第28話「世間の目と本当の私」
PRESIDENT WOMANの特集が発売されて、三日が過ぎた。
私は、副社長室でタブレットを見つめていた。
SNSの反応が、予想以上に大きかった。
『#水瀬莉央』がトレンド入りしている。
好意的なコメントが多い。
『かっこいい!』
『こういう女性が増えれば、日本も変わる』
『娘に読ませたい』
でも、批判的なコメントも目立つ。
『所詮は社長の娘でしょ』
『メディア露出しすぎ。何か裏があるんじゃない?』
『婚約破棄されたくせに、偉そうに』
私は、深く息を吐いた。
「気にしなくていいんですよ」
本間が、お茶を淹れながら言った。
「批判する人は、必ずいます。でも、支持してくれる人の方が多い」
「分かってる。でも……」
私は、タブレットを置いた。
「やっぱり、目立ちすぎたかな」
「そんなことありません」
本間が、きっぱりと言った。
「莉央さんは、今やるべきことをやっているだけです」
その時、内線電話が鳴った。
製造部の山田部長からだった。
「副社長、少しよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「実は……社内で、少し気になる声が上がっていまして」
山田の声が、少し曇っていた。
「どんな?」
「副社長のメディア露出について、『会社の宣伝になるのは良いが、目立ちすぎでは』という意見がありまして」
私は、少し驚いた。
「誰が?」
「若手の一部です。SNSで副社長への批判を見て、会社のイメージに影響するのでは、と心配しているようです」
私は、しばらく考えた。
「分かりました。明日、全体ミーティングを開きます」
「全体ミーティングですか?」
「はい。私の考えを、直接説明します」
電話を切ってから、私は本間を見た。
「本間さん、明日の午後、全社員向けのミーティングを設定してください」
「承知しました」
その夜、私は柊のオフィスにいた。
「社内から懸念の声、ですか」
柊が、コーヒーを飲みながら言った。
「それは予想していました」
「予想していた?」
「はい。急激な変化には、必ず抵抗が生まれます」
柊が、資料を開いた。
「でも、これはチャンスでもあります」
「チャンス?」
「莉央さんが直接説明することで、社員との結束を強められる。透明性を示せば、信頼も高まります」
私は、頷いた。
「明日、話してみます」
「頑張ってください」
柊が、微笑んだ。
「でも、無理はしないでくださいね」
「ありがとう」
私は、柊を見つめた。
この人は、いつも私を支えてくれる。
仕事のパートナーとして。
そして——
私は、視線を逸らした。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
翌日の午後、会議室は社員でいっぱいだった。
100名以上が集まっている。
私は、前に立った。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
会場が、静まり返った。
「最近、私のメディア露出について、社内で懸念の声があると聞きました」
何人かが、顔を見合わせた。
「正直に言います。私も、不安でした」
私は、率直に言った。
「注目されることで、批判も増える。それが会社に悪影響を及ぼすのでは、と」
社員たちが、真剣に聞いている。
「でも、私はあえてメディアに出ることを選びました。理由は三つあります」
私は、スクリーンに資料を映した。
「一つ目。企業ブランドの向上です」
「私個人が注目されることで、水瀬コーポレーションの知名度も上がります。実際、先週だけで新規取引の問い合わせが15件ありました」
社員たちが、ざわついた。
「二つ目。採用力の強化です」
「働き方改革や女性活躍推進を発信することで、優秀な人材が集まりやすくなります。今月の採用応募は、前年比で200%増です」
会場から、小さなどよめきが起こった。
「そして三つ目。これが最も重要です」
私は、一呼吸置いた。
「外部からの攻撃に対する防御です」
「防御?」
誰かが、呟いた。
「はい。私たちには、まだ脅威があります。買収を狙う勢力が、虎視眈々と機会を狙っている」
私は、真剣な表情で続けた。
「私が注目されることで、世間の目が水瀬コーポレーションに向きます。そうすれば、相手は迂闊に動けなくなる」
会場が、静まり返った。
「批判は確かにあります。でも、それ以上に支持してくれる人がいます」
私は、社員たちを見渡した。
「私は、この会社を守りたい。皆さんの雇用を守りたい。そのために、できることは全てやります」
しばらくの沈黙の後。
一人の若い社員が、手を挙げた。
「副社長、質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「SNSの批判は、気になりませんか?」
私は、微笑んだ。
「正直に言えば、気になります」
会場から、小さな笑いが起こった。
「私も人間です。批判されれば、傷つきます」
私は、胸元のペンダントに触れた。
「でも、私を支えてくれる人たちがいます。家族、仲間、そして皆さん」
「だから、前に進めます」
若い社員が、頷いた。
別の社員が、手を挙げた。
「副社長、私たちに何かできることはありますか?」
私は、嬉しくなった。
「あります。それぞれの仕事を、全力でやってください」
「良い製品を作り、良いサービスを提供する。それが、最高の会社防衛策です」
会場から、拍手が起こった。
小さな拍手が、だんだん大きくなっていく。
私は、胸が熱くなった。
ミーティングが終わった後、何人もの社員が声をかけてくれた。
「副社長、応援しています」
「頑張ってください」
「私たちも、副社長の力になりたいです」
私は、一人一人に感謝の言葉を伝えた。
夕方、副社長室に戻ると、柊から電話があった。
「ミーティング、上手くいったようですね」
「どうして知ってるの?」
「本間さんから聞きました」
柊が、笑った。
「莉央さんなら、きっと上手くいくと思っていました」
「ありがとう」
私は、窓の外を見た。
「でも、正直に言うと……まだ不安なの」
「不安?」
「完璧な水瀬莉央を演じ続けることに」
私は、率直に言った。
「メディアは、強い女性像を求める。でも、私だって迷うし、怖いときもある」
柊が、しばらく沈黙した。
「莉央さん」
「はい」
「弱さを見せられる強さもあるんです」
柊の声が、優しかった。
「完璧じゃなくていい。人間らしい莉央さんの方が、もっと魅力的ですから」
私は、涙が出そうになった。
「ありがとう……」
「それと、週末の食事会、楽しみにしています」
「私も」
私は、微笑んだ。
「両親も、あなたに会うのを楽しみにしているわ」
電話を切った後、私はVERYの佐藤編集者から送られてきたメールを開いた。
インタビューの日程調整だった。
私は、返信を書き始めた。
『来週でお願いします。私の全てを、見せる準備ができました』
送信ボタンを押してから、私は窓の外を見つめた。
夕日が、ビル群を照らしている。
これから、もっと注目が集まるだろう。
批判も、増えるかもしれない。
でも、私は逃げない。
強い女性としての水瀬莉央。
そして、弱さも持った人間としての水瀬莉央。
その両方が、本当の私なのだから。
私は、ペンダントを握りしめた。
祖母が教えてくれた。
自分の人生を、自分で決めなさい、と。
私は、自分の選択を信じる。
そして、前に進み続ける。
どんな批判があっても。
どんな困難があっても。
私は、私らしく生きていく。
窓の外で、星が一つ、輝き始めた。




