第41話『柊との距離』
黒崎の撤退から一週間が経った。
会社は平穏を取り戻し、新規事業も順調に進んでいる。
私は副社長として、日々の業務をこなしながら、ふと柊のことを考えることが多くなっていた。
柊は、いつも私のそばにいてくれる。
株主総会の準備、黒崎との戦い、新規事業の立ち上げ、すべてを一緒に乗り越えてきた。
しかし、私たちの関係は、ビジネスパートナー以上のものになっているのだろうか。
私は、柊に恋をしているのだろうか。
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午後三時、柊が副社長室に資料を持ってきた。
「お疲れ様です。欧州企業との契約書の最終案です」
「ありがとうございます」
私は資料に目を通す。
柊が隣に座り、説明を始める。
「こちらの条項ですが、納期については……」
柊の声を聞きながら、私は彼の横顔を見つめる。
真剣な表情で、丁寧に説明する柊。
この人は、いつも私のために全力を尽くしてくれる。
私は、この人がいなければ、ここまで来られなかった。
「莉央さん?」
柊の声で、我に返る。
「あ、はい、すみません。少し考え事をしていました」
柊は少し心配そうに言う。
「大丈夫ですか? 最近、疲れているように見えます」
「いいえ、大丈夫です。ありがとう」
柊は微笑む。
「無理はしないでくださいね」
資料の確認が終わり、柊が立ち上がろうとする。
私は思わず彼を呼び止める。
「柊さん、少し時間ありますか?」
柊は振り返る。
「はい、もちろんです」
「今夜、一緒に食事に行きませんか? お礼をしたいんです」
柊は少し驚いた表情を見せる。
「お礼……ですか?」
「はい。これまで、たくさん助けていただいたので」
柊は少し考えてから、微笑む。
「わかりました。喜んで」
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午後七時、私たちは会社の近くのレストランにいた。
静かで落ち着いた雰囲気の店で、窓からは夜景が見える。
柊がワインを注ぎながら言う。
「こんな素敵なレストラン、久しぶりです」
「私もです。最近、ずっと仕事ばかりでしたから」
私たちは乾杯をする。
「株主総会の勝利と、新規事業の成功に」
「乾杯」
グラスを合わせ、ワインを飲む。
料理が運ばれてくると、私たちは自然に会話を始める。
「柊さん、いつも本当にありがとうございます」
柊は首を横に振る。
「いえ、僕は当然のことをしているだけです」
「いいえ、柊さんがいなければ、私はここまで来られませんでした。株主総会も、黒崎との戦いも、すべて柊さんのおかげです」
柊は少し照れた表情で微笑む。
「莉央さん、あなたは自分の力を過小評価しています。戦ったのは、あなた自身です」
私は柊を見つめる。
「柊さん、私……あなたに、とても感謝しています」
柊は真剣な表情で答える。
「僕も、莉央さんと一緒に働けて、本当に幸せです」
私の心臓が早鐘を打つ。
この人は、私にとって、どんな存在なのだろう。
ビジネスパートナー?
信頼できる仲間?
