第40話『黒崎の撤退』
株主総会から二週間が経った。
会社は順調に成長を続け、新規事業の製造も計画通りに進んでいる。
私は副社長として、各部門の報告を受け、全体の方向性を決める日々を送っていた。
以前のように全てを自分で抱え込むことはなくなり、仲間を信じて任せることができるようになっていた。
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午前十時、本間常務が副社長室に入ってきた。
「副社長、重要な情報が入りました」
私は顔を上げる。
「どうしたんですか?」
本間常務は少し緊張した表情で、タブレットを差し出す。
「黒崎氏が、水瀬コーポレーションの株式をすべて売却したとの情報です」
私は驚く。
「全て、ですか?」
「はい。黒崎氏が保有していた五パーセントの株式、すべてを市場で売却しました。さらに、彼が経営するグローバル・キャピタルも、当社への投資から完全に撤退すると発表しました」
私はタブレットの画面を見る。
そこには、経済ニュースの記事が表示されていた。
『投資家・黒崎剛氏、水瀬コーポレーションから完全撤退 株主総会での敗北後、投資戦略を見直し』
記事を読み進めると、黒崎のコメントが引用されていた。
「水瀬コーポレーションは、確かに優良企業だ。しかし、私の投資方針とは合わなかった。今後は、他の投資先に注力する」
私は深く息を吐く。
「黒崎が、完全に撤退したんですね」
本間常務は頷く。
「はい。これで、黒崎氏からの脅威は完全になくなりました」
私は少し考える。
黒崎は、本当に諦めたのだろうか。
それとも、何か別の手を考えているのだろうか。
「本間常務、黒崎の売却した株式は、誰が買い取ったんですか?」
本間常務は資料を確認する。
「複数の機関投資家と、一部は神谷グループが買い取ったようです」
私は安堵する。
神谷グループなら、安心だ。
「わかりました。ありがとうございます」
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本間常務が部屋を出た後、私は柊に電話をかける。
「柊さん、黒崎が完全に撤退しました」
柊は少し驚いた様子で答える。
「本当ですか? 株式も全て売却したと?」
「はい、グローバル・キャピタルも投資から撤退すると発表しました」
柊はしばらく黙る。
「……正直、意外です。黒崎は、もっとしつこいと思っていました」
私も同じことを考えていた。
「柊さん、これは罠でしょうか?」
柊は慎重に答える。
「可能性はあります。しかし、株式を全て売却し、公式に撤退を発表した以上、少なくとも短期的には動けないでしょう」
「そうですね」
柊が続ける。
「ただし、油断は禁物です。黒崎は『いつか戻ってくる』と言っていました。彼は、別の形で攻撃してくる可能性があります」
私は窓の外を見つめる。
「わかりました。警戒を続けます」
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電話を切った後、私は父の部屋へ向かう。
父は資料を見ながら、穏やかに微笑んでいた。
「莉央、黒崎のことを聞いたか?」
「はい、お父さん。黒崎が完全に撤退しました」
父は頷く。
「ああ、これでひとまず安心だ。しかし、油断してはいけない」
「はい、柊さんも同じことを言っていました」
父は私を見つめる。
「莉央、お前は本当によくやった。黒崎という強敵を退け、会社を守り抜いた。私は、お前を誇りに思う」
私は胸が熱くなる。
「お父さん、ありがとう。でも、これは私一人の力ではありません。お父さん、柊さん、本間常務、みんなのおかげです」
父は微笑む。
「そうだな。しかし、リーダーとして戦ったのは、お前だ」
私は一礼する。
「これからも、頑張ります」
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父の部屋を出ると、廊下で山田部長に会う。
「副社長、少しよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
山田部長は報告書を差し出す。
「新規事業の製造状況ですが、現在、計画の百二十パーセントの進捗です。このペースなら、三ヶ月を待たずに一万個の納品が可能です」
私は驚く。
「本当ですか?」
山田部長は誇らしげに言う。
「はい。従業員たちが、自主的に効率化を進めてくれました。みんな、副社長のために頑張りたいと言っています」
私は涙が出そうになる。
「山田部長、みんなに感謝を伝えてください」
「はい、必ず」
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山田部長が去った後、私は製造現場へ向かう。
現場では、従業員たちが笑顔で働いていた。
私が入ると、みんなが手を止めて挨拶してくれる。
「副社長、お疲れ様です!」
「新規事業、順調ですよ!」
「頑張りましょうね!」
私は一人一人と握手をして、感謝の言葉を伝える。
