枝へ移った。
カケルは籠の中から赤い実を一つ取り出し、庭木の根元に置く。少し離れた別の場所には白い花を置いた。
「レン、あの赤い実を【採取】」
レンは枝から下り、迷いなく赤い実へ向かった。口にくわえると、そのまま木の枝を伝って戻ってくる。
「ちゃんと持ってきたわ」
リアナが感心したように言う。
「ユズ、今度は白い花を【採取】」
今度はユズだ。高い枝から下り、白い花だけをくわえて戻ってきた。
モモとウメにも違うものを置いて試してみると、四匹とも迷わず動いた。高い場所を使うのも、指定したものを見つけるのも苦にしないらしい。
「これなら採取でかなり頼れそうだね」
その時、モモがするりとカケルの肩へ下り、そのまま服の襟元へ潜り込んだ。
リアナが少し笑う。
「やっぱりそこ好きなのね」
「落ち着くんだと思う」
部屋へ戻ると、ハムとマカロニはすっかり目を覚ましていた。部屋の隅から隅まで、行ったり来たりしながら様子を確かめている。
ガブ君もまだ元気で、椅子の下へ潜ったり、茶渋に近づきすぎて軽く避けられたりしていた。
カケルは部屋の真ん中で立ち止まった。
「最後はハムたちだね」
ハムとマカロニがちょうど近くへ来たところで、カケルは静かに声をかけた。
「ハム、マカロニ、【空間緩和】」
二匹がひげを震わせ、その場で立ち止まる。
最初に変わったのは、空気だった。
部屋の中の重さが少しだけ抜ける。息を吸った時の感じが、さっきよりやわらかい。無理に何かが変わったわけではないのに、肩のあたりが自然と軽くなった。
リアナが瞬いた。
「……あれ」
カケルも静かに息をつく。
「少し、空気が軽いかな」
「そうね」
リアナはゆっくり頷いた。
「吸いやすいというか……なんだか楽だわ」
ガブ君はまだ動いている。けれど、その落ち着かなさが嫌なものに感じない。部屋の賑やかさが、そのまま少しやわらいだようだった。
カケルはもう一度、二匹へ声をかける。
「次は【安息】をお願い」
ハムとマカロニは寄り添うように並び、その場でちょこんと座った。
今度は変化がもっとはっきりしていた。
肩の力が抜けて、気持ちまで静かになる。部屋の音そのものがやわらかくなったようで、さっきまで跳ねていたガブ君の動きまで、少し丸く見える。
リアナがその場でふっと力を抜く。
「なにこれ、最高のスキルだわ……」
カケルは思わず笑った。
リアナはハムとマカロニを見つめたまま、小さく息をつく。
「これ、寝る前にやってもらいたいわ」
「それは良さそうだね」
ハムとマカロニはそんなことも気にせず、寄り添ったままひげを揺らしている。その見た目だけでも十分なのに、部屋の空気までこうなるらしい。
リアナは少しの間、二匹を見つめていた。
ガブ君はまた椅子の下へ潜り、レンたちは高いところへ戻っている。ハムとマカロニは部屋の真ん中で、何も知らないみたいな顔をしていた。
「採取は早めに試せそうかな」
リアナもそれには異論がなさそうだった。
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