第50話『ベルリンの成功』
展示会初日の朝、私は午前六時に起床した。
窓の外は、まだ薄暗い。
ベルリンの冬の朝は、東京よりもずっと遅く明ける。
私はシャワーを浴び、紺色のスーツを着る。
そして、祖母のペンダントを首にかける。
「おばあちゃん、今日、頑張ってくるね」
鏡に映る自分を見つめる。
緊張しているが、同時に高揚感もある。
今日、世界に水瀬コーポレーションを示すのだ。
午前七時、ホテルのロビーで柊、佐藤部長、田中部長と合流した。
「おはようございます、副社長!」
「おはようございます。準備は大丈夫ですか?」
「はい、完璧です!」
柊が私の手を軽く握る。
「莉央さん、大丈夫ですよ。あなたなら必ず成功します」
私は微笑む。
「ありがとう、柊さん」
私たちはタクシーで展示会場へ向かった。
午前八時、展示場に到着する。
すでに多くの企業スタッフが準備を進めていた。
私たちのブースも、最終調整が行われている。
「副社長、製品サンプルの配置を確認しました。完璧です」
佐藤部長が報告する。
「説明パネルも、問題ありません」
田中部長も確認する。
私は深呼吸をして、ブース全体を見渡す。
美しく整えられたブース。
環境配慮型製品が、照明の下で輝いている。
これが、私たちの誇りだ。
午前九時、展示会が開幕した。
次々と来場者がブースを訪れる。
最初の来場者は、ドイツの製造会社の担当者だった。
「Hello, I'm interested in your eco-friendly products.」
私は笑顔で対応する。
「Thank you for your interest. I'm Mizuse Rio, Vice President of Mizuse Corporation. Let me explain our products.」
私は製品の特徴を丁寧に説明する。
材料費の削減、環境負荷の低減、品質の高さ、すべてを英語で伝える。
担当者は真剣に聞き、いくつか質問をする。
「What about the durability?」
「Our products have been tested for long-term use. They show 50% better durability compared to standard products.」
担当者は満足そうに頷く。
「Impressive. Can you send me more detailed information?」
「Of course. Please leave your contact information.」
田中部長が名刺を交換し、資料を渡す。
最初の来場者への対応が終わり、私はほっと息を吐く。
柊が微笑む。
「莉央さん、完璧でした」
「ありがとう」
その後、次々と来場者が訪れた。
フランスの環境団体、イタリアの小売企業、スウェーデンの政府関係者。
様々な国から、様々な立場の人々が、当社の製品に興味を示してくれた。
午後一時、特に重要な来場者が現れた。
大手欧州小売チェーン「EcoMart」の購買責任者、ミュラー氏だ。
「Hello, I'm Mueller from EcoMart. We operate 500 stores across Europe.」
私は緊張を抑えて対応する。
「Hello, Mr. Mueller. I'm Mizuse Rio, Vice President. Thank you for visiting our booth.」
ミュラー氏は製品を手に取り、詳しく見る。
「Interesting. We are looking for eco-friendly products for our stores. What is your production capacity?」
私は佐藤部長を見る。
佐藤部長が答える。
「We can produce 50,000 units per month. If needed, we can increase capacity.」
ミュラー氏は頷く。
「Good. What about the price?」
田中部長が価格表を示す。
「For bulk orders, we can offer competitive pricing.」
ミュラー氏は少し考える。
「I'm interested. Can we discuss a potential partnership?」
柊が前に出る。
「Of course. I'm Hiiragi, legal advisor. We can arrange a meeting to discuss details.」
ミュラー氏は名刺を交換する。
「Excellent. I will contact you next week.」
ミュラー氏が去った後、私たちは顔を見合わせる。
「これは……大きなチャンスですね」
田中部長が興奮して言う。
「EcoMartは、ヨーロッパ最大級の小売チェーンです。彼らと契約できれば、当社の欧州展開は一気に加速します」
私は深く息を吐く。
「まだ決まったわけではありません。でも、大きな一歩です」
午後三時、現地のメディアが取材に来た。
ドイツの経済誌の記者だ。
「Can I interview you about your products?」
