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第36話『株主総会、開会』



午前十時ちょうど、水瀬コーポレーション本社五階の株主総会会場の扉が開いた。


会場には約百五十名の株主が集まり、前方には父、私、柊、本間常務、山田部長、佐藤部長が着席している。後方には黒崎が陣取り、その周囲に数名の協力株主が座っていた。


私は深呼吸をして、祖母のペンダントに手を添える。


会場の空気は緊張していた。


「定刻となりましたので、臨時株主総会を開会いたします」


司会の本間常務が静かに宣言すると、会場が一斉に静まり返った。


父が立ち上がり、マイクを手に取る。


「本日はお忙しい中、ご出席いただきありがとうございます。水瀬コーポレーション代表取締役社長、水瀬健太郎です。まず、今回の臨時株主総会招集請求について、経緯を説明いたします」


父の声は落ち着いていた。


準備を完璧に整えた父は、動じていない。


「本総会は、一部株主様からの『経営陣の刷新』という議題での招集請求を受けて開催されました。請求者は黒崎剛氏およびその協力株主様方です。私どもは、この請求を真摯に受け止め、本日、経営方針の説明、質疑応答を経て、株主の皆様にご判断いただきたいと考えております」


父は一度、黒崎の方向を見た。


黒崎は腕を組み、冷笑を浮かべている。


「まず、現経営陣の方針について説明いたします。資料をご覧ください」


スクリーンに数字が映し出される。


売上高、営業利益、従業員数、主要取引先の数、すべてが過去五年間で安定成長を示している。


「ご覧のとおり、当社は過去五年間、着実に成長してまいりました。今期の売上高は前年比一〇五パーセント、営業利益は同一一〇パーセントです。従業員数も増加し、離職率は業界平均を大きく下回っております。これは、従業員の働きやすい環境を整え、長期的な視点で経営を行ってきた結果です」


父の説明に、会場からは頷く株主の姿が見える。


「さらに、当社は新規事業として、環境配慮型製品ラインを立ち上げました。詳細は副社長の水瀬莉央からご説明いたします」


父が私を見た。


私は立ち上がり、マイクを手に取る。


会場の視線が一斉に私に注がれる。


緊張するが、私は笑顔を作る。


「副社長の水瀬莉央です。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」


私は深呼吸をして、スクリーンの資料を指し示す。


「当社の新規事業、環境配慮型製品ラインについてご説明いたします。この製品は、材料費を従来品比で二十パーセント削減し、環境負荷を三十パーセント低減しております。原材料を植物由来に切り替え、製造プロセスを省エネ化しました。品質は従来品と同等以上で、耐久試験もクリアしております」


会場から小さなざわめきが起こる。


「価格は従来品と同価格に設定し、環境配慮という付加価値で競争力を持たせます。欧米市場では環境配慮型製品の需要が急増しており、特に若年層を中心に支持が拡大しています。当社はこの市場に参入し、今後三年間で売上の二十パーセントを新規事業で占める計画です」


私は資料をめくり、市場データとグラフを示す。


「こちらのグラフをご覧ください。欧米市場における環境配慮型製品の成長率は、過去三年間で年平均二十五パーセントです。当社の製品は、この市場に最適化されており、すでに複数の欧州企業から引き合いをいただいております」


会場から拍手が起こる。


株主の多くが前のめりになっている。


私はほっと胸を撫で下ろした。


「当社は、短期的な利益だけでなく、長期的な成長と社会貢献を両立させる経営を目指しております。株主の皆様には、この方針をご理解いただき、引き続きご支援を賜りたく存じます」


私は一礼して、席に戻る。


父が再び立ち上がる。


「以上が、現経営陣の方針です。次に、質疑応答に移ります。ご質問のある株主様は、挙手をお願いいたします」


会場がざわつく。


そして、予想どおり、黒崎が手を挙げた。


「黒崎剛です。質問させていただきます」


父が頷く。


「どうぞ」


黒崎が立ち上がり、会場を見回す。


その表情は自信に満ちていた。


「水瀬社長、副社長、ご説明ありがとうございました。しかし、私には疑問があります。現経営陣は『長期的な成長』を強調されていますが、実際のところ、今期の営業利益率は前期と比較してどうでしょうか?」