それとも……。
「柊さん、一つ聞いていいですか?」
「何でしょう?」
「柊さんは、なぜ私をこんなに支えてくれるんですか?」
柊は少し驚いた表情を見せる。
「それは……」
柊は少し考えてから、静かに答える。
「莉央さん、あなたは本当に素晴らしい人です。強くて、優しくて、そして誰よりも一生懸命です。そんなあなたを支えたい、一緒に未来を創りたいと思ったんです」
私は柊の目を見つめる。
「柊さん……」
柊は続ける。
「莉央さん、正直に言います。僕は、あなたに惹かれています」
私の息が止まる。
柊は真剣な表情で、私を見つめる。
「あなたと一緒にいると、僕は幸せです。あなたの笑顔を見ると、頑張ろうと思えます。あなたが悲しんでいると、僕も悲しい。これは、もうビジネスパートナー以上の感情です」
私は言葉が出ない。
柊が、私に惹かれている。
私は、どう答えればいいのだろう。
柊は少し微笑む。
「でも、今はまだ答えを求めません。あなたには、まだやるべきことがたくさんある。会社を守り、新規事業を成功させる。そのためには、恋愛で気を散らすべきではないと思います」
私は柊を見つめる。
「柊さん……」
柊は優しく言う。
「莉央さん、僕は待ちます。あなたが、自分の気持ちに整理をつけるまで。そして、もしあなたが僕を選んでくれるなら、その時は全力であなたを幸せにします」
私の目から、涙がこぼれる。
「柊さん、ありがとう」
柊は私の手を握る。
「莉央さん、今は仕事に集中してください。僕は、あなたのそばで支え続けます」
私は頷く。
「はい」
柊の手の温もりが、私の心を温める。
この人は、本当に優しい。
私のことを、こんなに大切に思ってくれている。
私も、柊に惹かれている。
しかし、今はまだ答えを出す時ではない。
柊の言う通り、まだやるべきことがたくさんある。
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レストランを出て、駐車場へ向かう。
柊が言う。
「送っていきます」
「ありがとうございます」
車の中で、私たちはしばらく黙っていた。
そして、柊が静かに言う。
「莉央さん、今日のことは忘れてください。僕たちは、まだビジネスパートナーです」
私は柊を見る。
「柊さん、忘れられません。あなたの気持ちは、とても嬉しいです」
柊は微笑む。
「それなら、覚えていてください。そして、いつか、あなたの答えを聞かせてください」
私は頷く。
「はい、必ず」
家に着くと、柊が車から降りて、ドアを開けてくれる。
「おやすみなさい、莉央さん」
「おやすみなさい、柊さん。今日は、本当にありがとうございました」
柊は微笑んで、車に戻る。
車が走り去るのを見送り、私は家に入る。
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母が笑顔で迎えてくれる。
「お帰りなさい、莉央。遅かったわね」
「うん、柊さんと食事に行っていたの」
母は少し驚く。
「柊さんと?」
私は頷く。
「お礼を言いたかったから」
母は微笑む。
「そう。柊さん、素敵な方ね」
「うん、本当に」
母は私を見つめる。
「莉央、あなた、柊さんのこと好きなの?」
私は顔が赤くなる。
「お母さん……」
母は笑う。
「いいのよ、莉央。恋愛は素晴らしいことよ。でも、焦らないでね。ゆっくり、自分の気持ちを確かめればいいわ」
「うん、ありがとう」
母は私を抱きしめる。
「莉央、お母さんはいつでも応援しているわ」
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その夜、ベッドに横になり、天井を見つめる。
柊の言葉が、頭の中で繰り返される。
「僕は、あなたに惹かれています」
「僕は待ちます。あなたが、自分の気持ちに整理をつけるまで」
私は、柊に惹かれている。
それは、間違いない。
しかし、今はまだ答えを出す時ではない。
会社を守り、新規事業を成功させる。
それが、今の私の役割だ。
そして、すべてが落ち着いたら、柊に答えを伝えよう。
私の気持ちを、正直に。
スマートフォンが振動する。
柊からのメッセージだ。
『今日は、ありがとうございました。明日から、また一緒に頑張りましょう』
私は微笑み、返信する。
『こちらこそ、ありがとうございました。明日、よろしくお願いします』
メッセージを送信し、私はスマートフォンを置く。
そして、祖母のペンダントを手に取る。
「おばあちゃん、私、恋をしているみたい。柊さんという人に」
ペンダントが、月明かりに輝く。
私は目を閉じ、深く眠りについた。
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翌朝、会社に着くと、柊が入口で待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
私たちは自然に微笑み合う。
昨夜のことがあっても、私たちの関係は変わらない。
ビジネスパートナーとして、信頼し合っている。
しかし、心のどこかで、私は柊を意識している。
彼の笑顔、優しい言葉、温かい手。
すべてが、私の心を揺さぶる。
副社長室に入ると、デスクの上に資料が置かれていた。
柊が言う。
「今日は、欧州企業との最終ミーティングがあります。準備は万全です」
「ありがとうございます」
柊は微笑む。
「一緒に頑張りましょう」
私は頷く。
「はい、一緒に」
私たちの距離は、少し縮まった。
しかし、まだ恋人ではない。
今は、ビジネスパートナーとして、お互いを支え合う。
そして、いつか、私が答えを出せる日が来る。
その時は、正直に柊に伝えよう。
私の気持ちを。
私は窓の外を見つめ、深く息を吸う。
新しい一日が、始まる。
柊と一緒に、未来へ進むのだ。




