第33話「新規事業の萌芽」
桐生蓮の母親からの手紙を受け取ってから、三日が過ぎた。
私は、その出来事を心の中で整理し、前を向くことができていた。
今日は、新規事業の試作品発表会だった。
会議室には、製造部、開発部、営業部の主要メンバーが集まっている。
父と柊も、同席していた。
「それでは、始めます」
開発部の佐藤部長が、立ち上がった。
テーブルの上に、緑色のパッケージに入った製品が置かれた。
「これが、環境配慮型製品ラインの第一弾です」
佐藤部長が、製品を手に取った。
「従来品と比較して、材料費を20%削減しました。さらに、環境負荷も30%低減しています」
会場から、どよめきが起こった。
「どうやって実現したんですか?」
田中営業部長が、尋ねた。
「二つの技術革新です」
佐藤部長が、資料を配った。
「一つ目は、原材料の見直し。従来使っていた石油由来の素材を、植物由来の素材に置き換えました」
「二つ目は、製造プロセスの改善。エネルギー効率を高めることで、コストと環境負荷の両方を削減できました」
私は、製品を手に取った。
軽くて、丈夫そうだ。
「品質は?」
「従来品と同等、もしくはそれ以上です」
佐藤部長が、自信を持って答えた。
「耐久試験も、全てクリアしています」
父が、口を開いた。
「価格設定は?」
「従来品と同じ価格で販売できます」
田中部長が、答えた。
「コスト削減分を価格に反映させるのではなく、環境配慮という付加価値として訴求します」
私は、頷いた。
「それなら、欧米市場でも十分競争力がある」
「その通りです」
田中部長が、市場調査データを開いた。
「欧米市場では、環境配慮型製品への需要が急速に高まっています。特に、若い世代を中心に」
「この製品なら、十分勝負できる」
私は、製品をテーブルに置いた。
「皆さん、本当に素晴らしい仕事をしてくれました」
会場から、拍手が起こった。
「でも、これはまだ始まりです」
私は、全員を見渡した。
「この製品を成功させて、第二弾、第三弾へと繋げていきましょう」
「はい!」
全員が、力強く答えた。
会議が終わった後、私は製造部の山田部長に声をかけられた。
「副社長、少しよろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
「実は、製造現場の士気が、ここ数週間で劇的に上がっているんです」
山田部長が、嬉しそうに言った。
「本当ですか?」
「はい。副社長のメディア露出を見て、『俺たちも頑張ろう』という雰囲気になっています」
山田部長が、笑った。
「それに、この新規事業が成功すれば、会社の未来が明るいと感じているんです」
私は、胸が熱くなった。
「ありがとうございます。山田部長、製造現場の皆さんに伝えてください」
「はい」
「私たちは、必ずこの会社を守ります。そして、みんなで成長していきます」
「承知しました」
山田部長が、深く頭を下げた。
その日の午後、私は父の社長室に呼ばれた。
「莉央、座れ」
父が、ソファを指した。
「はい」
父が、お茶を淹れてくれた。
珍しいことだった。
「新規事業、良い仕上がりだな」
「はい。開発部と製造部が、本当に頑張ってくれました」
「お前の功績だ」
父が、私を見た。
「お前が提案しなければ、この事業は存在しなかった」
「父さん……」
「莉央、お前は本当に成長した」
父の声が、優しかった。
「取締役に就任してから、まだ数ヶ月だ。でも、お前は副社長として立派に仕事をしている」
私は、少し照れくさくなった。
「父さんや、柊さん、本間さん、みんなが支えてくれたからです」
「謙虚なのは良いことだ。でも、自分の力も認めろ」
父が、微笑んだ。
「お前には、リーダーの資質がある」
私は、父の言葉が嬉しかった。
「ありがとうございます」
「それと……」
父が、少し真剣な表情になった。
「株主総会まで、あと一週間だ」
「はい」
「黒崎は、必ず何か仕掛けてくる。油断するな」
「分かっています」
私は、頷いた。
「でも、私たちには準備がある。必ず、勝ってみせます」
「その意気だ」
父が、私の肩を叩いた。
夕方、私は柊と新規事業の発表会について報告していた。
「製品の完成度が高いですね」
柊が、資料を見ながら言った。
「はい。これなら、株主総会でも大きな武器になります」
「その通りです」
柊が、メモを取った。
「新規事業の成功見込みを、株主総会でアピールしましょう。黒崎の『短期的利益追求』に対抗できます」
「ただ……」
私は、少し不安だった。
「黒崎は、この新規事業を攻撃してくるかもしれません」
「どういう意味ですか?」
「『未知の市場への投資はリスクが高い』とか、『既存事業を疎かにしている』とか」
柊が、考え込んだ。
「確かに、その可能性はあります」
「どう対応すればいいですか?」
「データで反論しましょう」
柊が、ホワイトボードに書き出した。
「市場調査データ、コスト分析、リスク評価。全て数字で示せば、反論の余地はありません」
「分かりました」
私は、メモを取った。
その時、柊のスマートフォンが鳴った。
「すみません、少し失礼します」
柊が、電話に出た。
表情が、だんだん険しくなっていく。
「分かりました。すぐに確認します」
電話を切った柊が、私を見た。
「莉央さん、問題です」
「何があったんですか?」
「黒崎が動きました」
柊が、パソコンを開いた。
「グローバル・キャピタルが、水瀬コーポレーションの競合企業に出資したそうです」
私は、画面を見た。
そこには、中堅の製造会社の名前があった。
「この会社……」
「はい。水瀬コーポレーションと同じ市場で競合しています」
柊が、説明した。
「黒崎の狙いは?」
「競合を強化して、水瀬コーポレーションの市場シェアを奪う。そうすれば、株価が下がり、買収のチャンスが生まれます」
私は、歯を食いしばった。
「また、卑怯な手を……」
「でも、これは想定内です」
柊が、落ち着いた声で言った。
「黒崎は、直接攻撃が難しくなったので、間接的な方法に切り替えた」
「どう対応すべきですか?」
「新規事業の加速です」
柊が、私を見た。
「競合が強化されるなら、私たちは新しい市場を開拓する。それが最善の対抗策です」
私は、頷いた。
「分かりました。明日から、欧州市場への展開を本格的に進めます」
「それと……」
柊が、少し躊躇った。
「競合企業の主要技術者に、接触してみるのはどうですか?」
「ヘッドハンティング?」
「はい。優秀な人材を確保できれば、私たちの開発力が上がります」
私は、少し考えた。
それは、攻めの戦略だ。
「やってみます」
私は、決意を固めた。
「守るだけじゃなく、攻める。それが、勝つための方法ですね」
「その通りです」
柊が、微笑んだ。
「莉央さんなら、できます」
その夜、私は自室で新規事業の計画を見直していた。
この製品は、私たちの未来を創る。
黒崎がどんな手を使おうと、私たちは負けない。
私には、信頼できる仲間がいる。
優秀な社員がいる。
そして、未来への希望がある。
私は、ペンダントを握りしめた。
明日からまた、新しい戦いが始まる。
でも、私は恐れない。
この会社を、必ず守り抜く。
そして、みんなで成長していく。
それが、私の使命だから。




