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第57話「告発の準備」

黒崎との交渉が成立してから、一週間が経過した。


彼の持っていた水瀬コーポレーション株式三パーセントは、市場価格で無事に買い戻すことができた。父と本間常務、そして柊が協力して資金を調達し、黒崎の脅威は完全に消え去った。


しかし、黒崎の脱税疑惑は、私の心に引っかかっていた。


月曜日の朝、柊が副社長室を訪れた。


「莉央さん、黒崎氏の件で、報告があります」


私は顔を上げる。


「どうしたんですか?」


柊は資料を広げる。


「国税局の調査が、予想以上に進んでいるようです。私の事務所のネットワークから得た情報によると、強制調査が間もなく実施されるとのことです」


「強制調査……」


私は資料に目を通す。


そこには、黒崎の会社の複雑な資金の流れと、海外口座への不審な送金記録が記載されていた。


「柊さん、私たちにできることはありますか?」


柊は慎重に答える。


「選択肢は二つあります。一つは、このまま国税局の調査を静観すること。もう一つは、私たちが持っている情報を国税局に提供し、調査を後押しすることです」


私は少し考える。


「後押し……ですか」


「はい。実は、先日の黒崎氏との会談で、彼が口にした『海外取引での所得隠し、約十億円規模』という発言は、重要な証言になります。それを正式に記録し、国税局に提供できます」


私は窓の外を見つめる。


「でも、それは……黒崎さんを追い詰めることになりますよね」


柊は真剣な表情で言う。


「莉央さん、黒崎氏は脱税という犯罪を犯している可能性があります。それを放置することは、正義に反します」


私は深く息を吸う。


「わかりました。国税局に情報提供をしましょう」


その日の午後、柊は国税局の担当者とコンタクトを取った。


翌日、私たちは国税局のオフィスを訪れた。


応接室に通されると、査察部の責任者が現れた。


「水瀬副社長、柊弁護士、お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お時間をいただき、ありがとうございます」


私たちは席に着く。


柊が資料を提出する。


「こちらが、黒崎氏との会談の記録です。彼自身が『海外取引での所得隠し、約十億円規模の脱税疑惑』について言及しました」


責任者は資料を丁寧に読む。


「これは……重要な証言ですね」


「はい。私たちは、この情報が調査の一助になればと思い、提供することにしました」


責任者は頷く。


「ありがとうございます。実は、私たちも黒崎氏のグローバル・キャピタルについて、数ヶ月前から調査を進めていました。この証言は、私たちの証拠を補強する重要な材料になります」


