第101話 食い止める
北側外縁の森際で、騎士団が一斉に散った。グランツの指示で、前へ出る者、右へ回る者、左を警戒する者が迷いなく持ち場へ入る。
ハルトのスカイホークが上で大きく旋回した。ハルトがすぐに声を張る。
「前方に反応です!」
その声に重ねるように、カケルが前を見たまま口を開いた。
「右前方およそ二十メートルに八体、左前方およそ三十メートルに三体です。さらに奥にも反応があります」
グランツが即座に命じる。
「ダリオ、正面へ出ろ! ベッカーはその後ろだ! ユリウスは右へ回れ! 左は広げるな、その場で止めろ!」
「はっ!」
騎士たちが散る。
「平民! 私は勝手にやらせてもらうぞ!」
ヴィクトールが二頭のサンダーウルフを従えたまま前へ出る。本隊とは少し距離を取り、そのまま右外側へ回っていった。
カケルもすぐに声を飛ばした。
「数が多い……リアナさん、右をお願い。ラプティは【追い込み】で正面へ戻して」
「まかせて。ラプティ、【追い込み】!」
「ケー!」
ラプティが低く地を蹴る。シルバーもその横を走った。
「キョロ、右前の一匹の前脚へ【蜘蛛の糸】。チョロはその左、広がるのをふさいで」
二匹のジャンピングスパイダーが地を跳ね、木から木へ走る。
「ほっぺ、左へ開いた三匹を【呼び寄せ】で引いて」
ほっぺが高く舞い上がり、左へ流れた群れの前へ回る。
「イガ、右へ回る一匹の前へ【砂走り】。グリはその横を塞いで」
二匹のフトアゴヒゲトカゲが落ち葉の上を滑るように走った。
「じったん、ここ。前に来たやつは【重装甲】で止めて」
じったんが低く構える。その後ろの太い木を見上げ、カケルは短く言った。
「ワサビ君、巨大化。あの木に登って待機して」
ワサビ君の体が一気に膨らむ。爪が幹へ食い込み、そのまま太い枝の分かれ目まで登った。下を見下ろす位置でぴたりと止まる。
「じったんが止めたやつを【舌撃】で狙って」
ワサビ君の片目が前を向いた。
「茶渋、正面の二匹へ【威圧】!」
茶渋が低く唸った。
次の瞬間、木立を押し分けるようにして最初の一匹が飛び出した。
分厚い首。丸太のような前脚。冬毛に覆われた灰白の体。ツキノワグマをひと回り大きくした程度なのに、群れになると圧が違う。右にも左にも、まだいる。
ダリオのアイアンライノーが前へ出る。
「来ます!」
「正面を止めろ!」
グランツの声が飛ぶ。
アイアンライノーが真正面からぶつかった。鈍い衝突音が響く。
正面の一匹が勢いを殺された瞬間、その右を回ろうとした別の一匹の前脚へキョロの糸が絡んだ。体勢を崩したところへイガが【砂走り】で前へ滑り込み、さらに横からグリが入る。
行き先を失った一匹が、正面へ向きを変える。
「ベッカー、今です!」
「ブラックボア、押せ!」
ブラックボアが重い体で前へ出る。押されたスノーグリズリーの体勢が崩れた。
「マルク!」
「はい!」
シャドウリンクスが低く飛び、崩れた首元へ食らいつく。
左側では、ほっぺの【呼び寄せ】に気を取られた三匹がじわりと正面へ寄っていた。だが、そのうちの一匹が急に向きを変え、本隊の横へ回ろうとする。
カケルがすぐに声を飛ばす。
「リアナさん、右へ回る二匹の後ろをお願い。ラプティは【追い込み】で戻して」
「ラプティ、右の二匹よ! 【追い込み】!」
「ケー!」
ラプティが大きく外を回り、横へ流れた二匹の進路を切る。
一匹がラプティへ向き直る。そこへ待っていたシルバーが横から飛び込み、喉元へ食らいついた。
「茶渋、正面の二匹へ【威圧】!」
茶渋が前へ出る。低く鋭い圧が走り、正面から踏み込もうとしていた二匹の足が鈍る。
その時だった。
左から一匹が大きく前へ出る。騎士団の前列を外れ、最後の線へ真っすぐ向かってくる。
