第106話 積み重ねた二カ月
新年祭が終わってしばらくすると、リスティアの空気もまたいつもの落ち着きを取り戻した。
広場の飾りは外され、屋台の列も消える。賑わいの名残はまだ通りの端々に残っていたが、冒険者ギルドへ入れば、並んでいるのはもう祭り用の酒樽ではなく依頼票だった。
その日もカケルとリアナは、いつも通り受付へ向かっていた。依頼板を見るより先に、ミラが一枚の依頼票を差し出してくる。
「ちょうどよかったです。お二人に見ていただきたい依頼があるんです」
リアナが依頼票を受け取って目を落とす。
「最近はこういう遠方からの依頼が増えたわね」
「はい。索敵できる方はあまりいませんから」
カケルも横から依頼票をのぞきこんだ。
新たに見つかった鉱山、その内部確認と安全確保。報酬は普段より高い。距離もあるぶん、朝から出て日帰りぎりぎりになりそうだ。
「鉱山ですか」
ミラが頷く。
「新しく鉱山が見つかった場合、まずは冒険者が中を確認するんです。鉱山夫の方たちに危険がないように、先に魔獣の有無や反応を見ておきたいそうで」
「なるほど」
リアナが依頼票を指先で軽く叩く。
「師匠向きってことね」
カケルは小さく笑った。
「うん。ヤモリたちも動きやすそうかな」
ミラが依頼票を押さえたまま続ける。
「索敵が得意な召喚士がいると聞きつけた鉱山主の方から依頼が来ました」
「分かりました。受けます」
ギルドを出る頃には、空気はまだ冷たかった。新年を越えても冬はすぐには緩まない。けれど、二人の足取りは軽かった。
鉱山までは、イガとグリ、それにラプティへ分かれて乗って向かった。冬の空気を裂くように三体が駆けるたび、街道脇の枯草が揺れる。
鉱山へ着くと、入口の前には鉱山夫たちと荷を下ろした馬車が止まっていた。坑道の前には木組みの支えがまだ新しく、掘り始めて間もないことがすぐに分かる。
依頼主の男は二人と家族たちを見て、どこかほっとした顔をした。
「来てくれて助かった。中を本格的に掘り進める前に、一度見てもらいたくてな」
「妙な音がしたって話でしたよね」
「ああ。昨日、入口近くを整えてたやつが、奥のほうで羽音を聞いたって騒ぎになった。暗くてよく見えなかったらしいが、上のほうから何かが一斉に飛んだそうだ。あんなのが潜んでるなら、鉱山夫はまだ入れられねえ」
リアナが坑道の口を見上げる。
「どんな魔獣か見えたの?」
「そこまでは分からなかったそうだ。ただ、天井近くだったとは言ってたな」
カケルは坑道の奥へ目を向けた。
坑道へ入る前に、カケルはまずヤモリたちへ視線を向けた。
「ミカド、シルク、【夜間索敵】で確認してきて」
二匹がすっと奥へ消える。少し間を置いてから、今度は壁際を見る。
「ダイス、チップは【壁走り】で壁と天井沿いを見てほしい」
オオバクチヤモリたちが岩肌へ張りつくように散っていく。
その動きを見届けてから、カケルは入口の少し内側へ目をやった。
「飛ぶ相手みたいだから、ここに糸を張ろうか」
リアナもすぐに頷く。
「ええ。外へ逃げて、後から戻ってこられても面倒だわ」
「キョロ、チョロ、ここに【蜘蛛の糸】をお願い」
リーガルジャンピングスパイダーたちが素早く跳ね、坑道の幅に合わせて糸を渡しはじめる。
最後に、カケルはほっぺへ目を向けた。
「ほっぺは合図したら外から【呼び寄せ】だよ」
リアナもシルバーの首筋へ手を置く。
「シルバーは入口側で待って。下がってきたのを仕留めるわよ」
ラプティは坑道の外れで待機させた。飛ぶ相手では、ラプティも追い込みはできないからだ。
カケルはワサビ君へも声をかける。
「ワサビ君、お願い」
身体がふわりと大きくなったワサビ君は、坑道の入口の内側、地面へ低く構えた。
坑道の中は、外よりずっと冷えていた。足音と呼吸が岩に反って返ってくる。少し進んだところで、ミカドたちがぴたりと止まった。
その直後、ナビゲーターの声が響く。
『対象:ストーンバットの反応を捕捉しました。前方十五メートル、天井付近に六体、さらに奥に四体、ランクはDです』
カケルが上を見上げる。
「ストーンバット……コウモリ系か。天井にいるみたいだ」
リアナもすぐに視線を上げた。
「全然見えないわね」
「岩肌に紛れてるんだと思う。ミカド、シルク、そのまま見て。ワサビ君は上をお願い」
少し遅れて、天井の灰色の塊が一つ動いた。
カケルは振り返った。
「ほっぺ、【呼び寄せ】」
甲高い呼び声が坑道へ響く。