「Of course.」
記者はカメラを構え、私にインタビューを始める。
「Tell me about your company and products.」
私は落ち着いて答える。
「Mizuse Corporation is a Japanese company specializing in eco-friendly products. We believe that business success and environmental responsibility can coexist. Our products reduce environmental impact by 30% while maintaining high quality.」
記者は頷きながらメモを取る。
「Why did you come to Berlin?」
「Europe is a leader in environmental awareness. We want to contribute to Europe's sustainability goals and learn from European partners.」
記者は微笑む。
「Thank you. I will feature your company in our magazine.」
インタビューが終わり、私は安堵する。
柊が私の肩に手を置く。
「莉央さん、素晴らしいインタビューでした」
「ありがとう、柊さん」
午後五時、展示会初日が終了した。
私たちはブースで集まり、一日の成果を確認する。
田中部長が報告する。
「本日の来場者数は、約百五十名。そのうち、具体的な商談に進みそうな企業が二十社です」
佐藤部長も続ける。
「特に、EcoMartのミュラー氏との商談は大きいです。彼らと契約できれば、年間売上が十億円増加する可能性があります」
私は全員を見回す。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。初日は大成功です。明日も、この調子で頑張りましょう」
全員が頷く。
「はい、副社長!」
ホテルに戻り、私たちは夕食を取った。
ドイツ料理のレストランで、ソーセージとビールを楽しむ。
「副社長、今日は本当に素晴らしかったです」
田中部長が嬉しそうに言う。
「皆さんのおかげです」
佐藤部長も微笑む。
「これで、当社の国際展開は確実に前進しますね」
食事が終わり、佐藤部長と田中部長は先に部屋へ戻った。
柊と私は、ホテルのラウンジでワインを飲んでいた。
「莉央さん、今日は本当によく頑張りましたね」
「ありがとう、柊さん。でも、まだ終わっていません。明日も、明後日もあります」
柊は私の手を取る。
「莉央さん、あなたは本当に成長しましたね。婚約破棄の記者会見から、ここまで来ました」
私は柊を見つめる。
「それは、柊さんがいてくれたからです」
柊は優しく微笑む。
「いいえ、あなた自身の力です」
私たちはグラスを合わせる。
「成功に、乾杯」
「乾杯」
部屋に戻り、ベッドに横になる。
今日は本当に長い一日だった。
しかし、充実していた。
世界中の人々が、当社の製品に興味を示してくれた。
EcoMartとの商談も、現実味を帯びてきた。
すべてが、順調に進んでいる。
スマートフォンが振動する。
父からのメッセージだ。
『莉央、初日の成功、おめでとう。本間常務から報告を受けた。お前は本当に立派な副社長だ。引き続き頑張ってくれ』
私は涙が出そうになる。
父が、認めてくれている。
私は返信する。
『お父さん、ありがとう。明日も頑張ります』
母からもメッセージが来る。
『莉央、頑張っているわね。でも、無理はしないでね。お母さん、応援しているわ』
『ありがとう、お母さん。大丈夫だよ』
メッセージを送信し、私はスマートフォンを置く。
そして、祖母のペンダントを手に取る。
「おばあちゃん、今日、成功したよ。明日も頑張るね」
ペンダントが、部屋の明かりに輝く。
私は目を閉じ、深く眠りについた。
翌日も、翌々日も、展示会は成功を収めた。
合計で三百社以上の企業が当社のブースを訪れ、そのうち五十社以上と具体的な商談が進んだ。
EcoMartのミュラー氏とは、二度目の面談を行い、正式な契約交渉へ進むことが決まった。
さらに、フランスの大手小売チェーンからも引き合いがあり、複数の国で展開する可能性が見えてきた。
展示会最終日、私たちはブースで記念撮影をした。
「皆さん、本当にありがとうございました。この展示会は、大成功でした」
佐藤部長と田中部長が拍手をする。
柊も微笑む。
「莉央さん、おめでとうございます」
私は全員を見回す。
「これは、皆さんのおかげです。水瀬コーポレーションの未来は、明るいです」
帰国の飛行機の中で、私は窓の外を見つめていた。
ベルリンの街が、小さくなっていく。
この三日間、本当に多くのことを経験した。
世界中の人々と交流し、当社の製品を評価してもらった。
そして、国際展開という夢が、現実になろうとしている。
柊が私の手を握る。
「莉央さん、お疲れ様でした」
私は柊を見つめる。
「柊さん、ありがとう。あなたがいてくれて、本当に心強かったです」
柊は微笑む。
「僕も、あなたと一緒に成功を分かち合えて、幸せです」
私たちは手を繋ぎながら、日本へ向かう。
新しい未来へ、一歩ずつ進むのだ。