黒崎は資料を取り出し、数字を読み上げる。


「前期の営業利益率は八・五パーセント、今期は八・三パーセント。わずかですが、低下しています。これは、経営の効率が落ちている証拠ではないですか?」


会場から小さなざわめきが起こる。


父は冷静に答える。


「ご指摘のとおり、営業利益率は〇・二パーセント低下しております。これは、新規事業への先行投資、従業員の待遇改善、設備投資によるものです。短期的には利益率が低下しますが、長期的には競争力の向上と従業員の定着率向上により、利益率は回復します」


黒崎は鼻で笑う。


「つまり、現経営陣は『将来のため』と言いながら、株主への還元を後回しにしているということですね。配当も前期と同額です。株主軽視ではないですか?」


会場の空気が張り詰める。


父は一歩も引かない。


「配当は安定配当を基本方針としております。業績が安定している今、無理に配当を増やすことは、将来のリスクを高めます。株主の皆様には、長期的な企業価値の向上を通じて、より大きなリターンをお返しする方針です」


黒崎は薄く笑う。


「では、もう一つ質問です。副社長の水瀬莉央さん、あなたは副社長就任からまだ一日しか経っていません。経営経験もほとんどない方が、なぜ副社長なのですか? これは、単なる世襲ではないですか?」


会場がざわつく。


私の心臓が早鐘を打つ。


しかし、私は立ち上がる。


「黒崎様、ご質問ありがとうございます」


私は黒崎を真っ直ぐ見つめる。


「確かに、私は副社長就任からまだ一日です。しかし、私はこの一ヶ月間、会社の全部門を回り、従業員の声を聞き、主要取引先を訪問し、新規事業の立ち上げに携わってまいりました。経営経験は浅いかもしれませんが、会社を守り、成長させる覚悟は誰にも負けません」


私は資料を示す。


「こちらをご覧ください。私が就任してから、採用応募数は前年比二倍、新規取引の問い合わせは十五件増加しました。これは、私が社内外で信頼を得ている証拠です」


会場から拍手が起こる。


黒崎の表情が僅かに歪む。


「さらに、私は『水瀬コーポレーションを守る』という強い意志を持っています。黒崎様が買収を試み、取引先に圧力をかけ、株主総会で混乱を招こうとしていることは、すべて把握しております。私は、株主の皆様、従業員、取引先を守るため、全力で戦います」


私は一礼して、席に戻る。


会場は静まり返った。


そして、一人の株主が手を挙げる。


神谷グループの神谷社長だ。


「神谷です。質問させていただきます」


父が頷く。


「どうぞ」


神谷社長は穏やかに話す。


「水瀬社長、副社長、ご説明ありがとうございました。私は長年、水瀬コーポレーションと取引をしてまいりました。正直に申し上げますと、黒崎さんからは『より有利な条件』を提示されました。しかし、私は水瀬コーポレーションの誠実さ、長期的な視点を信頼しております。副社長の水瀬莉央さんの覚悟も感じました。私は、現経営陣を支持します」


会場から大きな拍手が起こる。


神谷社長の発言に続き、他の株主も次々と手を挙げる。


「私も現経営陣を支持します」


「長期的な成長を期待しています」


「水瀬コーポレーションの誠実さを信じます」


黒崎の顔が蒼白になる。


父が立ち上がり、静かに言う。


「株主の皆様、ありがとうございます。それでは、議題『経営陣の刷新』について、採決に移ります。現経営陣の継続に賛成の株主様は、挙手をお願いいたします」


会場の約七十パーセントの株主が手を挙げる。


本間常務が集計し、父に報告する。


「賛成多数です」


父が宣言する。


「本議案は否決されました。現経営陣は継続いたします」


会場から盛大な拍手が起こる。


黒崎は唇を噛み締め、席を立つ。


そして、何も言わずに会場を後にした。


私は深く息を吐く。


勝った。


私たちは、勝ったのだ。


父が私の肩に手を置く。


「莉央、よくやった」


柊が微笑む。


「完璧でした、副社長」


本間常務、山田部長、佐藤部長も祝福の言葉をかけてくれる。


会場の株主たちが私たちのもとに集まり、握手を求めてくる。


私は一人一人に感謝の言葉を伝える。


そして、会場を出て、廊下で一息つく。


柊が隣に立つ。


「お疲れ様でした」


「ありがとう、柊さん。あなたがいなければ、ここまで来られなかった」


柊は少し照れた表情で言う。


「僕は、あなたを信じていただけです」


私は柊を見つめる。


この人がいたから、私は戦えた。


この人がいたから、私は負けなかった。


「柊さん、これからも、よろしくお願いします」


柊は頷く。


「もちろんです。副社長」


私たちは笑い合う。


そして、会社の未来へ、一歩を踏み出す。

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