その瞬間、張りついていた灰色の影がいくつも剥がれ、羽音が一気に膨れた。暗い天井から飛び立った群れは、左右へ揺れながら低く散ろうとする。だが、入口の内側へ張られた糸が先に待っていた。
何匹かが【蜘蛛の糸】へ突っこみ、羽を絡めてばたつく。
「シルバー!」
銀の影が踏み込む。糸にかかった一体がそのまま裂かれ、続けてもう一体も落ちた。茶渋も低く駆け、床近くへ下がった個体を爪で叩き落とす。
まだ数匹が高い位置を保ったまま、糸にかからず奥へ逃げようとした。
「ワサビ君、【舌撃】!」
ワサビ君の舌が鋭く飛ぶ。天井近くを抜けかけた一体が打ち落とされ、続けてもう一体も壁際へ叩きつけられた。
羽音はまだ止まらない。右の壁際を抜けようとした数匹が急に向きを変え、そのまま奥へ散ろうとした。
『対象:ストーンバットの反応を捕捉しました。前方八メートル、右側の横穴に四体、ランクはDです』
「まだ右にいる!」
リアナの声に、シルバーが即座に身を翻す。横穴の前へ飛びこみ、出かけた一体をそのまま切り裂いた。茶渋も後を追い、低く落ちた個体を仕留める。
「【舌撃】!」
また舌が飛ぶ。横穴の上を抜けようとした最後の一体が叩き落とされ、そのまま羽音が途切れた。
坑道には静けさが戻った。
リアナが息を吐く。
「思ったより多かったわね」
「でも、奥へ散らばる前に片づけられたかな」
クレスたちはもう少し先の天井を見ている。バクチヤモリたちも壁の上で止まり、動かない。
「他にはいないみたいだね」
その言葉で、ようやく鉱山夫たちも肩の力を抜いた。
坑道を出ると、依頼主の男が何度も頷いた。
「助かった。あんなに魔獣が住み着いてたんだな」
「新しく横穴が出たら、また最初に確認を入れたほうがいいと思います」
「分かった。そうする」
報酬袋を受け取り、二人はまたイガたちの背へ戻った。帰るころには、もう日が傾きはじめていた。
それからも二人は、年明けの依頼を休まずこなしていった。
森の奥でフォレスト・ウルフの群れを仕留める依頼では、ほっぺの【呼び寄せ】で動きをまとめ、キョロとチョロの糸が逃げ道を塞いだ。ラプティは地上を回って戻り道を切り、前へ押し返されたところをシルバーと茶渋が仕留める。低木の影へ潜った個体には、ワサビ君の【舌撃】が迷いなく伸びた。
夜の見回りでは、ミカドたちの【夜間索敵】が何度も役に立った。暗い畑道の先で気配を拾い、ダイスとチップが壁や木の幹を走って位置をつなぐ。からしとみかんが【魔力備蓄】で支えたおかげで、長い警戒でもカケルの消耗は浅いままだった。
採取隊の護衛では、イガとグリが荷車の脇を固めた。足場の悪い森道でも進みが鈍らず、じったんが最後尾で大きく構えているだけで、後ろへ回りこもうとした魔獣たちは勢いを失った。
街道沿いの遠征依頼も増えた。遠くの村や採掘場、森の端。近場の討伐だけではなく、先に反応を拾い、どこが危ないのかを見てほしいという話が少しずつ回ってくる。
ギルドで依頼票を受け取るたび、ミラが言葉を添えることもあった。
「こちら、索敵込みでお願いしたいそうです」
「カケルさんたちなら、と」
ヴォルガンは相変わらず短かったが、それでも依頼を回す時だけは余計な説明を省かなかった。
「鳥と小型組を見込んだ話だ」
「夜の警戒が要る」
「遠いが、そのぶん報酬はいい」
二人はそういう依頼を選び、なるべく家族たちを戦闘に参加させながら動き続けた。
茶渋だけで終わらせず、ワサビ君にも届く役目を。鳥たちだけで済ませず、ジャンピングスパイダーやヤモリたちにも場を作る。リアナも、シルバーとラプティのどちらか一方へ寄せるのではなく、二体が噛み合う形を崩さなかった。
依頼を重ねるごとに、動きは少しずつ洗練されていく。
そうして新年を迎えてから二カ月ほどが過ぎたころ、二人は森の端で最後の一体を仕留めた。
シルバーが喉を鳴らし、茶渋が前足を払う。少し遅れて、ワサビ君の舌が戻った。
その直後、カケルの脳裏へナビゲーターの声が続けて響く。
『対象:フォレスト・バイパー(Dランク)の討伐を確認。』
『オーナー:カケル・モリシタの召喚士レベルが19に上昇しました』
『新たな召喚枠「小哺乳類」が解放されます』
「……師匠?」
リアナがこちらを見る。
カケルは小さく息を吐いた。
「俺のレベルが上がったみたい」
「ほんと!?」
ぱっと顔を明るくしたリアナが身を乗り出す。カケルは頷き、それから少しだけ目を細めた。
この世界に来て、もう一年ほどが経っていた。
また家族と再会できる時が来たらしい。
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