表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

第7話「婚約者の嘘、初手で潰します」

スタジオライトの下、桐生蓮が深く頭を下げた。


会場が静まり返る。


記者たちのペンを持つ手が、一斉に止まった。


「本日は、皆様にご報告があり、この場を設けさせていただきました」


桐生の声は、低く、誠実そうに響く。


一周目と、まったく同じトーン。


まったく同じ、演技。


彼は顔を上げ、カメラ目線で言った。


「私、桐生蓮は、婚約者である水瀬莉央との婚約を、本日をもって解消いたします」


会場が、ざわついた。


フラッシュが、一斉にたかれる。


記者たちが身を乗り出し、カメラのレンズが私に向けられる。


私は、表情を変えなかった。


ただ、静かに前を向いている。


一周目では、この瞬間、私は唇を噛んでいた。


でも今回は、違う。


「婚約解消の理由ですが——」


桐生は、少し間を置いた。


演出だ、と私は思った。


記者たちの注目を、最大限に集めるための。


「私個人の不徳ではなく、婚約者側の言動に起因するものです」


会場が、再びざわついた。


記者の一人が、手を挙げた。


「具体的には、どのような言動でしょうか?」


桐生は、困ったような表情を作った。


「……詳細は控えさせていただきますが、企業間の信頼関係を損なう行為がありました」


「それは、水瀬コーポレーション側の問題ということですか?」


「そのように、解釈していただいて構いません」


記者たちのペンが、一斉に走る。


私は、隣に座る柊弁護士を、チラリと見た。


彼は、小さく頷いた。


——まだだ。


桐生に、もっと話させる。


嘘を、積み重ねさせる。


その方が、後で崩した時の効果が大きい。


「水瀬さんとの関係は、当初は良好でした」


桐生は、続けた。


「しかし、次第に価値観の相違が見え始め……私としても、家族としても、このまま結婚に進むことは困難だと判断しました」


別の記者が、質問した。


「価値観の相違とは?」


「たとえば、企業経営に対する考え方です。水瀬さんは、やや……感情的な判断をされることが多く、それがビジネスの場で問題になることがありました」


感情的。


私は、その言葉を聞いて、心の中で笑った。


一周目では、この言葉が世論を決定づけた。


『社長令嬢、感情的な性格が原因で婚約破棄』


そんな見出しが、翌日のネットを埋め尽くした。


でも今回は——。


「それでは、水瀬さんにもお話を伺いたいのですが」


記者の一人が、私にマイクを向けた。


「本日の婚約破棄について、どうお考えですか?」


私は、ゆっくりと顔を上げた。


カメラが、私を映している。


全国に、リアルタイムで。


私は、静かに言った。


「少し、よろしいですか」


会場が、静まった。


記者たちが、一斉に私を見る。


桐生の表情が、わずかに変わった。


——予定外だ、という顔。


一周目では、私は何も言わなかった。


だから、彼は驚いている。


私は、マイクを自分の方に引き寄せた。


「本日の婚約破棄について、私からもお話しさせていただきたいことがあります」


「え……ああ、はい。どうぞ」


司会者が、慌てて答えた。


私は、柊弁護士に目配せした。


彼は、立ち上がり、会場後方のスタッフに合図を送った。


プロジェクターが、起動した。


スクリーンに、何かが映し出される。


記者たちが、一斉にそちらを見た。


そこに映っていたのは——メールだった。


桐生蓮から、取引先担当者へ送られたメール。


日付は、一週間前。


内容は——。


『水瀬との契約は、記者会見後に見直す予定です。婚約解消により、水瀬コーポレーションとの関係も再考せざるを得ない状況になります』


会場が、凍りついた。


記者たちが、一斉にカメラを構える。


フラッシュが、スクリーンを照らす。


桐生の顔色が、変わった。


「これは——」


彼が何か言おうとした瞬間、私は続けた。


「このメールは、本日の記者会見が開かれる一週間前に送られたものです」


私の声は、冷静だった。


感情を、一切込めていない。


ただ、事実を述べているだけ。


「つまり、桐生さんは一週間前——いえ、おそらくもっと前から、婚約破棄を計画していました」


記者の一人が、立ち上がった。


「水瀬さん、これは本物ですか?」


「はい。メールのヘッダー情報も含め、すべて保存してあります。必要であれば、第三者機関による検証も可能です」


私は、柊弁護士を見た。


彼は、頷いた。


「こちら、弁護士の柊と申します。本メールの真正性については、私が証明できます」


会場が、再びざわついた。


桐生は、マイクに手を伸ばした。


「それは……経営判断として、念のため取引先に状況を説明しただけで——」


「では、こちらもご覧ください」


私は、彼の言葉を遮った。


スクリーンが、切り替わる。


今度は、別のメール。


送信者は——週刊誌記者、南條。


宛先は、桐生蓮。


内容は——。


『水瀬莉央に関する情報、引き続きお願いします。記事の方向性は、こちらで調整します。"感情的な令嬢"というラインで進めますので、それに沿った情報をいただけると助かります』


会場が、騒然とした。


記者たちが、一斉に立ち上がる。


「桐生さん、これはどういうことですか!」


「週刊誌と組んで、情報操作をしていたんですか!」


質問が、飛び交う。


桐生は、顔面蒼白になっていた。


「それは……私は、そんな指示は——」


「こちらの返信メールには、桐生さんのアドレスから送信された内容が含まれています」


私は、淡々と続けた。


「『了解しました。秘書の本間から、追加情報を提供します』と」


スクリーンが、再び切り替わる。


今度は、本間から南條へ送られたメール。


私のスケジュール。


私的な会話の記録。


そして——「莉央さんは、最近感情的になることが多い」という、嘘の報告。


会場の空気が、完全に変わった。


記者たちの視線が、桐生に集中する。


彼は、もう何も言えなくなっていた。


私は、マイクに向かって静かに言った。


「私が感情的だと言われました。でも、これらの証拠を見ていただければわかる通り——感情ではなく、計画的に私を陥れようとしていたのは、どちらでしょうか」


会場が、静まり返った。


カメラが、桐生と私を交互に映す。


私は、立ち上がった。


「以上が、私からの説明です。質問があれば、お受けします」


記者たちが、一斉に手を挙げた。


でも、私は桐生を見た。


彼は、椅子に座ったまま、うつむいていた。


一周目では、私がこの姿だった。


でも今回は、立場が逆転している。


私は、静かに微笑んだ。


初手で、潰した。


彼の嘘を。


彼の計画を。


そして——彼の立場を。


記者会見は、まだ続く。


でも、勝負はもう——ついている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