第47話『母の助言』
国際展開の準備が本格化してから一週間が経った。
佐藤部長を中心に、シンガポールと香港のパートナー企業との交渉が進んでいた。
柊の法律事務所も、現地の法務事務所と連携して契約書の作成に取り組んでいた。
私は毎日、朝から晩まで会議と書類の確認に追われていた。
副社長として、国際展開の責任者として、そして次世代のリーダーとして。
すべてが、私の肩にかかっていた。
午後八時、ようやく一日の業務が終わり、私は副社長室で一息ついていた。
デスクの上には、まだ確認すべき資料が山積みになっている。
私はため息をつき、コーヒーを飲む。
疲れている。
正直に言えば、かなり疲れている。
そのとき、ノックの音がした。
「どうぞ」
柊が入ってくる。
「お疲れ様です。まだ仕事をしているんですか?」
「はい、まだ確認すべき資料があって」
柊は少し心配そうな表情で、私の隣に座る。
「莉央さん、最近、働きすぎです。少し休んだ方がいいですよ」
私は微笑む。
「大丈夫です。これくらい、何でもありません」
柊は私の目を見つめる。
「莉央さん、無理をしないでください。あなたが倒れたら、僕は……」
私は柊の手を握る。
「ありがとう、柊さん。でも、本当に大丈夫です」
柊は少し納得していない表情だが、頷く。
「わかりました。でも、明日は早めに帰ってください。約束ですよ」
「はい、約束します」
柊が部屋を出た後、私は再び資料に向き合う。
しかし、集中力が続かない。
目がかすみ、頭が重い。
私は椅子に深く座り、天井を見上げる。
柊の言う通り、私は働きすぎているのかもしれない。
しかし、国際展開という大きなプロジェクトを成功させるためには、これくらいの努力は必要だ。
そう自分に言い聞かせ、再び資料を見る。
午後十時、ようやく資料の確認が終わった。
私は会社を出て、車に乗り込む。
帰宅する途中、母から電話がかかってきた。
「莉央、今日も遅いのね」
「うん、ごめんね。仕事が立て込んでいて」
母は少し心配そうに言う。
「莉央、無理してない? 最近、顔色が悪いわよ」
「大丈夫だよ、お母さん」
母は優しく言う。
「莉央、お母さんはね、あなたが心配なの。仕事も大切だけど、自分の体も大切にしてね」
私は涙が出そうになる。
「ありがとう、お母さん。気をつけるね」
「うん、待っているわ」
電話を切った後、私は深く息を吐く。
母の言葉が、胸に響く。
自宅に着くと、母が温かい食事を用意して待っていてくれた。
「お帰りなさい、莉央。ご飯、食べなさい」
「ありがとう、お母さん」
私は母の作った夕食を食べる。
温かいスープ、柔らかく煮込まれた肉料理、そして母の愛情。
すべてが、私の疲れを癒してくれる。
食事の後、母が私を呼び止める。
「莉央、少し話をしましょう」
「何?」
母は私の隣に座る。
「莉央、あなた最近、働きすぎよ。毎日遅くまで働いて、週末も会社に行って」
私は黙る。
母は続ける。
「莉央、お母さんはね、あなたが頑張っているのを知っているわ。でも、無理をしすぎると、体を壊してしまうわよ」
「お母さん、でも国際展開というプロジェクトは……」
母は私の言葉を遮る。
「莉央、プロジェクトは大切よ。でも、あなたの体はもっと大切なの」
私は母を見つめる。
母は優しく微笑む。
「莉央、あなたは一人で全てを背負う必要はないの。お父さんもいるし、柊さんもいるし、会社の仲間もいる。みんなで協力すれば、あなた一人が無理をする必要はないわ」
私は涙がこぼれる。
「お母さん……」
母は私を抱きしめる。
「莉央、あなたは本当によく頑張っているわ。でも、たまには休んでもいいのよ。完璧である必要はないの」
私は母の胸で泣く。
母の温もりが、私の心を溶かす。
「お母さん、私……疲れていました」
母は優しく背中を撫でる。
「そうよね、疲れているわよね。莉央、明日は早く帰ってきなさい。そして、週末は休みなさい」
「でも、仕事が……」
母は首を横に振る。
「仕事は、みんなに任せなさい。あなたは、ゆっくり休むの」
私は頷く。
「わかった、お母さん」
母は微笑む。
「莉央、そして柊さんとも、ゆっくり時間を過ごしなさい。恋愛も大切よ」
