表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

第6話「記者会見は戦場だと私は知っている」

記者会見、前日。


私は、会社の会議室で柊弁護士と向かい合っていた。


時刻は、午後八時を回っている。


テーブルの上には、想定問答集、証拠資料、そして——明日のシナリオ。


「もう一度、確認するぞ」


柊は、ペンを手に取った。


「桐生が婚約破棄を宣言した後、記者たちが君に質問を投げかける。その時、君は何と答える?」


私は、資料を見ずに答えた。


「『少しよろしいですか』と、発言の機会を求めます」


「その後は?」


「『本日の婚約破棄について、私からもお話しさせていただきたいことがあります』と前置きして、証拠資料の提示を始めます」


柊は、頷いた。


「順番は?」


「まず、桐生から送られてきたメール。取引先への根回しの内容。次に、週刊誌記者・南條とのやり取り。そして、秘書・本間が情報を流していた証拠」


「提示の方法は?」


「プロジェクターで、画面に映します。記者たちにも、印刷した資料を配布します」


柊は、チェックリストに印をつけた。


「感情的な発言は?」


「しません」


「もし、桐生が反論してきたら?」


「冷静に、事実だけを述べます。『こちらが証拠です』と」


柊は、ペンを置いた。


「……完璧だ」


「本当に?」


「ああ。ただし——」


柊は、私の目を見た。


「明日、本当にそれができるかどうかだ」


「できます」


「根拠は?」


私は、少し躊躇した。


そして、言った。


「……私、あの会見を、もう一度経験したくないんです」


柊は、眉をひそめた。


「もう一度?」


「言い方が悪かったです。つまり——失敗は、もう許されないってことです」


柊は、しばらく私を見つめていた。


そして、小さく頷いた。


「わかった。なら、信じよう」


彼は、資料をまとめ始めた。


「明日は、午後二時開始だったな」


「はい」


「一時半には、会場に入れ。プロジェクターの動作確認と、資料の配置を確認する」


「わかりました」


「それと——」


柊は、鞄から小さなICレコーダーを取り出した。


「これを、ポケットに入れておけ。会見の一部始終を録音する。後で、証拠になる」


私は、レコーダーを受け取った。


「ありがとうございます」


「礼はいらん。これは、戦いだ。勝つための準備をしているだけだ」


柊は、立ち上がった。


「じゃあ、明日。早めに来い」


「はい」


会議室を出た後、私はエレベーターホールで立ち止まった。


スマホを取り出すと、いくつかのメッセージが届いていた。


一つは、桐生から。


『明日、よろしくね。緊張すると思うけど、大丈夫。僕がちゃんとフォローするから』


私は、画面を見つめた。


フォロー。


笑わせる。


彼がするのは、フォローじゃない。


処刑だ。


でも、今回は——処刑されるのは、彼の方だ。


私は、返信しなかった。


次のメッセージは、鏑木から。


『明日、最前列で待ってます。資料、しっかり撮影できる位置を確保しました』


私は、短く返信した。


『ありがとうございます。よろしくお願いします』


そして、最後のメッセージ。


父からだった。


『莉央、明日は俺も会場に行く。心配するな。お前は、お前の言葉で話せ』


私は、目を閉じた。


一周目では、父はこのメッセージを送ってこなかった。


いや——送ってきたのかもしれない。


でも、私が見なかった。


見る余裕が、なかった。


今回は、違う。


私は、返信した。


『お父さん、ありがとう。大丈夫。今回は、ちゃんと戦える』


送信。


エレベーターが到着し、ドアが開いた。


私は、中に入った。


鏡に映る自分を見る。


顔色は、悪くない。


目に、迷いはない。


私は、準備ができている。


その夜、自宅に戻った私は、ベッドに横たわった。


でも、眠れなかった。


明日の会見のシミュレーションが、頭の中で何度も再生される。


桐生が、マイクの前で婚約破棄を宣言する。


