第30話「法廷の外の戦い」
東和トレーディングとの面談は、成功だった。
リスク分析の資料が功を奏し、東和の社長は黒崎の提案を断ると約束してくれた。
しかし、それは嵐の前の静けさだった。
面談から三日後の朝。
私は、父から緊急の呼び出しを受けた。
「莉央、大変なことになった」
父の声が、珍しく焦っていた。
社長室に入ると、父と柊が深刻な表情で待っていた。
「何があったんですか?」
「黒崎が動いた」
柊が、書類を私に渡した。
「臨時株主総会の招集請求です」
私は、書類を読んだ。
黒崎が、少数株主を集めて臨時株主総会の開催を要求している。
議題は「経営陣の刷新」。
「これは……」
「買収が失敗し、取引先の切り崩しも上手くいかなかった。だから、株主総会で直接攻撃してきた」
父が、苦々しく言った。
「法的には、問題ないのか?」
私は、柊に尋ねた。
「残念ながら、問題ありません」
柊が、定款を開いた。
「当社の定款では、発行済み株式の3%以上を保有する株主は、臨時株主総会の招集を請求できます」
「黒崎は、どれくらい持っているの?」
「5%です。さらに、彼と協力関係にある少数株主を合わせると、約12%になります」
私は、唇を噛んだ。
「12%なら、否決できるはずですよね?」
「理論上は、そうです」
柊が、真剣な表情で続けた。
「でも、黒崎の狙いは可決ではありません」
「じゃあ、何が?」
「混乱です」
父が、答えた。
「株主総会で経営陣への不信感を煽る。メディアに注目させる。そうすれば、株価が下がる」
「株価が下がれば、買収のチャンスが生まれる……」
私は、黒崎の狙いを理解した。
「その通りだ」
父が、腕を組んだ。
「だから、株主総会で完璧に対応しなければならない」
「いつ開催されるんですか?」
「一ヶ月後だ」
柊が、カレンダーを指した。
「法律上、招集請求から二ヶ月以内に開催しなければなりませんが、黒崎は一ヶ月後を指定してきました」
「準備期間を短くして、こちらを慌てさせるつもりか」
私は、悔しさを感じた。
「どう対応すべきですか?」
「三つの戦略が必要だ」
柊が、ホワイトボードに書き出した。
「一つ目、株主への事前説明」
「二つ目、委任状の確保」
「三つ目、総会当日の完璧な対応」
私は、メモを取った。
「株主への事前説明は、私がやります」
「いや、私も同行する」
父が、言った。
「社長と副社長が揃って説明に回る。それだけで、本気度が伝わる」
「分かりました」
私は、頷いた。
「委任状の確保は?」
「総務部と連携します」
柊が、答えた。
「株主名簿を確認して、一人一人に連絡を取る。地道ですが、確実な方法です」
「そして、総会当日の対応……」
私は、少し不安だった。
「黒崎は、必ず難癖をつけてくる。どう対応すればいいですか?」
「冷静に、論理的に反論するしかない」
柊が、私を見た。
「莉央さんなら、できます」
私は、柊の目を見て、勇気をもらった。
「やってみます」
その日の午後、私たちは主要株主のリストを作成した。
上位20名の株主で、全体の約60%を占めている。
「この20名を確保できれば、まず負けない」
父が、リストを見ながら言った。
「一人ずつ、訪問しよう」
翌日から、私と父の株主訪問が始まった。
最初の訪問先は、佐伯商事の佐伯会長だった。
「水瀬社長、副社長、わざわざお越しいただき恐縮です」
佐伯会長は、70代の温厚な紳士だった。
「臨時株主総会の件は、聞いています」
「はい。グローバル・キャピタルの黒崎康介が、経営陣の刷新を求めています」
父が、説明した。
「佐伯会長には、現経営体制への支持をお願いしたい」
佐伯会長が、私を見た。
「副社長、あなたの考えを聞かせてくれませんか?」
「はい」
私は、姿勢を正した。
「私は、水瀬コーポレーションを持続可能な企業にしたいと考えています」