「じったん、前! 【重装甲】で止めて!」
じったんが低い体で前へ出る。スノーグリズリーの体当たりがぶつかり、鈍い音が響いた。
「ワサビ君、今! 【舌撃】!」
太い枝の上から舌が閃く。狙いは目の下だった。
鋭く打ち抜かれたスノーグリズリーが顔を振り、体勢を崩す。
「マルクさん、お願いします!」
「はい!」
シャドウリンクスが低く飛び込み、傷を負った首元へ食らいつく。直後、じったんの後ろから騎士団員が槍を突き出し、スノーグリズリーが地へ崩れた。
カケルはすぐに次の位置を読む。
「奥にもいます! 右前方およそ五十メートルからさらに五体です!」
グランツが即座に振り返る。
「本隊は前へ出るな! ここで止める!」
「はっ!」
前へ押し込めば、目の前の群れは削れる。だが後続が来れば、隊列が伸びる。その瞬間に横から崩される。カケルも同じ判断だった。
「ここから前へ出ないほうがいいです。右を狭めます」
グランツが短く頷く。
「お願いします」
カケルはすぐに声を飛ばした。
「キョロ、右端の一匹の前脚へ【蜘蛛の糸】! チョロはその左、広がるのをふさいで!」
糸が走る。右端の一匹が前脚を取られ、わずかにたたらを踏んだ。
「イガ、その一匹の前へ【砂走り】! グリはその横、左へ向かせて!」
二匹が地を裂くように走る。進路を変えられた一匹が、正面へ寄る。
「ほっぺ、左の三匹を【呼び寄せ】で引いて! 本隊から離しすぎないで!」
ほっぺが低く飛び、左へ開いた三匹の視線を奪う。
「リアナさん、右の三匹を戻して! ラプティは【追い込み】で正面へ!」
「わかったわ! ラプティ、【追い込み】!」
ラプティが再び外を回る。押され、止められ、向きを変えられたスノーグリズリーたちが、じわじわと正面へ寄せられていく。
そこへグランツの命令が重なった。
「ダリオ、正面を保て! ベッカー、押しすぎるな! 止まったやつから落とせ!」
「はっ!」
アイアンライノーが一歩も引かずに前を受ける。ブラックボアはその後ろで力を溜め、止まった瞬間だけ押し込む。
「マルク!」
「はい!」
シャドウリンクスが二匹目へ飛びかかった。
右から戻された一匹へ、今度はシルバーが噛みついた。茶渋も横から飛び込み、【爪撃】を入れる。
一匹、また一匹と数が削れていく。だが、終わらない。
ハルトのスカイホークが上で旋回した。カケルは前を見たまま言う。
「あと十一体……本隊で五体、右でヴィクトールさんが二体倒してくれてる。それでも、まだ半分も減ってない……」
グランツの声が鋭くなる。
「前列、下がるな! ここで止め続けろ!」
その時にはもう、ヴィクトールは動いていた。
「サンダーウルフ、右を落とせ」
二頭のサンダーウルフが本隊の外側を走る。騎士団の隊列には入らない。だが、右端から大きく回り込もうとした一匹へ、鋭く飛びかかった。
一匹が悲鳴を上げて倒れる。
ヴィクトールは本隊を見ず、自分の獲物だけを見ていた。それでも、その一撃で右の圧が少し減る。
カケルは一瞬だけそちらを見て、すぐ前へ戻した。
「茶渋、正面の一匹へ【威圧】!」
「ほっぺ、左の三匹を【呼び寄せ】!」
「リアナさん、右へ回った一匹を戻して!」
「ラプティ、【追い込み】!」
声が重なる。騎士団の号令も、その間を縫うように飛ぶ。
「前を空けるな!」
「止めろ!」
「押せ!」
「仕留めろ!」
森際の狭い空間で、スノーグリズリーの群れは何度も向きを変えさせられた。
正面へ寄せられたやつから削る。横へ回るやつは戻す。奥から来る後続は、手前の群れに進路を塞がせる。
前へ押し込みすぎず、止めると決めた場所から動かない。その戦い方で、群れの勢いが鈍り始めた。
マルクが一匹。
左の槍隊が一匹。
