第100話 備えの先
訓練を終えた一行は、森を出て騎士団の訓練場へ戻った。
詰め所の前の土の広場には、武具を外さないまま騎士たちが集まっていく。誰も勝手に話し込まず、呼ばれた位置へ素早く動いていた。
グランツは前へ出ると、全体を見渡した。
「今日の動きを整理します。召喚士は前へ。非召喚士も、自分の持ち場に分かれて立て」
「はっ」
騎士たちがすぐに並び直す。
グランツは言った。
「先ほど崩れかけたのは二度です。一度目は、右を見る者と仕留める者が同じ相手を見たこと。二度目は、前で受ける位置が決まる前に押し込んだことです。この二つは次から先に潰します」
ベッカーが一歩前へ出る。
「正面は、受ける位置が決まってから押したほうがよさそうです」
ユリウスも続いた。
「右を止める役は、仕留める役と少し離したほうが動きやすいと思います」
ダリオがアイアンライノーの首を軽く叩いた。
「受ける役は最初から決めておいたほうがいい。毒持ち相手ならなおさらです」
グランツはカケルへ目を向けた。
「カケル殿。何かありますか」
カケルは口を開いた。
「俺は、自分の召喚獣のスキルを把握してるので、その場に合わせて使い分けています。だから皆さんも、互いに何ができるのか、どのスキルが使えるのかを知っておいたほうが、状況に合わせて臨機応変に動きやすいと思います」
グランツはすぐに頷いた。
「たしかに」
そして部下たちへ向き直る。
「召喚士は全員、自分の召喚獣のスキルを申告し、それを書き出せ。非召喚士も、自分が受け持つ動きを確認しろ。全員で共有する」
「はっ」
グランツは近くの騎士へ指示を飛ばす。
「板を出せ。書記も二人つけろ」
すぐに木板と筆記具が運ばれてくる。
召喚士たちが順に前へ出て、自分の召喚獣のスキルを申告し始めた。書記役の騎士がそれを書き留め、板へ整理していく。
非召喚士たちも、斥候、受け、槍で止める役、仕留め役の補助といった持ち場を書き込んでいった。
グランツは板へ目を通しながら言う。
「強い者が前に出ること自体は変わらん。だが、強い者が同じ場所へ重なれば、空く場所ができる。そこを埋めるために、互いを知って連携しろ」
「はっ」
整理が終わると、グランツはカケルへ向き直った。
「本日はここまでにします。明日で最後となると思いますが、よろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そのまま一行は辺境伯邸へ戻った。屋敷へ着くと、使用人たちが無駄のない動きで迎え入れる。前日と同じく客間が用意されていた。
夕食のあと、少ししてから控えの者が訪れた。
「辺境伯閣下がお呼びです」
カケルとリアナは応接室へ向かった。扉の向こうには、辺境伯が一人でいた。
二人が一礼すると、辺境伯はすぐに口を開いた。
「訓練の話は聞いた。形にはなり始めたようだな」
「はい。皆さん、吸収が早いです」
辺境伯は小さく頷いた。
「当然だ」
そのまま、リアナへ目を向ける。
「お前も見たな」
「はい」
「なら覚えろ。強さは振るうだけでは足りん。どこで使うかを誤れば、守れるものも守れなくなる」
「はい」
辺境伯は視線をカケルへ戻した。
「今日は休め」
二人は一礼して部屋を出た。
────
翌朝。まだ日が高くなる前から、屋敷の空気が慌ただしかった。
廊下を急ぐ足音。扉の向こうで交わされる短い声。
いつもより明らかに人の動きが多い。
カケルが身を起こすのと、ほぼ同時だった。扉が叩かれる。
「カケル殿、リアナ様! 至急、広間へ!」
二人はすぐに外へ出た。
広間へ駆け込むと、すでに辺境伯とグランツ、それに何人もの騎士が集まっていた。全員の顔つきが硬い。
辺境伯が二人を見て告げる。
「北側の見張りから報告だ。スノーグリズリーの群れが現れた」
グランツが続ける。
「数はまだ確定しておりません。ただ、見張り台ひとつがすでに壊されました」
広間の空気が一気に張りつめる。
辺境伯はグランツへ視線を向けた。
「騎士団を出せ。北側の外縁で止めろ。村へ近づけるな」
「はっ」
辺境伯はそのままヴィクトールへ目を向ける。
「ヴィクトール、お前も行け」
背後に控えていたヴィクトールが、わずかに口元を上げた。
「……承知しました、父上」
最後に、カケルとリアナを見る。
「お前たちにも、戦力として動いてもらう」
「はい」
グランツが一歩前へ出る。
「伝令を走らせろ。北側の詰め所にも知らせろ。先行隊は出発準備。その他は十分で整えろ」
「はっ」
騎士たちが一斉に散る。カケルとリアナもすぐに客間へ戻り、最低限の支度だけを済ませた。
広間へ戻ると、騎士団はもう整列していた。前日と今日の訓練に出ていた者たちが中心に立ち、その後ろへ他の騎士たちが続く。
召喚士だけでなく、槍を持つ者、盾を持つ者、斥候役の者も揃っていた。
グランツが全体へ声を張る。
「前日組は前へ。後発へ持ち場を伝えろ。現地に着いてから確認する時間はない」
「はっ」
前列の騎士たちがすぐに動く。ハルトが後方の騎士へスカイホークの合図を伝え、ベッカーはブラックボアを出す位置を確認し、ダリオは前へ出る騎士へ間合いを示していた。
その列から少し離れたところで、ヴィクトールが二頭のサンダーウルフの背に手を置き、前を向いていた。
やがてグランツが短く命じる。
「出るぞ!」
屋敷の門が開く。
乗れるものは召喚獣にまたがり、ほかの者は馬に乗って北へ急いだ。ヴィクトールは二頭のサンダーウルフを従え、本隊の少し横を進む。カケルはイガに、リアナもラプティに乗って隊列に続いた。
朝の冷気が頬を打つ。しばらく北へ進んだところで、前方から馬を飛ばした伝令が戻ってきた。
「報告します! 北側外縁、第二見張り台の先で痕跡多数! 家屋被害はまだありませんが、森寄りの柵が一部破損しています!」
グランツが即座に問う。
「村人の避難は」
「完了しています!」
「よし」
グランツは足を止めずに命じる。
「斥候は前へ。先行隊は止める場所を確認しろ。後続は隊列を崩すな」
「はっ」
数名が前へ出る。
ハルトのスカイホークが高く上がった。少しして、ハルトが声を張る。
「前方に反応です!」
それを聞いた斥候が前へ走る。戻ってきた顔は硬かった。
「右に最低でも八体! 左にもまだいます!」
グランツが振り返る。
「ダリオ、前へ。ベッカーはその後ろ。ユリウスは右へ回れ。ハルトは上を維持。マルクは止まったやつだけを見ろ」
「はっ!」
召喚士たちがそれぞれ前へ出る。非召喚士も一緒に持ち場へ散る。
カケルも茶渋たちの位置を考えながら前方を見た。
まだ姿は見えない。だが、木々の向こうで枝が揺れ、重い足音が近づいてくる。
リアナがシルバーの首元へ手を置いた。ラプティも前を見据えたまま、低く息を鳴らす。
グランツが手を上げる。
「ここでやつらをくい止める」
全員の足が止まる。
前方の木立が大きく揺れた。次の瞬間、森の奥から唸るような咆哮が響いた。
スノーグリズリーだ。
木々の間から、分厚い体つきの影が次々に現れる。
グランツの声が落ちた。
「来るぞ」
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