「皆さん、本当にありがとうございます。皆さんのおかげで、会社は成長しています」
従業員たちは笑顔で応える。
「副社長こそ、ありがとうございます!」
「私たちも、副社長のために頑張ります!」
私は胸が一杯になる。
この人たちと一緒に働けることが、本当に幸せだ。
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午後三時、副社長室に戻ると、柊が待っていた。
「お疲れ様です。製造現場に行っていたんですか?」
「はい、従業員の皆さんに感謝を伝えに」
柊は微笑む。
「それは良いことです。リーダーは、現場を大切にすべきですから」
私は席に着く。
「柊さん、黒崎のことですが、本当に終わったんでしょうか?」
柊は真剣な表情で答える。
「おそらく、彼は当社への直接的な攻撃を諦めたのでしょう。株主総会で敗北し、メディア戦略も失敗し、取引先への圧力も効果がなかった。これ以上攻撃しても、成功する見込みがないと判断したのだと思います」
「でも、『いつか戻ってくる』と言っていました」
柊は頷く。
「その可能性はあります。しかし、それは今ではない。彼は一度退いて、力を蓄えるつもりなのでしょう」
私は窓の外を見つめる。
「なら、私たちも力を蓄えなければいけませんね」
柊は微笑む。
「その通りです。新規事業を成功させ、会社をさらに強くする。それが、黒崎への最大の対抗策です」
私は頷く。
「はい、そうします」
柊が立ち上がろうとしたとき、私は彼を呼び止める。
「柊さん、一つ聞いていいですか?」
「何でしょう?」
「黒崎の最後の言葉、『一周目のあなたとは、まるで別人です』……あれは、どういう意味だと思いますか?」
柊は少し考える。
「おそらく、比喩でしょう。以前のあなたと今のあなたが、まるで別人のように成長したという意味だと思います」
私は柊を見つめる。
「……そうですね。きっと、そうですね」
しかし、心のどこかで、違和感が残る。
黒崎は、本当に何も知らないのだろうか。
時間遡行のことを。
一周目のことを。
私は首を振る。
今は、そんなことを考えている場合ではない。
黒崎は撤退した。
これで、ひとまず戦いは終わったのだ。
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その夜、自宅で母と食事をしていた。
母が嬉しそうに言う。
「莉央、黒崎さんが撤退したんですってね。よかったわ」
「うん、でも油断はできないよ」
母は微笑む。
「莉央、あなたは本当に強くなったわね。でも、たまには休んでね」
「うん、わかってる」
母は私の手を握る。
「莉央、これからも応援しているわ」
「ありがとう、お母さん」
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ベッドに横になり、天井を見つめる。
黒崎が撤退した。
株主総会での勝利、新規事業の成功、そして黒崎の撤退。
すべてが、順調に進んでいる。
しかし、柊の言う通り、油断はできない。
黒崎は、いつか戻ってくるかもしれない。
だから、私はもっと強くならなければいけない。
会社を守り、従業員を守り、家族を守るために。
そして、柊と一緒に、幸せな未来を築くために。
スマートフォンが振動する。
柊からのメッセージだ。
『お疲れ様でした。黒崎の撤退で、ひとまず安心ですね。でも、油断せず、前を向いて進みましょう』
私は微笑み、返信する。
『はい、一緒に頑張りましょう。柊さん、いつもありがとう』
メッセージを送信し、私はスマートフォンを置く。
そして、祖母のペンダントを手に取る。
「おばあちゃん、黒崎は撤退したよ。でも、まだ終わりじゃない。これからも、頑張るね」
ペンダントが、月明かりに輝く。
私は目を閉じ、深く眠りについた。
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翌朝、会社に着くと、従業員たちが祝福してくれた。
「副社長、おめでとうございます!」
「黒崎が撤退しましたね!」
「これで、安心して働けます!」
私は笑顔で応える。
「ありがとうございます。でも、これは皆さんのおかげです。これからも、一緒に頑張りましょう」
従業員たちは拍手をする。
副社長室に入ると、デスクの上に花束が置かれていた。
カードには、こう書かれていた。
『副社長、お疲れ様でした。これからも、一緒に頑張りましょう。柊』
私は花束を手に取り、微笑む。
柊は、いつも私を支えてくれる。
どんなときも、そばにいてくれる。
私は、この人と一緒に未来を築きたい。
そう、強く思った。
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黒崎は撤退した。
しかし、これは終わりではない。
新しい始まりだ。
私は、これからも戦い続ける。
会社を守り、みんなの未来を守るために。
そして、柊と一緒に、幸せな未来を創るのだ。
私は窓の外を見つめ、深く息を吸う。
新しい一日が、始まる。