ユリウスのグレイウルフとサンダーウルフが右でさらに一匹。
数が目に見えて減っていく。
「あと七体です!」
カケルが声を上げる。グランツが即座に返した。
「押し切る! ダリオ、一歩前! ベッカー、合わせろ!」
「はっ!」
アイアンライノーが前へ出る。ブラックボアがそれに重なり、正面の二匹をまとめて押した。
「今だ、落とせ!」
シャドウリンクスが飛び込み、まず一匹。そこへ茶渋が横から入り、【爪撃】でさらに一匹を崩す。
「あと五体!」
右ではリアナがすぐに動く。
「ラプティ、右の二匹! 【追い込み】!」
ラプティが外から圧をかけ、二匹の進路を切る。戻された一匹へシルバーが噛みつき、その横へ槍が突き込まれた。
もう一匹はキョロの糸で足を取られ、グリが横から入る。そこへユリウスのグレイウルフが飛びついた。
「あと三体!」
残った三匹は、もう群れとしての勢いを失っていた。
一匹は正面。
一匹は左。
一匹は右へ。
だが、どこへ動いても持ち場がある。
「じったん、左!」
じったんが前へ出て【重装甲】で止める。
「ワサビ君、左へ【舌撃】!」
上から舌が閃き、左の一匹が顔を振った。
「槍、とどめを!」
左の騎士団員が二人、じったんの後ろから突き込む。そこへマルクのシャドウリンクスが入り、一匹が倒れた。
正面の一匹へは、茶渋の【威圧】。足が鈍ったところへブラックボアが押し、グランツの声が飛ぶ。
「落とせ!」
槍と爪が重なり、二匹目が崩れる。
残るは右の一匹だけだった。だが、その一匹はまだ前へ出ようとする。
ワサビ君の【舌撃】が入っても、止まりきらない。マルクは遠い。槍も半歩遅い。
カケルの声が鋭く飛んだ。
「じったん、【粉砕】!」
じったんが短く噴気音を漏らし、スノーグリズリーの横腹へ噛みつく。そのまま重い体をひねり、激しく回った。
分厚い冬毛の下で肉が裂ける。血が飛ぶ。
食いちぎられた一部が地へ落ち、スノーグリズリーが苦鳴を上げて大きく崩れた。
「とどめを!」
カケルの声に、槍持ちの騎士がじったんの後ろから突き込む。そこへ遅れてシャドウリンクスも飛び込み、とどめを刺した。
最後の一匹が地に伏し、森際に静けさが落ちた。
グランツが周囲を見渡す。
「ハルト、索敵しろ。他のものはけが人の確認だ」
「はっ!」
ハルトのスカイホークがすぐに上へ上がる。騎士たちも一斉に動き出した。
太い木の上では、巨大化したワサビ君がゆっくりとこちらを見下ろしている。
リアナがラプティの首元を撫でた。
「止めきれたわね……」
カケルは前を見たまま、小さく頷いた。
「うん。何とか倒しきれたね」
右側では、ヴィクトールが二頭のサンダーウルフの背に手を置いていた。本隊のほうは見ない。
だがその足元には、彼が倒したスノーグリズリーが転がっている。
やがて上空から戻ってきたスカイホークを見上げ、ハルトが声を上げた。
「新たな反応はありません!」
その報告に、張りつめていた空気がようやく少しだけ緩んだ。
グランツがやって来る。その顔は硬いままだったが、声ははっきりしていた。
「村へ被害を出さずに済みました。ご助力感謝いたします、カケル殿」
「いえ。皆さんが止めてくれたからです」
グランツは短く頷いた。
「ここまで抑えきれて、騎士たちも軽傷で済んだ……スノーグリズリー相手に、今までなかったことです」
それだけ言って、すぐに部下たちへ向き直る。
「油断するな! 倒れたやつも確認しろ! 負傷者を先に下げる!」
「はっ!」
騎士たちが再び動き出す。
重傷者を出さなかったと聞き、カケルは知らず知らずのうちに溜まっていた息を吐きだした。
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