第65話『終幕』
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社長就任から半年が経った。
秋も深まり、オフィスの窓から見える街路樹が美しく色づいている。
「副社長、今月の業績報告です」
佐藤部長が資料を持って、副社長室を訪れた。
私は今も「副社長」と呼ばれることが多い。
社長就任後も、父が会長として残っているため、社内では「副社長」という呼び方が定着していたのだ。
ただ、正式な肩書きは「代表取締役社長」であり、経営の最終決定権は私にある。
「ありがとうございます」
資料に目を通すと、今月の売上は前年同期比で115%。
利益率も向上している。
「素晴らしいですね」
「ええ。環境配慮型製品ラインが好調で、国内外からの注文が増えています。特に欧州市場での評価が高く、EcoMartからは追加契約の打診も来ています」
「それは嬉しいニュースですね」
「従業員満足度調査の結果も出ました。総合満足度は85%で、前回の調査から10ポイント上昇しています」
「本当に?」
「はい。特に『経営陣への信頼』の項目が大幅に改善しました。莉央社長のリーダーシップが評価されているようです」
佐藤部長がそう言って、少し照れくさそうに笑った。
「みんなのおかげです。私一人では、ここまで来られませんでした」
「いえ、莉央社長が先頭に立って走ってくださったからこそ、私たちもついてこられたんです」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
佐藤部長が深く頭を下げて、部屋を出て行った。
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午後、私は本間常務と会議室で打ち合わせをしていた。
「莉央社長、企業価値評価の結果が出ました」
本間常務が資料を広げる。
「水瀬コーポレーションの現在の企業価値は、約500億円と評価されています」
「500億円……」
「ええ。半年前と比べて、約20%の上昇です。業績の向上、従業員満足度の改善、そして社会的評価の向上が、企業価値の上昇に繋がっています」
「それは素晴らしいですね」
「ええ。莉央社長の手腕が認められた結果です」
本間常務がそう言って、満足そうに微笑んだ。
「ところで、莉央社長。柊弁護士との婚約を、社内外に公表する準備はできていますか?」
「ええ、準備はできています」
実は、先週の取締役会で、柊との婚約を正式に報告していた。
取締役全員が祝福してくれて、社内外への公表も承認された。
「では、来週の月曜日に、プレスリリースを出しましょう。併せて、社内向けにも発表します」
「分かりました」
私は少し緊張しながらも、頷いた。
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その週末、私は母と一緒に都内の宝飾店へ向かった。
「婚約指輪、一緒に選びましょう」
母がそう言って、私を誘ってくれたのだ。
「お母さん、ありがとう」
「何言ってるの。娘の婚約指輪を一緒に選ぶのは、母親の楽しみなのよ」
母は嬉しそうに笑った。
宝飾店に入ると、店員さんが丁寧に案内してくれた。
「婚約指輪をお探しですか?」
「ええ、そうです」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
店内の奥にある専用ルームへ案内され、様々なデザインの指輪を見せてもらった。
「莉央、どれがいい?」
「うーん……」
私は一つ一つ手に取って、眺めた。
そして、シンプルで上品なデザインの指輪に目が留まった。
「これ、素敵ね」
「ああ、それは当店のオリジナルデザインです。プラチナにダイヤモンドを一粒あしらったシンプルなデザインですが、品があって人気の商品です」
「莉央らしいわね」
母がそう言って、微笑んだ。
「じゃあ、これにします」
「かしこまりました。サイズをお測りしますね」
指輪のサイズを測り、納品日を確認した後、私たちは店を出た。
「莉央、本当に幸せそうね」
母が私の手を握りながら言った。
「うん、幸せだよ」
「柊さんは、本当にいい人ね。莉央を大切にしてくれそう」
「うん。柊さんは、私を全力で支えてくれるって言ってくれたの」
「そう……よかったわ」
母の目に涙が浮かんでいた。
「お母さん?」
「ごめんね。嬉しくて……」
母は涙を拭いながら、笑った。
「莉央、幸せになってね」
「うん。絶対に幸せになるよ」
私も母を抱きしめた。
二人で抱き合いながら、涙を流した。
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翌週の月曜日。
水瀬コーポレーションの公式サイトに、プレスリリースが掲載された。
「代表取締役社長・水瀬莉央、弁護士・柊慎一郎氏との婚約を発表」
プレスリリースには、二人の写真と共に、婚約の経緯が簡潔に記されていた。
社内でも同時に発表され、全社員にメールが送られた。
「おめでとうございます、社長!」
「幸せになってくださいね!」
社員たちが次々と祝福の言葉をかけてくれた。
佐藤部長、田中部長、鈴木主任、そして中村顧問も祝福してくれた。
「莉央社長、本当におめでとうございます。柊弁護士は素晴らしい方です。お二人ならきっと、幸せな家庭を築けるでしょう」
中村顧問がそう言って、温かく微笑んだ。
「ありがとうございます」
私は涙が溢れそうになるのを堪えながら、笑顔で答えた。
午後、父が副社長室を訪れた。
「莉央」
「お父さん」
父は私の前に座り、真剣な表情で言った。
「よくやった」
「お父さん……」
「お前は、本当に立派に成長した。社長として、娘として、誇りに思う」
父がそう言って、私を抱きしめてくれた。
「お父さん、ありがとう」
私は父の胸で泣いた。
一周目の人生では、父との関係が壊れてしまった。
でも、二周目のこの人生では、父との絆を取り戻すことができた。
「幸せになれよ、莉央」
「うん。絶対に幸せになるよ」
父も涙を流しながら、私の頭を撫でてくれた。
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その夜、私は柊と電話で話していた。
「莉央さん、今日はお疲れさまでした。プレスリリース、見ましたよ」
「うん。みんなが祝福してくれて、嬉しかった」
「僕も、事務所のみんなから祝福されました」
「よかったね」
「ええ。莉央さん、僕たち、本当に幸せですね」
「うん。本当に」
私は胸に手を当てた。
そこには、祖母のペンダントがある。
「柊さん、私ね、全てを取り戻したって実感してるの」
「全てを?」
「うん。家族との絆、会社の未来、そして柊さんとの愛……一周目の人生で失ったもの全てを、二周目で取り戻せた」
「莉央さん……」
「だから、もう何も怖くない。これからは、全力でこの人生を生きていくよ」
「ええ。僕も、莉央さんと一緒に、全力で生きていきます」
柊の声が、優しく響いた。
「ありがとう、柊さん」
「こちらこそ、ありがとう、莉央さん」
電話を切った後、私は窓の外を見つめた。
夜空には満月が輝いている。
その光が、部屋を優しく照らしていた。
「おばあちゃん、見てる? 私、全部取り戻したよ」
私はペンダントに手を当てて、静かに呟いた。
「これから先も、後悔のない人生を生きるよ」
窓の外から、風が優しく吹いてきた。
まるで、祖母が微笑んでいるかのように。
私は涙を拭って、笑顔を浮かべた。
「ありがとう、おばあちゃん」
そして、机に向かって、明日からの予定を確認し始めた。
新しいプロジェクトの計画。
結婚式の準備。
家族との時間。
全てが、これから始まる未来への一歩だ。
「さあ、次へ進もう」
私は静かに誓った。