記者たちが、私に質問を投げかける。


私が、手を挙げて発言を求める。


そして——証拠を、提示する。


一周目とは、違う結末。


私は、スマホを手に取った。


画面を開き、保存してある動画を再生する。


それは、一周目の記者会見——ではない。


そんなものは、存在しない。


でも、私の記憶の中には、鮮明に残っている。


あの日の屈辱。


あの日の無力感。


あの日の——沈黙。


私は、動画を止めた。


いや、止めたのは、ただの黒い画面だった。


実際には、何も映っていない。


でも、私には見える。


あの会見が。


あの悪夢が。


「もう、繰り返さない」


私は、スマホを置いた。


目を閉じ、深呼吸する。


明日は、戦場だ。


でも、私は恐れない。


なぜなら——私は、戦い方を知っているから。


翌日、午後一時。


私は、ホテルの会見場に到着した。


スーツは、ネイビー。


髪は、きっちりとまとめた。


メイクは、控えめに。


感情を見せない、冷静な女性として。


会場に入ると、すでにスタッフが準備を進めていた。


長テーブル、椅子、マイク、プロジェクター。


すべて、一周目と同じ配置。


私は、自分の席——テーブルの端を確認した。


そして、スタッフに声をかけた。


「すみません、プロジェクターの動作確認をさせていただけますか?」


スタッフは、少し驚いた顔をしたけれど、すぐに頷いた。


「どうぞ」


私は、USBメモリを取り出し、プロジェクターに接続した。


画面に、資料が映し出される。


メールのスクリーンショット。


契約書類。


週刊誌とのやり取り。


すべて、問題なく表示された。


私は、USBメモリを抜き、ポケットにしまった。


「ありがとうございます」


スタッフに礼を言い、私は会場の後ろに移動した。


記者たちが、少しずつ入場し始めている。


その中に——鏑木の姿があった。


彼は、最前列の席に座り、カメラを構えていた。


私と目が合うと、彼は小さく頷いた。


私も、頷き返した。


そして、入口の方を見ると——父が入ってきた。


スーツ姿で、いつもの厳格な表情。


彼は、私を見つけると、ゆっくりと近づいてきた。


「莉央」


「お父さん」


「準備は、できてるか」


「うん」


父は、私の肩に手を置いた。


「お前は、強い。忘れるな」


「……忘れない」


父は、後方の席に座った。


柊弁護士も、会場に入ってきた。


彼は、私の隣の席——補佐席に座る予定だ。


「大丈夫か?」


「大丈夫です」


「なら、いいが——」


柊は、私の表情を見て、少し目を細めた。


「お前、本当に落ち着いてるな。逆に心配になる」


「心配しないでください。ちゃんと、わかってますから」


そして——午後二時が、近づいてきた。


会場は、記者で埋め尽くされていた。


生中継のカメラが、三台設置されている。


すべて、一周目と同じ。


でも、一つだけ違うことがある。


今回の私は——準備ができている。


入口のドアが開き、桐生が入ってきた。


白いワイシャツに、紺のスーツ。


爽やかな笑顔で、記者たちに会釈している。


彼は、私の隣——テーブルの中央に座った。


「やあ、莉央」


彼は、私に微笑みかけた。


「緊張してる?」


私は、彼を見た。


そして、静かに言った。


「いいえ。全然」


桐生の笑顔が、一瞬だけ固まった。


でも、すぐに元に戻る。


「そっか。なら、よかった」


彼は、前を向いた。


私も、前を向いた。


会場の時計が、午後二時を指した。


司会者が、マイクの前に立った。


「それでは、本日の記者会見を始めさせていただきます」


スタジオライトが、点灯した。


私の顔を、照らす。


でも今回は——まぶしいとは思わなかった。


なぜなら、私は知っているから。


この光の先に、何があるのかを。


記者会見は、戦場だ。


そして私は——戦う準備ができている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