第37話『黒崎の罠』
株主総会が終わり、会社は祝賀ムードに包まれていた。
従業員たちは笑顔で働き、取引先からは祝福のメッセージが次々と届く。
私は副社長室で、山積みになった書類に目を通していた。
株主総会での勝利は、大きな一歩だった。
しかし、これで終わりではない。
黒崎は、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。
そう思いながら資料を見ていると、本間常務がノックをして入ってきた。
「副社長、少しよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
本間常務は少し困惑した表情で、タブレットを差し出す。
「これが、今朝の経済ニュースです。ご覧ください」
私はタブレットを受け取り、画面を見る。
そこには、こう書かれていた。
『水瀬コーポレーション、株主総会で現経営陣が続投。しかし、業界関係者からは「世襲経営の限界」との声も』
私の手が止まる。
記事を読み進めると、匿名の業界関係者のコメントが引用されていた。
「水瀬コーポレーションは、確かに安定した経営を続けている。しかし、副社長の水瀬莉央氏は経営経験がほとんどない。これは単なる世襲であり、今後の成長に疑問符がつく」
「新規事業も、まだ実績がない。本当に成功するのか、不透明だ」
私は唇を噛む。
これは、黒崎の仕業に違いない。
株主総会で敗北した黒崎が、メディアを使って私たちの評判を下げようとしているのだ。
「本間常務、この記事は……」
本間常務は頷く。
「おそらく、黒崎氏が裏で手を回したのでしょう。株主総会で負けた後、別の手段で攻撃してきたのです」
私は深く息を吸う。
「他のメディアにも、同様の記事が出ていますか?」
「はい、いくつかの経済誌にも同じような論調の記事が掲載されています」
私は立ち上がる。
「わかりました。すぐに対策を考えます。父と柊さんを呼んでください」
本間常務は頷き、部屋を出る。
十分後、父と柊が副社長室に集まった。
私はタブレットを二人に見せる。
「お父さん、柊さん、これを見てください」
父は記事を読み、表情を曇らせる。
「黒崎め……株主総会で負けたから、今度はメディアを使ってきたか」
柊は冷静に記事を分析する。
「匿名の業界関係者……これは明らかに黒崎氏の息がかかった人物ですね。記事の論調も、副社長を攻撃する内容になっています」
私は腕を組む。
「どう対応すればいいでしょうか?」
柊は少し考えてから言う。
「まず、この記事に対して公式に反論するかどうかを決める必要があります。反論すれば、私たちの立場を明確にできますが、同時に炎上のリスクもあります」
父が言う。
「反論しなければ、黙認したと受け取られる可能性もある」
柊は頷く。
「その通りです。ですから、私の提案は『反論ではなく、実績で示す』です」
私は柊を見る。
「実績で示す?」
柊は資料を取り出す。
「はい。新規事業の進捗を公表し、具体的な数字で成果を示すのです。例えば、欧州企業からの引き合い件数、試作品の性能データ、市場予測などです。これらを公開することで、『新規事業は実績がない』という批判を無効化できます」
父が頷く。
「なるほど、攻撃に対して防御するのではなく、先手を打って実績を示すわけだ」
柊は微笑む。
「その通りです。さらに、副社長のこれまでの活動も公表します。株主訪問、取引先との交渉、従業員との対話、すべてを数字で示すのです」
私は深呼吸をする。
「わかりました。それでいきましょう」
柊が言う。
「それでは、プレスリリースを準備します。明日の午前中には発表できるでしょう」
父が立ち上がる。
「莉央、お前は動じるな。黒崎の狙いは、お前を動揺させることだ。冷静に、実績で示せばいい」
私は頷く。
「はい、わかっています」
父と柊が部屋を出た後、私は窓の外を見つめる。
黒崎は、本当にしつこい。
株主総会で負けても、まだ諦めていない。
しかし、私も負けない。
実績で、すべてを示すのだ。
その夜、私は自宅で母と食事をしていた。
母が心配そうに言う。
「莉央、今日のニュース、見たわ。大丈夫?」
「うん、大丈夫。明日、プレスリリースを出して、実績で示すから」
母は微笑む。
「そう、それがいいわ。あなたは、もう十分に頑張っているもの。自信を持ちなさい」
