第8話「元秘書という最強の味方」
記者たちの質問が、止まらない。
「桐生さん、週刊誌との癒着について、説明してください!」
「情報操作の指示は、いつから行っていたんですか!」
「水瀬さんを陥れるために、どれくらいの期間、計画していたんですか!」
桐生は、マイクの前で口を開いたり閉じたりしていた。
言葉が、出てこない。
顔は青白く、額には汗が浮かんでいる。
私は、自分の席に座り直した。
柊弁護士が、小さく頷いた。
——完璧だ、という合図。
でも、まだ終わりじゃない。
私には、もう一つ、提示すべきものがある。
「あの……」
会場の後方から、声が上がった。
記者たちが、一斉に振り返る。
そこに立っていたのは——本間だった。
私の元秘書。
いや、今も秘書として働いている彼女。
彼女は、震える手でマイクを持っていた。
「私からも、お話しさせていただきたいことがあります」
会場が、静まった。
桐生の顔が、さらに青ざめた。
本間は、ゆっくりと前に進み出た。
「私は、水瀬莉央さんの秘書として三年間働いてきました。そして……桐生蓮さんと、週刊誌記者の南條さんから、莉央さんの情報を流すよう依頼されました」
会場が、どよめいた。
フラッシュが、本間を照らす。
彼女は、目を伏せた。
「最初は、断りました。でも……」
彼女の声が、震えた。
「南條さんから、私の過去の……言いたくないことを暴露すると脅されました。それで、私は——」
本間は、言葉を詰まらせた。
私は、椅子から立ち上がった。
会場の注目が、私に集まる。
私は、本間の方を向いた。
「本間さん」
彼女は、顔を上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「今、ここで話してくれて、ありがとう」
本間の目が、見開かれた。
「え……」
「あなたが脅されていたこと、私は知ってた」
私は、静かに言った。
嘘だ。
一周目では、知らなかった。
でも、二周目で調べた時、彼女が脅迫されていたことがわかった。
南條は、本間の過去——学生時代の些細なトラブルを掘り起こし、それをネタに情報を引き出していた。
だから、彼女も被害者だった。
「本間さんは、私を裏切ったわけじゃない。脅されて、仕方なく従っただけ」
私は、会場全体に向けて言った。
「責められるべきは、脅迫した側です」
記者たちが、メモを取る。
カメラが、本間を映す。
そして——桐生を映す。
彼は、もう何も言えない状態だった。
本間は、震える声で続けた。
「実は……私、すべてを録音していました」
会場が、再び静まった。
本間は、鞄から小さなICレコーダーを取り出した。
「南條さんとのやり取り、桐生さんからの指示、すべて録音してあります」
彼女は、レコーダーを掲げた。
「これを、今日、莉央さんに渡そうと思って……会場に来ました」
私は、本間の元に歩み寄った。
彼女は、レコーダーを私に差し出した。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
彼女の目から、涙がこぼれた。
私は、レコーダーを受け取った。
そして、彼女の肩に手を置いた。
「謝らなくていい。あなたは、よくやってくれた」
本間は、泣き崩れた。
私は、彼女を支えながら、会場に向き直った。
「このレコーダーには、桐生蓮、南條、そして桐生家の顧問弁護士・滝川の三名が、私を陥れるために共謀していた証拠が記録されています」
私は、レコーダーを掲げた。
「後ほど、すべて公開します」
会場が、沸いた。
記者たちが、一斉に質問を投げかける。
「水瀬さん、それは本当ですか!」
「顧問弁護士まで関与していたんですか!」
「桐生さん、何か反論は!」
桐生は、立ち上がった。
でも、足がふらついている。
「私は……その……」
彼の声は、震えていた。
「誤解です……私は、ただ……」
「誤解?」
私は、静かに言った。
「では、このレコーダーの内容も、誤解だと?」
桐生は、何も言えなくなった。
彼の隣にいた広報担当者が、慌てて立ち上がった。
「本日の会見は、これで終了とさせていただきます!」
でも、記者たちは引き下がらない。
「待ってください! 桐生さん、説明してください!」
「水瀬さん、追加で質問を!」
私は、マイクの前に立った。
「質問があれば、お受けします」
一人の記者が、手を挙げた。
私が見ると——鏑木だった。
「水瀬さん、これらの証拠を、なぜ今まで公開しなかったのですか?」
私は、彼の目を見た。
この質問は、想定内だ。
私は、答えた。
「公開するタイミングを、待っていました」
「タイミング?」
「はい。もし事前に公開していたら、証拠を隠滅されたり、別の形で妨害される可能性がありました。だから、この記者会見という公の場で、すべてを明らかにすることにしました」
鏑木は、頷いた。
そして、次の質問。
「では、水瀬さんは最初から、この展開を予想していたということですか?」
私は、少しだけ微笑んだ。
「……予想、というよりも——準備していました」
会場が、静まった。
記者たちが、私を見つめる。
私は、続けた。
「私は、社長令嬢として生きてきました。守られて、甘やかされて、何も知らない女だと思われていたかもしれません」
私は、桐生を見た。
彼は、うつむいたままだった。
「でも、私も学びました。この世界では、感情だけでは勝てない。準備と、証拠と、冷静さが必要だと」
私は、会場全体を見回した。
「今日、私がここに立っているのは、復讐のためではありません。真実を明らかにするためです」
フラッシュが、私を照らす。
でも、もうまぶしくない。
この光は、私を照らす正義の光だ。
「以上です。ご清聴ありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。
会場が、拍手に包まれた。
一周目では、ありえなかった光景。
私は、顔を上げた。
父が、後方の席から立ち上がり、拍手していた。
柊弁護士も、笑顔で頷いている。
鏑木は、カメラを構えたまま、親指を立てていた。
そして——本間は、涙を流しながら、小さく笑っていた。
私は、彼女の肩を抱いた。
「ありがとう、本間さん。あなたは、最強の味方だった」
本間は、泣きながら頷いた。
「莉央さん……本当に、ごめんなさい……」
「もう、謝らないで。これからは、一緒に前を向こう」
会見場を出る時、私は一度だけ振り返った。
桐生は、まだ椅子に座ったままだった。
広報担当者が、彼に何か話しかけている。
でも、彼は何も答えていない。
ただ、呆然としているだけ。
私は、背を向けた。
もう、彼を見る必要はない。
戦いは、終わった。
私の勝利で。




