第59話『黒崎の逮捕』
翌朝、私は早めに会社に向かった。
今日、黒崎が逮捕される。
鏑木記者からの情報では、午前中に検察が動くという。
私は、副社長室のテレビをつけ、ニュースを見ていた。
午前九時、テレビに緊急速報のテロップが流れた。
『速報 著名投資家・黒崎康介氏を脱税容疑で逮捕』
私は、息を呑んだ。
画面が切り替わり、黒崎の自宅前に集まった報道陣が映し出される。
アナウンサーが、緊迫した声で伝える。
「東京地検特捜部は、本日午前八時、著名投資家の黒崎康介氏を、所得税法違反と証拠隠滅の容疑で逮捕しました」
画面には、黒崎が検察官に連行される姿が映し出された。
スーツ姿の黒崎は、うつむいたまま、報道陣のフラッシュの中を歩いていく。
かつて、あれほど自信に満ちていた男が、完全に打ちのめされている。
「検察によると、黒崎氏は海外のペーパーカンパニーを利用して、約十億円の所得を隠し、脱税していた疑いがあるとのことです」
アナウンサーが続ける。
「また、国税局の調査に対して、関連資料を隠滅しようとした疑いもあり、検察は証拠隠滅の容疑も視野に入れています」
その時、副社長室のドアがノックされた。
「失礼します」
本間常務と柊が入ってくる。
「副社長、ご覧になりましたか?」
本間常務が尋ねる。
「はい……今、見ています」
柊が、私の隣に座る。
「莉央さん、ついに……終わりましたね」
私は静かに頷く。
テレビでは、経済アナウンサーが解説を続けている。
「黒崎氏は、長年にわたり『ハゲタカ投資家』として金融業界で影響力を持っていましたが、今回の逮捕により、その影響力は完全に失われることになります」
画面が切り替わり、経済評論家が登場する。
「これは、『黒崎時代の終焉』と言えるでしょう。彼の逮捕により、金融業界の健全化が進むことが期待されます」
午前十時、私は全社員を集めて、報告を行った。
社員たちが、会議室に集まってくる。
「皆さん、既にご存知かと思いますが、黒崎康介氏が本日朝、検察に逮捕されました」
社員たちから、驚きと安堵の声が漏れる。
「黒崎氏は、当社の株式を買い集め、私たちに攻撃を仕掛けてきました。しかし、彼の不正が明らかになり、法の裁きを受けることになりました」
私は、深く息を吸う。
「これで、黒崎氏の脅威は完全になくなりました。私たちは、安心して経営に専念できます」
社員たちから、大きな拍手が起こる。
「しかし、忘れないでください。私たちが勝ったのは、皆さん一人一人の努力があったからです」
「品質の高い製品を作り、顧客の信頼を得て、業績を向上させてきた。その積み重ねが、黒崎氏の攻撃から会社を守ったのです」
私の言葉に、社員たちは真剣な表情で頷く。
「これからも、共に前進していきましょう。水瀬コーポレーションの未来は、明るいです」
「はい!」
社員たちの声が、会議室に響き渡った。
午後、私は柊と共に、父の社長室を訪れた。
「お父さん、黒崎が逮捕されました」
父は、窓の外を見つめながら答える。
「ああ、見たよ。長い戦いだったな」
「はい……」
父が振り返り、私を見つめる。
「莉央、お前は本当によくやった。会社を守り、社員を守り、そして正義を実現した」
父の言葉に、私は胸が熱くなる。
「でも、お父さん……私、複雑な気持ちなんです」
「複雑?」
「はい。黒崎さんは確かに悪いことをしました。でも、彼の人生が崩壊していくのを見るのは、辛いです」
父は、優しく微笑む。
「莉央、それがお前の優しさだ。そして、その優しさこそが、お前の強さでもある」
「お父さん……」
柊が口を開く。
「水瀬社長、莉央さんは本当に素晴らしい方です。正義のために戦い、しかし相手を憎まない。そんな人は、なかなかいません」
父は頷く。
「柊さん、莉央をよろしく頼む」
「もちろんです」
柊が、私の手を握る。
夕方、私は鏑木記者から連絡を受けた。
「水瀬副社長、お疲れ様でした。黒崎氏の逮捕、見事でしたね」
「鏑木さん、ありがとうございました。あなたの報道がなければ、ここまで来られませんでした」
「いえ、水瀬副社長の勇気ある情報提供があったからこそです」
鏑木記者の声は、満足げだった。
「今回の件で、私は改めて思いました。正義を実現するためには、勇気ある人々の行動が必要だと」
「ありがとうございます」
「水瀬副社長、これからも、社会正義のために戦ってください」
「はい。頑張ります」
その夜、私は柊と都内のレストランで夕食を取った。
「莉央さん、長い戦いでしたね」
柊が、ワイングラスを傾けながら言う。
「はい……でも、ようやく終わりました」
「正義は勝ちました。莉央さんのおかげです」
柊の言葉に、私は首を横に振る。
「いいえ、みんなのおかげです」