「短期的な利益ではなく、長期的な成長。従業員、取引先、株主の皆様、全てのステークホルダーと共に成長する企業です」
佐伯会長が、頷いた。
「黒崎氏の経営方針は、それとは正反対です」
私は、資料を開いた。
「彼は、買収後すぐにリストラを行い、短期的な利益を追求します。そして、企業価値が下がったところで売却する」
「それでは、長期的な株主価値は守れません」
佐伯会長が、しばらく考えてから言った。
「分かりました。現経営体制を支持します」
私は、安堵した。
「ありがとうございます」
「ただし」
佐伯会長が、真剣な目で私を見た。
「水瀬副社長、あなたがこれからも成長し続けることが条件です」
「必ず」
私は、力強く答えた。
「私は、この会社を守り、成長させます」
一週間で、15名の株主を訪問した。
そのうち、12名から支持を得ることができた。
しかし、3名は態度を保留した。
「神谷グループの神谷社長は、黒崎寄りです」
柊が、報告会で説明した。
「神谷社長は、短期的な株価上昇を望んでいる。黒崎の方針に賛同する可能性が高い」
「説得の余地は?」
「難しいですが、試してみる価値はあります」
私は、決心した。
「私が、直接会いに行きます」
翌日、私は神谷グループの本社を訪れた。
神谷社長は、50代の厳格な印象の男性だった。
「水瀬副社長、お一人ですか?」
「はい。今日は、個人的にお願いに参りました」
私は、深く頭を下げた。
神谷社長が、興味深そうに私を見た。
「率直に聞きます。あなたは、本当に水瀬コーポレーションを成長させられますか?」
「はい」
私は、目を見て答えた。
「必ず、成長させます」
「根拠は?」
「私の決意と、信頼できるチームです」
私は、資料を取り出した。
「これは、過去三ヶ月の業績改善データです。働き方改革、新規事業、メディア戦略、全てが成果を上げています」
神谷社長が、資料を見た。
「確かに、数字は良い。でも、黒崎氏も魅力的な提案をしている」
「短期的には、そうかもしれません」
私は、認めた。
「でも、長期的には必ず後悔します」
「なぜ?」
「黒崎氏の目的は、企業の成長ではありません。利益を搾り取って、捨てることです」
私は、真剣に訴えた。
「神谷社長、あなたは長期投資家だと聞いています。ならば、短期的な利益ではなく、真の企業価値を見てください」
神谷社長が、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。現経営体制を支持します」
私は、驚いた。
「本当ですか?」
「ただし、条件があります」
「何でしょう?」
「配当を、来期から10%増やしてください」
私は、少し考えた。
それは厳しい条件だが、不可能ではない。
「分かりました。約束します」
神谷社長が、手を差し出した。
「期待していますよ、水瀬副社長」
私は、しっかりと握手した。
オフィスに戻ると、父と柊が待っていた。
「神谷社長、説得できました」
「本当か?」
父が、驚いた表情を見せた。
「条件付きですが、支持を得られました」
私は、報告した。
「良くやった」
父が、私の肩を叩いた。
「これで、主要株主の支持は確保できた」
柊が、計算した。
「現時点で、約65%の支持を得ています。株主総会での勝利は、ほぼ確実です」
私は、安堵した。
でも、まだ気を抜けない。
「黒崎は、総会当日に何か仕掛けてくるはずです」
「ああ」
父が、頷いた。
「だから、完璧な準備が必要だ」
柊が、スケジュールを確認した。
「残り二週間、想定問答を徹底的に練習しましょう」
「お願いします」
私は、決意を新たにした。
株主総会まで、あと二週間。
これは、水瀬コーポレーションの未来を決める戦いだ。
私は、絶対に負けられない。




