第35話「株主総会前夜」
株主総会前日の夜。
私は、副社長室で最後の資料確認をしていた。
時計の針は、午後9時を指している。
ドアがノックされた。
「入ってください」
父が、入ってきた。
「まだ、やっているのか」
「はい。最終確認を」
父が、私の向かいに座った。
「莉央、お前は十分準備した」
「でも……」
「不安なのは分かる」
父が、優しく言った。
「私も、初めて大きな株主総会に臨んだ時は、眠れなかった」
私は、少し驚いた。
父がそんな弱音を吐くなんて。
「でもな、準備を完璧にした者は、必ず勝つ」
父が、私の目を見た。
「お前は、株主を一人一人訪問した。取引先を守った。新規事業を立ち上げた」
「これ以上、何を準備する必要がある?」
私は、父の言葉に救われた気がした。
「父さん……」
「明日は、自信を持って臨め」
父が、立ち上がった。
「お前なら、できる」
「ありがとうございます」
父が部屋を出た後、私はもう一度資料を見た。
そして、静かにファイルを閉じた。
父の言う通り、私は十分準備した。
後は、明日を待つだけだ。
オフィスを出ると、本間が待っていた。
「莉央さん、お送りします」
「ありがとう」
車の中で、本間が口を開いた。
「莉央さん、覚えていますか?」
「何を?」
「初めて取締役会に出席した日」
本間が、懐かしそうに言った。
「あの時、莉央さんは緊張で震えていました」
私は、思い出した。
あの日、私は自分の無力さを痛感していた。
「でも、今は違います」
本間が、私を見た。
「莉央さんは、本当に強くなりました」
「本間さんのおかげです」
「いいえ、莉央さん自身の努力です」
本間が、微笑んだ。
「明日、きっと上手くいきます」
家に着くと、母が待っていた。
「おかえり、莉央」
「ただいま」
母が、温かい夕食を用意してくれていた。
「今日は、あなたの好きなものばかり作ったわ」
テーブルには、私の好物が並んでいた。
「ありがとう、母さん」
食事をしながら、母が話しかけた。
「明日、頑張ってね」
「うん」
「でも、結果がどうであれ、あなたは私たちの誇りよ」
母の言葉が、心に染みた。
「私ね、最近気づいたの」
母が、優しく微笑んだ。
「あなたは、もう私が守るべき子供じゃない。一人の立派な大人になった」
「母さん……」
「だから、信じているわ。あなたなら、必ず乗り越えられる」
私は、母を抱きしめた。
「ありがとう。私、頑張るね」
自室に戻ると、スマートフォンに何通かメッセージが来ていた。
柊からだった。
『明日の準備は完璧です。莉央さんを信じています』
『おやすみなさい。良い夢を』
私は、返信した。
『ありがとうございます。明日、頑張ります』
『おやすみなさい』
メッセージを送った後、私は窓の外を見た。
月が、きれいに輝いている。
明日、全てが決まる。
水瀬コーポレーションの未来。
従業員たちの生活。
そして、私の副社長としての立場。
私は、ベッドに横になった。
でも、なかなか眠れなかった。
様々な想定問答が、頭の中を巡る。
黒崎は、どんな攻撃をしてくるだろうか。
株主たちは、本当に私たちを支持してくれるだろうか。
私は、深く息を吸った。
そして、胸元のペンダントを握りしめた。
祖母が、私に力をくれる。
母が、私を信じてくれている。
父が、私に期待してくれている。
柊が、私を支えてくれている。
本間が、私と共に戦ってくれている。
従業員たちが、私を応援してくれている。
私は、一人じゃない。
私には、守るべき人たちがいる。
そして、信じてくれる人たちがいる。
だから、私は負けられない。
いつの間にか、眠りに落ちていた。
翌朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
時計を見ると、午前5時だった。
私は、ベッドから起きてシャワーを浴びた。
鏡の前に立つ。
一周目の私なら、今頃パニックになっていただろう。
でも、二周目の私は違う。
冷静に、準備を進められる。
紺色のスーツを着て、髪を整えた。
ペンダントを首にかける。
祖母の思いが、私を守ってくれる。
リビングに降りると、両親が既に起きていた。
「おはよう、莉央」
父が、新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「朝食、食べていきなさい」
母が、朝食を用意してくれた。
食事をしながら、父が言った。
「莉央、一つだけ忘れるな」
「はい」
「お前は、正しいことをしている」
父が、私を見た。
「だから、堂々としていればいい」
「分かりました」
朝食を終えて、家を出る準備をした。
玄関で、母が私を抱きしめた。
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
「行ってきます」
車の中で、本間が声をかけた。
「莉央さん、準備はいいですか?」
「はい」
私は、深く息を吸った。
「行きましょう」
会場に着くと、既に株主たちが集まり始めていた。
柊が、入口で待っていた。
「おはようございます、莉央さん」
「おはようございます」
「準備室で、最終確認をしましょう」
準備室に入ると、父と主要メンバーが待っていた。
「皆さん、おはようございます」
私が、挨拶した。
「おはよう、莉央」
父が、頷いた。
「開会まで、あと30分だ。最終確認をしよう」
柊が、想定問答を確認した。
父が、プレゼンの流れを確認した。
全てが、完璧に準備されていた。
「よし」
父が、立ち上がった。
「行くぞ」
私は、深く息を吸った。
これが、運命の瞬間だ。
水瀬コーポレーションの未来を決める、戦いの始まり。
私は、ペンダントを握りしめた。
大丈夫。
私は、準備を完璧にした。
信じてくれる人たちがいる。
守るべき人たちがいる。
私は、絶対に勝つ。
会場に向かう廊下を歩きながら、私は決意を新たにした。
今日、全てが決まる。
でも、私は恐れない。
副社長、水瀬莉央として。
そして、水瀬コーポレーションを愛する者として。
私は、堂々と戦う。
会場の扉の前で、私は一度立ち止まった。
深呼吸。
そして、扉を開けた。