「強制調査は、いつ頃実施される予定ですか?」


私が尋ねると、責任者は慎重に答える。


「来週中を予定しています。ただし、具体的な日時は、機密情報ですので、お答えできません」


「わかりました」


責任者は真剣な表情で言う。


「水瀬副社長、柊弁護士、今回の情報提供に感謝します。もし、追加の証言や証拠が必要になった場合、ご協力をお願いすることがあるかもしれません」


「もちろんです。必要があれば、いつでもご連絡ください」


柊が答える。


国税局を後にして、私たちは近くのカフェに入った。


「莉央さん、大丈夫ですか?」


柊が心配そうに尋ねる。


「はい……でも、少し複雑な気持ちです」


「複雑?」


私はコーヒーカップを両手で包む。


「黒崎さんは、確かに私たちに攻撃を仕掛けてきました。でも、彼を追い詰めることが、本当に正しいのか……」


柊は優しく言う。


「莉央さん、あなたは優しい人ですね」


私は柊を見つめる。


「でも、考えてみてください。脱税は、社会全体への裏切りです。正当な税金を納めている企業や個人に対して、不公平です」


柊の言葉に、私は頷く。


「そうですね……」


「莉央さんは、ただ正しいことをしただけです。それを、誇りに思ってください」


柊の言葉に、私は少し気持ちが楽になった。


「ありがとう、柊さん」


その夜、私は鏑木記者に連絡を取った。


「鏑木さん、お久しぶりです。水瀬莉央です」


「水瀬副社長! お久しぶりです。どうされましたか?」


「実は、重要な情報があります。直接お会いして、お話ししたいのですが」


鏑木記者は少し驚いた様子だった。


「もちろんです。明日、お時間はありますか?」


「はい。お願いします」


翌日、私は都内のホテルのラウンジで、鏑木記者と会った。


「水瀬副社長、お待ちしていました」


鏑木記者が席に着く。


私は慎重に話し始める。


「鏑木さん、これからお話しすることは、まだ公にはなっていない情報です。しかし、社会正義のために、報道していただきたいと思います」


鏑木記者は真剣な表情で頷く。


「わかりました。お聞かせください」


私は、黒崎の脱税疑惑と、国税局の調査について説明した。


鏑木記者は、丁寧にメモを取りながら聞いていた。


「つまり、黒崎氏のグローバル・キャピタルが、約十億円規模の脱税を行っていた可能性があり、国税局が強制調査を予定しているということですね」


「はい。そして、私たちは国税局に情報提供を行いました」


鏑木記者は少し考える。


「水瀬副社長、この情報は、非常に重要です。しかし、報道するためには、裏付けが必要です」


「もちろんです。柊弁護士が、必要な資料を準備しています」


鏑木記者は真剣な表情で言う。


「わかりました。私は、この件を調査し、適切なタイミングで報道します」


「ありがとうございます、鏑木さん」


鏑木記者は微笑む。


「水瀬副社長、あなたは正しいことをしています。社会正義のために戦う姿勢、尊敬します」


私は少し照れる。


「ありがとうございます。でも、私はただ、正しいと思ったことをしているだけです」


翌週の水曜日、柊から連絡があった。


「莉央さん、国税局が今朝、黒崎氏の会社に強制調査に入りました」


「本当ですか!」


「はい。大規模な調査で、複数の部署が同時に入ったようです」


私は深く息を吐く。


「ついに……」


「莉央さん、これで黒崎氏の不正が明らかになります」


柊の言葉に、私は頷く。


その日の夕方、鏑木記者から連絡があった。


「水瀬副社長、速報です。今日の夕刊で、黒崎氏の脱税疑惑を報道します」


「本当ですか!」


「はい。国税局の強制調査が入ったことを受けて、緊急で記事を作成しました」


「ありがとうございます、鏑木さん」


「いえ、こちらこそ。貴重な情報をありがとうございました」


その日の夕刊には、大きな見出しが躍っていた。


『著名投資家・黒崎氏の会社に国税局が強制調査 十億円規模の脱税疑惑』


記事は、黒崎の海外取引での所得隠しと、複雑な資金の流れについて詳しく報じていた。


私は記事を読みながら、複雑な気持ちになった。


その夜、柊が私のマンションを訪れた。


「莉央さん、お疲れ様」


柊が優しく抱きしめてくれる。


「柊さん……私、正しいことをしたんでしょうか?」


「もちろんです。莉央さんは、社会正義のために戦ったんです」


私は柊の胸に顔を埋める。


「でも、黒崎さんは……もう終わりですよね」


「はい。彼の会社は、大きなダメージを受けるでしょう。しかし、それは彼自身が招いたことです」


柊は私の顔を優しく持ち上げる。


「莉央さん、あなたは優しすぎます。でも、その優しさが、あなたの強さです」


「ありがとう、柊さん」


「これからも、一緒に歩んでいきましょう」


「はい」


翌朝、会社に行くと、社員たちが黒崎の報道について話していた。


「副社長、おはようございます」


本間常務が声をかけてくる。


「おはようございます」


「黒崎氏の件、見ましたか?」


「はい……」


本間常務は真剣な表情で言う。


「副社長、あなたが正しいことをしたと、私は信じています」


私は驚く。


「本間常務……」


「黒崎氏は、私たちの会社を攻撃してきました。そして、社会に対しても不正を働いていた。彼が裁かれるのは、当然のことです」


本間常務の言葉に、私は少し気持ちが楽になった。


午後、父が私を呼んだ。


「莉央、黒崎の件、お前がやったのか?」


私は正直に答える。


「はい、お父さん。私は、国税局に情報提供をしました」


父は少し考えた後、微笑む。


「よくやった、莉央」


「お父さん……」


「お前は、正しいことをした。それを、誇りに思いなさい」


父の言葉に、私は涙があふれそうになった。


「ありがとう、お父さん」


その夜、私は母と夕食を取った。


「莉央、黒崎さんの件、あなたがやったんですってね」


「うん……」


母は私の手を握る。


「莉央、あなたは正しいことをしたのよ」


「でも、お母さん……私、黒崎さんを追い詰めてしまった」


母は優しく言う。


「莉央、悪いのは黒崎さんよ。あなたは、ただ真実を明らかにしただけ」


母の言葉に、私は涙があふれた。


ベッドに横になり、祖母のペンダントを握りしめる。


「おばあちゃん、私、正しいことをしたんだよね?」


ペンダントが、優しく輝いたような気がした。


黒崎の脱税疑惑は、これから大きな社会問題になるだろう。


しかし、私は後悔していない。


正義のために戦うこと。


それが、私の使命だから。


翌週、検察が黒崎を脱税容疑で逮捕したというニュースが流れた。


柊から連絡があった。


「莉央さん、黒崎氏が逮捕されました」


「……そうですか」


「莉央さん、あなたのおかげで、正義が実現されました」


私は静かに答える。


「ありがとう、柊さん。でも、私は嬉しくないです」


「それは、あなたが優しい人だからです」


その夜、私は一人で、オフィスの窓辺に立った。


東京の夜景が、眼下に広がっている。


黒崎との戦いは、これで本当に終わった。


彼は逮捕され、もう二度と私たちに危害を加えることはできない。


しかし、私の心は晴れなかった。


「莉央さん」


振り返ると、柊が立っていた。


「柊さん……」


柊は私を抱きしめる。


「大丈夫。あなたは、正しいことをしました」


「ありがとう……」


私は柊の胸で、静かに涙を流した。


正義のために戦うことは、時に辛い。


しかし、それでも、私は前を向いて進まなければならない。


翌朝、全社員を集めて、私は発表した。


「皆さん、黒崎氏の件については、既にご存知かと思います」


社員たちが静かに頷く。


「私は、社会正義のために、国税局に情報提供を行いました。その結果、黒崎氏は逮捕されました」


社員たちから、拍手が起こる。


「これで、黒崎氏の脅威は完全になくなりました。私たちは、これからも正しい道を歩んでいきます」


「皆さん、共に頑張りましょう!」


「はい!」


社員たちの声が、オフィス中に響き渡った。


私は、決意を新たにした。


黒崎との戦いは終わった。


これからは、社長として、会社を成長させていく。


そして、社会に貢献していく。


それが、私の使命だ。



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