「ありがとう、お母さん」
母は私の手を握る。
「莉央、あなたは一人じゃないのよ。お父さんも、柊さんも、従業員のみんなも、あなたを支えている。だから、恐れないで」
私は涙が出そうになる。
「うん、わかってる」
母の温もりが、私の力になる。
翌朝、会社に着くと、柊がすでにプレスリリースを準備していた。
「おはようございます。これが、プレスリリースの草案です」
私は資料を受け取り、目を通す。
『水瀬コーポレーション、新規事業の進捗を公表 副社長・水瀬莉央の活動実績も明らかに』
本文には、新規事業の具体的な数字、欧州企業からの引き合い件数、副社長就任後の活動内容がすべて記載されていた。
私は頷く。
「完璧です。これで発表しましょう」
柊が微笑む。
「それでは、午前十時に発表します」
午前十時、プレスリリースが公開された。
すぐに、複数のメディアが反応する。
『水瀬コーポレーション、新規事業で欧州企業から十五件の引き合い』
『副社長・水瀬莉央、就任一ヶ月で株主訪問二十社、取引先訪問十社を実施』
『新規事業の試作品、従来品比で環境負荷三十パーセント削減を実現』
記事の論調が、一気に変わった。
私は柊に報告する。
「柊さん、メディアの反応が変わりました」
柊は頷く。
「予想通りです。実績は、何よりも強い武器です」
私は安堵の息を吐く。
「よかった……」
柊は私を見つめる。
「莉央さん、あなたは本当によくやっています。黒崎の攻撃に動じず、冷静に対応できた。それが、今回の成功につながりました」
私は微笑む。
「ありがとう、柊さん。あなたがいなければ、ここまで来られませんでした」
柊は少し照れた表情で笑う。
「僕は、あなたをサポートしただけです」
その後、会社には取引先や株主から祝福のメッセージが届いた。
神谷グループの神谷社長からも、電話がかかってきた。
「水瀬副社長、プレスリリース、拝見しました。素晴らしい内容ですね。やはり、あなた方を支持して正解でした」
「ありがとうございます、神谷社長」
神谷社長は笑う。
「黒崎氏は、もう終わりでしょう。彼は、実績ではなく口先だけの人間でしたからね」
電話を切った後、私は窓の外を見つめる。
黒崎の攻撃は、失敗に終わった。
しかし、彼はまだ諦めていないかもしれない。
油断はできない。
そのとき、本間常務が入ってきた。
「副社長、黒崎氏から連絡がありました」
私は驚く。
「黒崎から?」
本間常務は頷く。
「はい、『水瀬副社長に直接話がある』とのことです」
私は少し考える。
黒崎は、何を言いたいのだろう。
しかし、無視するわけにはいかない。
「わかりました。電話を繋いでください」
本間常務が電話を繋ぐ。
黒崎の声が聞こえる。
「水瀬副社長、お久しぶりです」
私は冷静に答える。
「黒崎さん、何の用ですか?」
黒崎は少し笑う。
「用件は簡単です。私は、あなた方に負けを認めます」
私は驚く。
「……負けを認める?」
「そうです。株主総会でも負け、メディア戦略でも負けた。あなた方は、私の予想以上に強かった」
私は黙って聞く。
黒崎が続ける。
「しかし、これで終わりだと思わないでください。私は、いつかまた戻ってきます。その時は、もっと強くなって」
私は静かに答える。
「黒崎さん、あなたがいつ戻ってきても、私たちは負けません。私たちには、守るべきものがあります。会社、従業員、取引先、株主、すべてを守ります」
黒崎は一瞬黙る。
そして、静かに言う。
「……水瀬副社長、あなたは本当に強くなりましたね。一周目のあなたとは、まるで別人です」
私の心臓が止まりそうになる。
一周目?
黒崎は、時間遡行のことを知っているのか?
しかし、黒崎はそれ以上何も言わず、電話を切った。
私は受話器を置き、深く息を吐く。
黒崎の最後の言葉が、頭から離れない。
「一周目のあなたとは、まるで別人です」
彼は、何かを知っているのだろうか。
それとも、単なる偶然の言葉なのか。
私は首を振る。
今は、そんなことを考えている場合ではない。
黒崎は負けを認めた。
これで、ひとまず戦いは終わったのだ。
私は立ち上がり、窓の外を見つめる。
夕日が、ビルの向こうに沈もうとしていた。
新しい一日が、また始まる。
私は、これからも戦い続ける。
会社を守り、みんなの未来を守るために。
そして、柊と一緒に、前へ進むのだ。