「柊さん、お父さん、本間常務、社員の皆さん、そして鏑木さん。たくさんの人たちの協力があったから、勝てたんです」
「莉央さんは、本当に謙虚ですね」
柊が微笑む。
「でも、それが莉央さんの魅力です」
私は、少し照れる。
「柊さん、これからはどうなるんでしょうか?」
「どう、というと?」
「黒崎さんは、これからどうなるんでしょうか」
柊は、少し考えた後、答える。
「おそらく、実刑判決を受けるでしょう。十億円規模の脱税と、証拠隠滅。これは重罪です」
「そうですか……」
私は、複雑な表情を浮かべる。
柊が、優しく言う。
「莉央さん、あなたは本当に優しい人ですね。敵であった黒崎氏のことを、まだ気にかけている」
「私……冷たい人間にはなりたくないんです」
「わかっています。それが、莉央さんです」
柊が、私の手を握る。
「これからは、新しい未来を築いていきましょう。黒崎氏のことは、もう過去です」
「はい」
帰宅すると、母が待っていてくれた。
「莉央、お疲れ様。黒崎さんのこと、見たわよ」
「うん……」
母は、私を抱きしめてくれる。
「莉央、あなたは本当によく頑張ったわ」
「お母さん……」
「これで、安心して眠れるわね」
母の温かさに、私は涙があふれた。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
黒崎が逮捕された。
長い戦いが、ついに終わった。
私は、祖母のペンダントを握りしめる。
「おばあちゃん、終わったよ。黒崎さんとの戦いが」
ペンダントが、優しく輝く。
スマートフォンが振動する。
柊からのメッセージだ。
『莉央さん、今日も本当にお疲れ様でした。あなたは、正義を実現しました。誇りに思ってください。そして、これからは、私たちの未来を一緒に築いていきましょう。愛しています』
私は微笑み、返信する。
『ありがとう、柊さん。あなたがいてくれたから、ここまで来られました。これからも、一緒に歩んでいきましょう。愛しています』
メッセージを送信し、私はスマートフォンを置く。
黒崎との戦いは、完全に終わった。
勝ったけど、これで良かったのか。
その問いは、まだ心の片隅に残っている。
しかし、私は前を向く。
過去を悔やむのではなく、未来を創る。
それが、私の使命だ。
翌朝、出社すると、社員たちが明るい表情で迎えてくれた。
「副社長、おはようございます!」
「おはようございます」
「黒崎氏の逮捕、本当に良かったですね」
若い社員が、嬉しそうに言う。
「はい。でも、これからが本番です。会社を成長させていくために、皆で頑張りましょう」
「はい!」
午前中、本間常務が副社長室を訪れた。
「副社長、黒崎氏の逮捕により、業界内での当社の評価が上がっています」
「どういうことですか?」
「当社が、黒崎氏の攻撃に屈せず、正義を貫いたことが、高く評価されているのです」
本間常務の説明に、私は少し驚く。
「それは……嬉しいことですね」
「はい。これを機に、新規取引の問い合わせも増えています」
「わかりました。しっかりと対応していきましょう」
午後、父が私を呼んだ。
「莉央、少し話がある」
「何でしょうか、お父さん」
父は、真剣な表情で言う。
「莉央、お前に社長を継いでもらいたい」
私は、驚いて言葉を失う。
「お父さん……」
「お前は、この危機を乗り越え、会社を守った。もう、お前に任せても大丈夫だ」
父の言葉に、私は胸が一杯になる。
「でも、お父さん……私、まだ三十歳です」
「年齢は関係ない。お前には、実力がある」
父は、私の肩に手を置く。
「莉央、お前なら大丈夫だ。自信を持ってくれ」
私は、深く息を吸う。
「わかりました、お父さん。頑張ります」
「よし、それでこそ、わしの娘だ」
父が、優しく微笑む。
その夜、私は一人で、オフィスの窓辺に立った。
東京の夜景が、眼下に広がっている。
黒崎との戦いは終わった。
そして、新しい時代が始まろうとしている。
私が社長になる。
その重責は、とてつもなく大きい。
しかし、私は恐れない。
なぜなら、私には仲間がいるから。
父、母、柊、本間常務、そして全ての社員たち。
皆が支えてくれるから。
私は、前を向いて進む。
どんな困難が待っていても、恐れない。
それが、私の覚悟だ。
私は、祖母のペンダントを握りしめる。
「おばあちゃん、新しい時代が始まるよ」
ペンダントが、優しく輝く。
黒崎との戦いは終わった。
そして、私の新しい戦いが、これから始まる。
社長として、会社を成長させていく。
その使命を、私は全うする。
深呼吸をして、私はオフィスを出る。
明日から、新しい人生が始まる。
私は、準備ができている。
未来へ、前進する。