私は顔が赤くなる。
「お母さん……」
母は笑う。
「いいのよ、莉央。仕事も恋愛も、両方大切にしなさい」
翌日、私は母の言葉を胸に、会社へ向かった。
午前十時、副社長室で本間常務と面談していた。
「本間常務、国際展開のプロジェクトですが、一部の業務を他の部署に分担したいと思います」
本間常務は頷く。
「それは良い判断です。副社長が全てを管理する必要はありません」
「ありがとうございます。具体的には、シンガポールの交渉は田中部長に、香港の交渉は佐藤部長に任せます。私は、全体の方向性を決めることに専念します」
本間常務は微笑む。
「素晴らしい。それが、リーダーの役割です」
午後三時、私は柊と一緒にカフェで休憩していた。
「莉央さん、今日は早めに帰れそうですか?」
「はい、今日は午後六時には帰ります」
柊は嬉しそうに微笑む。
「それは良かった。今夜、一緒に食事に行きませんか?」
私は頷く。
「はい、ぜひ」
柊は私の手を握る。
「莉央さん、最近、あなたが無理をしているのを見て、心配していました。でも、今日は顔色が良いですね」
私は微笑む。
「昨夜、母に叱られました。無理をしすぎだって」
柊は笑う。
「お母様は正しいです。あなたは、もっと自分を大切にすべきです」
私は柊を見つめる。
「柊さん、ありがとう。あなたも、いつも私を心配してくれて」
柊は優しく言う。
「当然です。僕は、あなたを愛していますから」
私は顔が赤くなる。
「私も、あなたを愛しています」
私たちは見つめ合い、微笑む。
午後六時、私は約束通り会社を出た。
柊と一緒に、静かなレストランへ向かう。
食事をしながら、柊が言う。
「莉央さん、国際展開のプロジェクトは順調ですか?」
「はい、田中部長と佐藤部長に任せることにしました。私は、全体の方向性を決めることに専念します」
柊は頷く。
「それは良い判断です。リーダーは、すべてを自分でやる必要はありません。信頼できる仲間に任せることが大切です」
私は微笑む。
「母も、同じことを言っていました」
柊は笑う。
「お母様は、素晴らしい方ですね」
私は頷く。
「はい、母がいてくれて、本当に良かった」
柊が静かに言う。
「莉央さん、僕たちの関係を、そろそろ社内に公表しませんか?」
私は少し考える。
「そうですね。もう隠す必要はありませんね」
柊は微笑む。
「それでは、来週の経営会議で発表しましょう」
私は頷く。
「はい、そうしましょう」
その夜、自宅に戻ると、母が笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、莉央。今日は早かったわね」
「うん、約束通り早く帰ってきたよ」
母は嬉しそうに言う。
「それは良かったわ。柊さんとは、どうだった?」
私は顔が赤くなる。
「楽しかったよ。来週、社内に私たちの関係を公表することにしました」
母は私を抱きしめる。
「莉央、本当に良かったわね。お母さん、嬉しいわ」
私は母の温もりに包まれる。
「お母さん、ありがとう。昨日の話、本当に助かったよ」
母は微笑む。
「莉央、お母さんはいつでもあなたの味方よ」
ベッドに横になり、天井を見つめる。
母の助言が、私を救ってくれた。
無理をしすぎていた私に、休むことの大切さを教えてくれた。
仕事も恋愛も、両方大切にする。
そして、自分の体も大切にする。
それが、これからの私の生き方だ。
スマートフォンが振動する。
柊からのメッセージだ。
『今日は、ありがとうございました。楽しかったです。ゆっくり休んでください。愛しています』
私は微笑み、返信する。
『こちらこそ、ありがとうございました。私も愛しています。おやすみなさい』
メッセージを送信し、私はスマートフォンを置く。
そして、祖母のペンダントを手に取る。
「おばあちゃん、私、母に叱られたよ。でも、それが私を救ってくれた。これからは、無理をしすぎないように気をつけるね」
ペンダントが、月明かりに輝く。
私は目を閉じ、深く眠りについた。
明日も、また頑張ろう。
でも、無理はしない。
仲間を信じて、任せる。
そして、自分を大切にする。
それが、私の新しい生き方だ。




